『薔薇の世界』

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「というわけで、今度は麻雀で勝負よっ」
人差し指をびしっと前に突きつけて葛城ミサト(二十九才独身)は言い放った。ご丁寧に片目までつむってみせている。
げしっ。
「違うでしょ」
小冊子の山でミサトの頭を背後から押しつぶしながら、冷静にツッコミを入れる赤木リツコ(三十歳独身)。
「NERVはどこかの会社とは違うのよ。勿論トランプでもないわ。と、その前にミサト。あなた、どこかのへっぽこ実験キャラを引きずっているようだけど」
「ハイール、イ……って何やらすのよ、リツコ」
律義に右手を上げてノリツッコミをこなす葛城ミサト(二十九歳独身)。
「どうでもいいけど、時事ネタは風化が早くてよ」
あくまで冷静な赤木リツコ(三十歳独身)。
「いちいち、年齢とか独身は止めなさいっての」
だんっ。
「って、いつまで2人で漫才みたいなことやってんのよっ。あたし達に残されたページは残り少ないのよっ」
立ち上がりながら机を叩き、アスカがわめいた。
「そうやって、自分の存在を示そうとするんだもんなあ、アスカは」
アスカの横のシンジがぼそりと呟く。
「ちょっとそこうるさいわよっ」
「で、命令はなに?」
綾波に水を向けられて、はっと我に返るリツコ。
綾波の周りに軽くA.T.フィールドが張られているのを見て頬の辺りが強張っていたりする。
「そうそう、みんなに集まってもらったのは他でもないわ。劇をするためよ」
「劇〜ィ」
どよめきの声が室内にあふれる。
「碇司令の命令よ」
どよめきが収まり、ジト目となった皆の脳裏に一つの言葉が浮かぶ。
…趣味だ、趣味。あの親父の趣味に違いない。
「で、一体何をやればいいわけ?」
もう逃げられないと悟ったアスカが頬杖をつきながら、リツコに問う。
「薔薇の花嫁。少女革命よ」

『薔薇の世界』
taRo yaMamoto<whocares@yk.rim.or.jp> from 『神の領域』

「じゃあ、さっそくホン読みやるわよ」
先ほどミサトの頭をどやしつけた小冊子を配りながらリツコは仕切り始めた。

◇ ◇ ◇

柔らかな朝日が射し恵む、私立鳳学園。鳥の囀り。登校する生徒達の制服の群れ。丘の頂に建てられた瀟洒な全寮制学園。学ラン姿の華奢な背中が校舎に向かっていく。それを遠巻きにして、嬌声をあげる女生徒達。
その歩みが不意に止まり、右手を見やる。そこにあるのは薔薇の園。とりどりの色の花と刺がひっそりと息づいている。見るとそこでは眼鏡をかけたショートカットの少女が薔薇に水を遣っている。やがて、その少女がこちらを振り向き、声をかける。
アンシー(綾波)「おはようございます、ウテナ様」
ウテナ(シンジ)「おはよう、アンシー」

◇ ◇ ◇

「なああんで、シンジがウテナ役なのよっ」
アスカが顔全体を口にして抗議する。しかも何故か顔はシンジの方を向いていたりする。
「そ、そんなことボクに言われても…」
わずか数センチ先のアスカの顔に真っ赤になりながら、シンジはわたわたと言い募る。
「まあまあ、アスカにも素敵な役があるから、ここは抑えて、抑えて」
ミサトがひらひらと両手を振ってアスカをなだめにかかる。
「そうね、アスカにぴったりの素敵な役よ」
リツコもミサトに合わせてフォローを入れる。
「むぅ」
思わず黙り込むアスカ。
「さあさあ、じゃあ、さくさくっと行くわよ」
ミサトがパンパンと手を叩きながら、場をまとめに入る。
そして、ホン読みは再開され、しばらくはぎこちないながらもそれなりに熱の入ったやり取りが続いていった。

◇ ◇ ◇

鉄柵の扉を持つ旧式の昇降機が白亜の校舎を昇っていく。それはまるで静止した昇降機を残して校舎の方こそが沈んでいくような錯覚を伴っていた。背景と化した青空を白い鳥が横切る。
冬芽(青葉)「卵の殻を破らねば、雛鳥は産まれずに死んでいく。我等は雛だ、卵は世界だ。世界の殻を破らねば、我等は産まれずに死んでいく。世界の殻を破壊せよ」
冬芽、樹璃(ミサト)、幹(日向)「世界を革命するために」
音を立てて鉄の扉が開く。
3人の姿は逆光でシルエットと化している。
冬芽(青葉)「さて、エクセル君。今回の市街征服計画だが…」

