(注)このシナリオは、著作権者である MADARA PROJECT の許可を得て
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複製を禁じます。
また、録音の都合により、放送された内容とシナリオとが異なって
いる箇所があります。ご了承下さい。
僕・・・・・・・前田千亜紀
猫・・・・・・・桑島法子
詩音・・・・・・前田千亜紀
イイナ・・・・・桑島法子
(Reading:前田千亜紀 as 僕)
僕は僕が嫌いだ。
僕は勉強ができない。だから学校がきらいだ。
授業中、僕は空を見上げながらノートに絵を描く。
僕の心の中だけにあるイメージを描き写す。
でもそれは一つの形にまとまらないまま、散っていく。
意地悪な教師がテストの順位を読み上げる。
体育の時間、校庭を走る僕を見て、クラスメイトの女子がくすくす笑う。
僕はますます僕が嫌いになってしまう。
15年、生きてきて、僕に特別な関心を払う人物なんて、誰一人いなかった。
でも、奇跡は起こるんだ。
生を受けた意味を言葉でなく魂で感じられる瞬間が、誰の身にも、起こりうる。
それはある深い秋の終わりに、僕をそっと待っていた。
その日の午後、僕は熱を出して学校を早退した。
中途半端な時間だったのでバスがこなかった。
僕は時間をつぶすために銀杏並木を歩いていた。
熱に浮かされた靄がかかった視界のなかで
銀杏並木は次第に深い森へと変容していた。
気がつくと僕は周囲をすべて燃え上がる緑の樹に囲まれていた。
「(猫)たいへん、遅刻しちゃう」
時計をもった猫が喋りながら僕の脇をすりぬけていった。
猫は数メートル先で立ち止まり、僕を振り向いた。
「(猫)鍵のかかったガラスの庭で、ティーパーティがはじまるよ、
いそいでイイナにいこうよ」
「(僕)イイナ?」
「(猫)君のイイナが君に選ばれる瞬間をいまかいまかと待ってるよ」
猫はにゃっと笑った。その仕草が合図のように僕の視界は暗く閉ざされた。
「(詩音)ようこそ、イイナに」
目をあけると僕は
見事なテーブルセッティングを施されたティーパーティの招待客として
テーブルの上座に座っていた。
「(詩音)お茶はいかが?ケーキも選んでね」
(「(猫)キルシュにタルト、アップルパイにチョコレイト・・・」)
銀の食器を持った古くさい英国のメイドのような
白いエプロンをつけた女の人が優しく微笑んで僕を見ていた。
僕は俯いてお茶はいらない、とだけ言った。
「(猫)そうよ、あんたはお茶なんかほしくないのよね」と、
喋る猫が両手にケーキをつかんで口元をクリームだらけにしながら言った。
「(猫)あんたが求めているのはイイナ。
イイナが求めているのもイイナ。
詩音、この子に早くイイナをみせてあげなよ」
「(僕)ちょっとまってよ、イイナって・・・」
だいだいここはどこなんだ、とか、君たちはいったい誰なんだ、
とかいう質問をしようとした僕の口元に白く柔らかい指が触れた。
「(詩音)しーっ。あたしはイイナの守護神、ティーサーバーの詩音。。
寂しい心の人を慰めてあげるのがあたしの仕事なの」
「(僕)僕は・・・寂しくなんか・・・」
僕は詩音をみつめた。詩音はにっこりと微笑むとは立ち上がり、部屋をでた。
「(猫)イイナによろしくね」と猫が新しいケーキをほうばりながら言った。
詩音に連れられて僕はガラスの迷路をすり抜けていく。
ガラスには世界中の様々な物が映っていた。
過去も未来も星座も超えた広がりが結晶のように流れていた。
詩音は黙ったまま僕を奥へと引き寄せる。息使いが聞こえ始めていた。
人間のような、蜂蜜の羽音のようなささやかな吐息。
水族館のようなおおきな水槽の向こう側に無数の少女が漂っていた。
「(僕)理恵?あれはクラスメイトの理恵だ・・・ あっ、あれはこのは・・・
幼なじみのこの葉だ、間違いないよ。でも、何故こんなところに・・・」
僕は目を伏せた。彼女達は一糸もまとわず、生まれたままの姿だった。
「(詩音)さあ、好きな女の子を選びなさい。それがあなたのイイナよ・・・」
詩音の左手が優しく僕の肩にふれる。僕を励まし、勇気づけるように。
「(僕)好きな・・・イイナ?」
その時、僕は一人の少女と視線がぶつかった。
緑の瞳に折れそうな手足。薄い、桜色に染まり始めた二つの胸・・・・
「(詩音)好きなイイナを選んだら、祈るのよ、心から」
詩音は囁くように小さな声でつぶやく。
「(イイナ)イイナをここからだして」
「声」が直接僕の内面に届けられた。
僕は両手で胸をおさえた。
「(イイナ)イイナはあなたに抱かれたい・・・・キスをして、
イイナをガラスの庭から連れ出して」
魚のように水の底をすべりイイナは僕に近づく。
「(イイナ)キスして・・・・抱きしめて。
イイナをいっぱい、いっぱい愛して・・・・」
吐息が細かな泡になる。僕たちはガラス越しにキスをする。
「(イイナ)祈って。あたしを抱きたいと強く誓って。
あなたの祈りの言葉であたしをあなたの世界に連れていって!」
僕はイイナを見つめる。
ノートにかかれた未完の断片。
形をもたなかったイメージ。
それは全てここにあるんだ、と僕は思った。
そしてそれは僕に求められること、それだけを求めている・・・・
「(詩音)好きなイイナを選びなさい」と、詩音が微笑む。
気がつくと、僕たちの間に仕切られたガラスは消滅していた。
「(イイナ)はっ・・・ああ。あたし、あたしやっと外の世界にでれた・・・」
イイナは潤んだ瞳で僕をみつめた。
「(イイナ)でも・・・こわい。あたし、はじめてなんだもの・・・」
「(詩音)大丈夫よ、イイナ。
あたしのティーパーティには純真な心をもっているひとしか招待しないから」
イイナが濡れた体のまま、僕に抱かれる瞬間を震えながら待っていた・・・・・
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