とにかく風邪んときは、きつかったぁ。
プリンば食べとるときに、誰か来たったいなぁ。
マリちゃんも来とるとだろ?
−ありゃ、わたし誰だか分かる?−
ええと・・・、ユキだろだい?
(孫娘たちの名前はユキとマリ 大当ったりぃ!)
ああ、もう死のごたる。人間のちいとばっか、バカしゃんになりよらすごたる。
どうしたら、よかろうか。ここに、いつまででん、おったほうがよかろうかぁ。
きゃぁ、死のごたる。
おら、帰ろうかぁ。ウチさぁ。おとっつぁんとおっかさんのおらす、ウチたい。
迷惑じゃろねぇ。ウチは、高瀬ん下町じゃろ? シモマチはどぎゃんしとると?
シンイチとアラタの、おらすっとじゃろ? おらが弟の。もう、おらんとかい?
格別、帰ろごたることも、なかけど・・・。おら、もう、ウチさん帰ろごたる。
どうしようかぁ。
どぎゃんか、あるねぇ。 −熱があるんだよ。−
おら、もう、死んだ方がましのごたる。ウチさぁ、帰ったほうがよかろうかね。
おとっつぁんとおっかさんは元気でおらすかい。おらのとっつぁんとかかさん。
高瀬さ帰ることはできんたいね。ホタキ町のオトネしゃんは元気だったろうが?
下町は遠かろねぇ。お父さんとお母さんは、もう死んだつかい?
ウチは、高瀬ん下町。そうだろ?
−イビキをかいたり、咳をしたり、眠ったかと思うと、目を開けて−
シンイチは、元気だろうかぁ? −シンイチさんって、誰?−
弟だろう? ああ、はよ、死んだねぇ。死んだんだろう?
−イビキをかいたり、咳をしたり、眠ったかと思うと、目を開けて−
あんた、もう帰らんでよかね。いつまで、ゆっくりしとるわけにもいかんだろう?
どうしようかぁ。どうしようかぁ。あんた、おなかが空いたろだい?
−朝は、自分で食堂まで食べに行くと言ってきかなかったそうだ。
車椅子で下に降りて行ったが、昼は、さすがに疲れたらしい。
「持ってくるよ」と言われ「それなら待ってます」とおとなしく。
夕方になると、また少し熱が出てきて、頬が赤らんでいた。−
ゴハンば食べに行こうかなぁ。 −持って来てくれるって− そうね。
あんたも帰らにゃなるまい。はよ帰らんと、帰られんようになるよ。
−食事を終えたら、とたんに、現実が見えてきたのか、帰ろうとすると、訴える−
ここさ、わしを、いっちょくとかい。送っていってくれんとね。
うんにゃぁ、わしがあんたば、送っていかんと気が済まんとよ。
連れて帰ってくれ。
ここは駅通りだろ? あんたんちは、その向こうだろう?
あんたと一緒に、さらきたかごたる。−じゃあ、歩こうよ−
歩きたくなかぁ。
ぼおっとして、ベッドに座っていたばあちゃんは、こちらの顔を見るやいなや、
おお、連れて帰っとかい!!!
年末年始は、特に人の出入りが激しく、ますます里心がそそられるだろう。
散歩に誘うが、手押し車を押して、フロアーをグルリと一周することすら、
できなくなっている。ちょうど半周めぐらいのエレベーター前で、一休み。
いろいろなじいちゃん、ばあちゃんをフシギそうに眺めやる。
スタッフの部屋に入り込んだ新参じいちゃんを、姉さんばあちゃんたちが、
こっちに来なさい。ここに座りなさいと誘導する。しばらくの騒ぎの末に、
若手のじいちゃん、姉さんたちに言われるがままに、ソファに落ち着いた。
スタッフも含めてどっと笑いが起こった。ばあちゃんもニコニコしている。
じいちゃんばあちゃんたちを見ているときのばあちゃんは、私は違うよ、と
思っているようにも見えるし、その雰囲気に同化しているようにも見える。
ああ、きつかぁ。もうたいがいどころで、死にたかぁ。
−下に降りてみようか?− よかよ。
エレベーターで降りると、食堂はクリスマスの飾りつけ、
沢山の椅子やテーブル、動きまわる人々で賑わっている。
何かあっとかい? −クリスマス会だよ。−
一階のフロアーを散歩する。浴室の手前にあるベンチまで、ほんの数mだが、
もう泣き顔だ。歩けんよぉ。動けんよぉ。乗せてくれぇ。
−あのベンチまで、もう一息だから。−
ようようベンチに座ると、横になりたかぁ、長うなりたかぁと泣き言を言う。
ベッドの上での生活にすっかりなじんでしまったのか。
−もう、部屋に戻ろうかぁ? グルっと一周散歩したかったのになぁ。−
それならそうと、最初から言ってくれればよかったつに。
手押し車に乗せて部屋に戻ろうとすると、
どこに連れて行くとね? −部屋に戻るんだよ。−
それが、不快なのか、うれしいのか、分からない。
それくらい、今の気分は、最低!!!なんだろう。
ばあちゃんが着ているピンク色のジャケットを、スタッフがみなほめる。
−えっちゃん、いいねぇ、これ。− よかろう?