◇ ◇ ◇

だあああっもうっ。だから時事ネタはやめなさいってば」
青葉のアドリブにアスカがいきり立つ。何といってもアスカの出番はまだないのだ。
「ハイール、イルパ…」
反射のようにミサトが右手を高々と差し上げて嬉々として宣言するのをリツコのスリッパが中断させた。
「ところで、いつになったら私の出番が来るのよ。木の役とかだったりしたら私キれるわよっ」
「まあまあ、アスカもう少しの辛抱よ」
後頭部の打撃から回復したミサトが言う。ジト目で見返すアスカ。
「なんか嫌な予感がするわね〜。だいたいミサトはそのまんまの役じゃないのよ。もっとひねりがあったっていいもんじゃない」
「うっさいわね〜」
「でも、梢役はマヤよ」
ほんの少し落ちかけた眼鏡を押し上げてリツコが冷静に指摘する。
ええ〜っ
マヤが驚きの声を上げるのと日向が盛大に鼻血を吹き上げるのが同時だった。
「そんな不潔な役私出来ませんっ」
顔をこれ以上ないほど真っ赤にしてマヤが抗議する。
「あら、その割には期待で胸がどきどきしているようだけれど」
「そんな、違います。誤解です、先輩っ」
「何が違うのかしら。そんなに頬を薔薇色に染めたりして」
「えっ。わた、私…」
退るマヤに迫るリツコ。これはもはや西神田先生@サディスティック19のお耽美フィールド(O.T.フィールド)発生なのか(笑)。
「おーい。戻って来いよー」
小声でミサトがツッコミを入れるが、無論2人の耳に届いてはいない。
その横で顔中を血塗れにして、日向が床の上でピクピク痙攣していたりする。
「そ、そんなにすごいのかな」
「ばーか」
興奮した様子のシンジと呆れ顔のアスカ。
「で、結局王子様はこの俺ってことになるのかな?」
額にかかる髪の毛を軽くかき上げながら、加持が訊いた。
「加持クンは瑠果の役よ。他に御影役も」
いつの間に2人の世界から戻ってきていたリツコがあっさりと否定する。他人を不幸に陥れることにかけては大抵の犠牲は気にしない女であった。
割と盛大にこける加持。期待を裏切らない男だ。
「って、全部死ぬ役かい。まあ、ミサトの相手だからいいけどね」
言って、ミサトの肩に腕を回す。
「樹璃が瑠果を好きだとは限らないわよっ」
加持の手をつねり、肩から加持の腕を引き剥がすミサト。
「時間がありません。さあ、先に進みましょう」
これまたいつの間に復活したのか、ストップウォッチを手にした日向が立ち上がって大声で皆に告げる。
…ハイッテル。ハイッチャテルヨ、コイツ。
その場にいたほぼ全員が点目で日向に視線を向ける。
ギギギと首の回る音が聞こえてきそうだ。
「さあ、続けましょう!」
無駄に張り切る日向の右の鼻孔から鮮血がつうと流れた。

◇ ◇ ◇

夕暮れのオレンジ色に支配された世界。決闘広場に程近い校舎の壁面に2人の少女の影が長々と伸びている。スクリーンと化した壁面に大きな薔薇の意匠が施されている。
影絵少女A子(リツコ)「かしらかしらご存知かしら〜」
影絵少女B子(ヒカリ)「今日も裏の森でまた決闘があるんですって」
影絵少女A子(リツコ)「おお、勇者様。お友達のために闘うお節介な勇者様」
影絵少女B子(ヒカリ)「でもでも、勇者様?」
影絵少女A子(リツコ)「きゅうりにハチミツをかけるとメロンの味になるってことを」
影絵少女B子(ヒカリ)「果たして貴方はご存知かしら?」
影絵少女A子(リツコ)「かしらかしら」
影絵少女A子・B子「ご存知かしら〜」

◇ ◇ ◇

だーっ
芝姫つばさ@カレカノばりの荒々しさで机をひっくり返すアスカ。
「なんでそうなるのよっ」
「そうだよね、きゅうりとハチミツでメロンだなんて」
シンジが鹿爪らしく応じる。
目からビーム!
ちゅどーん。
「いつの間に、そんな技を…」
そう言ってシンジは黒焦げになってバタリと倒れた。
その姿を冷徹な視線で見据えた後、キッとリツコに向き直って、火のような抗議を始めるアスカ。
「だいたいなんであたしを差し置いてリツコなんかが女子高生役(?)で出てくるのよ。ヒカリとペアなら尚更あたしが妥当ってもんでしょうにっ」
「ふっ、甘いわね、アスカ。あなた知らないのね。セガサターンの名作『慟哭、そして…』での金髪女子高生役を」
「ああ、あのちょっと不自然な…うぐっ」
ぼそりとつぶやいた青葉の顔面をネコのぬいぐるみが直撃する。
目視なしの正確な一撃に室内を戦慄が走る。
「さあ、クライマックスは近いわ。続けるわよ」
「う〜っ、あたしの出番〜」

