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空談寸評

『炎のうさぎ戦士』

コミックス、リイド社(「ジャックポット」連載)、山口貴由



へーげる奥田



 この作品は、ご存じ『覚悟のススメ』でブレイクした山口貴由が、その前に描いたものである。私はかつて相当にディープなプロレスマニアであり、みずからも学生プロレスもどきのことをしていたこともあってこの本をふと手にし、そしてこの一作で山口貴由という作家を知った。

 奇妙な魅力をもった作家である。三島由紀夫的な国粋的描写が表層に現れることもあり、また別の面ではきわめてセクシャルな描写を自在に操る。しかし全体を通じて、人生の問題に対するその真摯な態度はストイックな修行者を思わせる。「戦う者」としての物語を描きつづける作家なのだ。

 物語はオゲレツな学生プロレスショーから始まる。『覚悟のススメ』の読者であれば、両作品の主人公の性格のあまりの両極端に驚くかもしれない。限りなく軟弱な美少年の主人公・天野うさぎは決定論者だった。弱い者は強い者には決して勝てない。しかしあこがれの美女・葉隠先輩に認められるため、空手三段の先輩・獅子田ライ男に挑戦する。予定調和を声高に肯定するように見せながら、その実決定論という思想を徹底して否定する物語、それがこの作品である。

 連載当時の事情はよくわからないが、この作品は当初『愛のうさぎ戦士』という読み切り作品だったらしい。単行本第二話は『愛のうさぎ戦士2』という第一話の続編であり、ここで負けることを覚えたうさぎの闘いは単行本第三話『炎のうさぎ戦士 Round1』より本格的に始まることとなる。単行本の構成は、このあと『炎のうさぎ戦士 Round2』『炎のうさぎ戦士 Round3』の全5話で完結を迎える。しかしこの物語はよくある予定調和を迎えない。「Round1」においての敗北で瀕死の重傷を負った主人公うさぎはその右目・右肩とともに周囲の信望を失う。とどまらぬ軽口とおちゃらけた態度を崩さぬまま、彼はきわめてシリアスな人生の戦いをみずから選んでいくのである。

 作品中、じっくり読むことによって浮かび上がってくるいくつかのサイドストーリーが作品の世界を深く彩る。罵言をのみ語る不良教師・銭形の愛情も、作中わずかに暗示される友人の死も、全力で人生を肯定する主人公の戦いの場をしつらえていく。いまや少しディープな店に求めなくては手に入らないかもしれないが、ぜひとも一読をお奨めする作品である。




1997/07


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