ほめられると、うれしそうに笑う。
部屋に戻ると、早々にベッドに転がり込んだ。
ここに横になってよかろう?
ふとんをかけて、またあとで来るから、と言うと、口と手は少し動かして、
ひきとめるそぶりだが、体は動かない。−また後で来るからね。−そうね。
ばあちゃんの大家族が写っているアルバムを持って行った。
アルバムに写っている母(つまり、ばあちゃんの娘)シヅを見て、
ああ、これは、わしだろう?
目がメヤニでふさがっている。右の額に大きな絆創膏が貼ってある。
ケガばしたつよ。
−このアルバム見える?− いっちょん見えかからん。
−シヅコ、思い出さない?− 思い出さんねぇ。
ウチには、おっかさんのおらんたいねぇ。
−あなたは、おばあちゃんの娘さん?− −孫です。−
アンタ、孫かい。娘かと思うとったぁ。
どけ行ったか、今日は? −ばあちゃんに会いに来たの。−
そりゃぁよかった。どぎゃんしよっとじゃろかねぇ。
久しかぶりに会うたごたる気のする。
−お昼、何食べた?− 何食べたかなぁ。思い出さん。
−まきば園に泊まったので、翌日もばあちゃんの所に行くと、−
久しかぶりに来たねぇ。
おどんたちゃ、一生ようならんばいねぇ。 −どっか、悪いの?−
どこが悪いとじゃろかねぇ?
ようならんとなら、死んでしまうと、よかばってん。 −よくなったら、何する?−
ようなったら、何でんするけん。何ばすっとじゃろかねぇ。
そのうち、ようなっとじゃろ。寝ついてから、何日になるとかねぇ。
何ば考えよっとかねぇ。
−イビキをかいて、額にシワを寄せて、眠り始めた。−
わしは、死ぬるごたる病気かい? 何の病気があるとかねぇ。−ナマケ病だよ。−
それなら、ようなるねぇ。ああ、ひっちゃかましかねぇ。
生きるか死ぬるか、どっちかにカタつくとよかったぁい。
まあ、寝てれば治るだろ。まだ、戻られんかねぇ。
お医者さんは、何と言いよらすか。
前は、メガネ橋んところで遊びよったつよ。大川で泳いだったい。
丸顔のカンジさんのほうが、長か顔のテツオさんより、
出来おったもんねぇ。双子たい。似てなかったねぇ。
よう似とる息子のおったもんねぇ。
あたいが娘は、どぎゃんだったかい? おったかい?
思い出さんねぇ。
−えっちゃん、お孫さんが来てよかったね−
孫じゃなかつよ。妹よぉ。
同級生がぐっさぁおった。カンジさん、テツオさん、アキラさん、ケイシさん、わたし。
アキラさんは、酒屋におったよ。同級生ばっか、おったよぉ。カンジさん、テツオさん、
アキラさん、ケイシさん、わたし。もうちりぢりバラバラじゃ。同級生が、沢山おった。
カンジさん、テツオさん、アキラさん、ケイシさん、わたし。よう、遊びよったもんね。
今日、あんたは、帰らんでよかか?
ここは、どこや?
−まきば園−
へぇ。
今日、あんたは、帰らんでよかか?
ここは、どこや?
−まきば園−
へぇ。
今日、あんたは、帰らんでよかか?
ここは、どこや?
−まきば園−
へぇ。
家は遠かばってん、遠いとは思われん。
こっちの方から行けば・・・。
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