◇ ◇ ◇

ウテナ(シンジ)の白く細い指に光る薔薇の刻印が雫を受けると機械仕掛けの扉が決闘広場へ続く道を開く。遥かなる高処へと登る螺旋階段の中を突き抜けるゴンドラ。アンシー(綾波)とウテナを乗せ、彼方の天を目指し、昇っていく。
薔薇の花嫁のあるべき姿になったアンシーがウテナの全身に手をかざす。一瞬にして髪が伸び、凛々しい王子の服がウテナの身を飾っていく。胸がぷっくり膨らみ、服装とは裏腹に完全に女性化を遂げていくウテナ(シンジ)。長い髪に見え隠れする白いうなじ。

◇ ◇ ◇

「ふっ」
広大な司令公務室でモニタを見ながら、碇ゲンドウはいつもの姿勢で唇を笑みの形に吊り上げた。
「碇、何を想像している?」
「!」
背後からぼそっとかけられた冬月の声に動揺したゲンドウがばたばたと後ろを振り向く。無言の割に、目が「いつからそこにいる?」と訴えかけていた。
冬月はそんなゲンドウから目をそらし、小さく溜息を吐いて言った。
「そういうの好きなのか?」
暫し無言で対峙する二人。沈黙がその部屋の支配者となった。
やがて、ゲンドウの頬が薔薇色に染まる。
「……ああ」

◇ ◇ ◇

決闘広場に現れるウテナ(シンジ)とアンシー(綾波)。決闘広場では一面に敷き詰められた赤い薔薇がその美しさを互いに競い合っている。端からは水の流れとともに薔薇の雨が地上へと降り注いでいる。頭上にはゆっくりと回転する逆さまの城。幻の城。永遠のある城。幻=永遠?
アンシー(綾波)「気高き想いの薔薇よ。お願い、示して」
ウテナの胸元に手を当て、解放の言葉(release-word)を口にする。やがて光球とともに柄が現れ、ウテナが身体を仰け反らせるにつれ、白く輝く刀身がぞろりと伸びていく。
ウテナ・アンシー「世界を革命する力を!
天空からのスポットライトが突如として点灯し、闇を清冽に切り裂く。ゆっくりと近づいてくる人影。
ウテナ(シンジ)「王子様?」
冬芽(青葉)「ご期待に沿えなくて申し訳ないが、僕だよ、天上君。それよりほら聞こえてこないか?」
ウテナ(シンジ)「(怪訝そうに)何が?」
冬芽(青葉)「君の魂がまだ本当に諦めていなければ……世界の果てを駆け巡る……この音が聞こえるはずだ」
ウテナ(シンジ)「いったい君は何を言って…」
やがて聞こえてきた怪しい音に気付くウテナ。はっとなり、言葉を切る。
冬芽(青葉)「さあ、我等と共に!誘おう、君が望む世界へ!」
両手を広げた冬芽の上着がはだけ、逞しい胸板が顔を覗かせる。
暁生(カヲル)「さあ、おいで!シンジ君!」
キラリと白い歯が光り、やや大き目の口がいっぱいの笑みを湛えている。

◇ ◇ ◇

盛大な音を立てて、ドアが開き、渚カヲルが室内に踊り込んできた。
シンジ君!
あははと笑いながら突進してくるカヲルを見て、硬直するシンジ。
「これがボクが望む世界?」
「さあ!恥ずかしがらずに僕の胸に飛び込んでおいで!」
上着をはだけ、半裸の肉体を晒して渚カヲルは突進した。はだけた上着が化鳥の翼のようにばたばたとはためいている。
「はだけ勝負なら負けるわけにはいかないっ!」
冬芽役にハマリこんだままの青葉も対抗して、身体を仰け反らせてみせる。
「どうだあっ」
「それより、あたしの出番はどうしたのよっ」
アスカが負けじと騒ぎ立てる。
「結局、騒ぎオチね」
諦め顔のリツコが独りごちる。
喧騒の中で台本を読み続けていた綾波がぼそりと言った。
「あなたの役、あったわよ」
一時的に一同の動きが止まり、綾波の指が示す先をほぼ全員が覗き込む。
チュチュ(おさる)=惣流・アスカ・ラングレー
「ぎゃーす!」
再びアスカが暴れ出す。もはや手のつけようがない。
「でも、ちょっと可愛いかも」
シンジはチュチュの着ぐるみを着たアスカを想像して呟いた。

◇ ◇ ◇

司令公務室ではいつもの二人がいつものポーズで固まっていた。
「すべてわれわれのシナリオ通りだ。問題ない」
長い沈黙。やがて流れ落ちた冷や汗はライトを照り返し、薔薇色に輝いていた。


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