6月に入って、父親が体調を崩したり、6月から7月にかけて、仕事の区切り目でいささか忙しくなったり、とばあちゃんに会いに行けなかった。6月は、ばあちゃんの弟夫婦、元気になった父と妹が、ばあちゃんに会いに行った。遊びに来たのが誰と分からぬ様子に、訪問者一同、いささかショックを受けた、らしい。

6/15 ばあちゃんの弟夫婦

6/30 父と妹

7/25

約2ヶ月ぶりの対面だった。

完全無敵の無表情。同室の人の簡易トイレがそのままになっていたせいか、強烈な匂いがする。沈黙と臭気に身のおきどころがない。

ばあちゃんは、頭のほうを持ち上げたベッドで、左方に傾いて身を起こし、月餅を食べていた。無表情の視線の先は正面のベッドの住人で、ベッドに腰掛けて、遅い昼食をとっている。二人とも闖入者に目もくれない。

手持ち無沙汰で、耳かきをしようと耳たぶを触ると、拒まれた。

「いらん! えすかぁ(こわい)!」

また合わない入れ歯をしている。ガクガクさせながら、月餅をかじっている。

腕をさすって、痒くないかどうか聞いてみても、返事をしないどころか、こちらを見ようともしない。人の食事する姿がそんなに珍しいのか。自分はこんな菓子ひとつしか与えられず、こん人は、米のメシば食うとらす、そんな心境か。

顔を正面から見ようと、体をのけぞらすと、一瞬、目だけこちらに動かした。

しばらく来ないうちに、壁に貼ってある写真やプレゼントカードが増えた。近所の中学生がボランティアでばあちゃんたちの話相手になったり、スタッフの手伝いをしたりしに来るらしい。

無表情、無反応もさほど珍しいことではない。二ヶ月近く無沙汰したくらいでは、大した変化も見られない。かえって病気も食欲不振などもとりたててなかったという証しになる。

右手の薬指が内側に深く曲がっている。さわったら、痛がった。

冷菓を見せたら、やっとうれしそうに反応した。これは梅、こっちはお茶、これはねぇ、かぼちゃ、と説明するのをちゃんと聞いている。どれがいいか尋ねると、これがうまかろうねぇ、と指さしたのは、抹茶の水ようかん。くすんだ緑だが、懐かしい色だろうか。

まだ全然できてないよぉと叫んでいるスタッフの声が遠くに聞こえると、声のするほうを不審げに見やる。

昨日、今日と、急に暑くなったそうだ。この時期、すでに熊谷は36度だか37度だかの記録。今日は雲が多く、日差しも強烈ではないので、しのぎやすい。電車、デパート、タクシーの冷房から開放されるたびに、熱の塊に閉口したが。まきば園の中も冷房が効いていて、ばあちゃんの部屋は西向きだが、もくもく湧き立つ入道雲のおかげで直射日光が差し込まず、じっとしていると涼しいくらいだ。くしゃみまで出た。

同室の人の遅い昼食も終り、誰も彼も昼寝の時間が来たようだ。ばあちゃんの目もうつろ。

柔らかく作ってある水ようかんなので、口まで運ぶあいだにひとすくい分、落とした。月餅の食べかすがこぼれているところに、ようかんのしずくが染みつく。

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