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空談寸評特別篇

 

押井作品いろいろ

 

 

『迷宮物件――FILE538

 

オリジナルビデオアニメ/1987

 



へーげる奥田


 

 数ある押井作品で、いちばん何度も観ているのはこの『迷宮物件』であろう。むろん好きな作品であることもさることながら、30分という短さが気軽に観る気を起こさせたのである。逆に、押井守に対して「ノンケ」の友人等に見せて、最も「わけがわからん」と言われた作品もこれである。

 当時、業界は一種のバブル期だったように思う。いろいろなオリジナルビデオアニメが次々と出、巷に貸しビデオ屋がどんどん増えた。『トワイライトQ』なるビデオアニメ企画が立ち上げという話を聞いて結構期待したものである。

 『トワイライトQ』の第一話はたしか『時の結び目』という作品だった。さっそく借りてきて(買ったような記憶があるのだが、どこを捜してもないので借りたのだろう)少々がっかりした。一緒に観た友人はなかなか面白いと言っていたが、当時すでにずっぽりと押井シンパとなっていた私の目には、なんだかアリガチで俗な作品に映ったのである。

 はたして、第二話であるこの『迷宮物件』は、私の好みにずばり合った作品だった。暗い男のモノローグが延々と続く。そのストーリーは、事情を知らない他人に説明するのに窮するたぐいのものである。いやあ、いい。もう、嬉しくてたまらないといった感じの作品なのだ、少なくとも私にとっては。

 もうひとつ関係ない話をするが、当時、角川(だったと思うのだが)から『迷宮物語』なるオリジナルビデオアニメが出ていた。押井監督自身の言にも「さんざん間違えられた」というものがあったが、たしかに紛らわしかった。『迷宮物語』はこれもおぼろげな記憶で申し訳ないが、たしか3つのエピソードからなるオムニバス形式で、全体的にあまり好きでない角川アニメとしては割と好きな作品だった。

 押井監督によると、この作品は『天使のたまご』の後日談だということだが、いまだにどういう部分においてそうなのかよく理解できない。まあたしかに登場する「女の子」は「タマゴの殻」を象徴するというヘルメットをかぶってはいるのだが、押井監督の言うような「ひよこ」のイメージには思えないのだ。むしろ、あの女の子は「犬」に見えるのは私ばかりではあるまい。

 作品の内容は、一言で言えば「難解」だ。先に述べた「エピステーメー」との対比で言えば、これは「類似」の要素よりも、「表象」の要素が大きいように思える。外観が似ている(神ならぬ身にはあんまり似ているようには思えないのだが)「旅客機」を、「魚」と呼び替えるという作業は一見「類似」の思考に近しいものとも思われるが、言語的な操作―指示する言葉と指示される物とのねじれた関係や、物語論に関するギミックなどは、やはり「表象」の思考空間に展開する作品とみてよいように思う。この作品から、押井作品群は全体として「表象」の知的領域へと踏み込んでいくようである。

 ここで提出された「神様」のまなざしについての考えは、後の『パトレイバー2』に引き継がれていったのではないかと想像している。

 あと、『迷宮物件』に特徴的なのは「音」である。この作品、映像もさることながら、ことさら音に凝っているように思えるのだがいかがであろうか。そういえば、このころまだアニメの世界では「ステレオ音声」がやや珍しかったように思う。各部分で使われている効果音は秀逸であったが、実のところこの頃もっともオーディオビジュアル系の機材に凝っていて、ドルビーサラウンドシステムやら何やら部屋中に張り巡らし、家族の顰蹙を買ったものである。

 それになんといってもエンディングテーマ『ぐうたらな魚』はとてもいい曲だ。以前、はやりのMP3をいじりはじめたとき、最初に作ってみたのがこの曲で、いまでもよく聴いている。




1999/12


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