今年も結局ホノルルに戻ってきてしまった。 今年は不景気もあるし、止めておこうと思ったのだが、 会社の後輩の行ってみたいという言葉に引きずられて結局出ることになったのである。 しかし、今年はどうも気が抜けている。 練習もいい加減で、こんなので良いのだろうかと思いながらも漫然とジョギングをしてきた。 ただ、練習のコツは覚えたようで、練習時のタイムを見るとどう考えても昨年より早く走れる。 お、これはもしかして記録更新か?とちょっと期待をしつつ不況の日本を後にしたのであった。
ホノルル到着は今年も日本時間では夜中、ハワイでは朝。やっぱり眠い。 今年行ってみて驚いたのは、日本人が随分減ったことである。 昨年は 2 万人以上参加したと聞いたが、今年は 1 万 4 千人程度だそうで、これも不況の影響か、と思ってしまった。 旅行会社のツアーの規模も昨年より縮小されていて、こじんまりとしたツアーに変わっていた。 今年は2年目ということもあり、マラソンについての説明も昨年とどこが違うか、という質問だけをぶつけて話を聴き納得。 大きな変更はなく、昨年と同じく、ゴミ袋を買って首の入る穴を開けてかぶる(そしてスタート地点に捨てて行く)というのも有効かつ許される手段だそうである。 ちょっと安心してしまった。その後、マラソンのコースの下見をするバスが出るというので、それに乗った。 これも昨年と同じである。結局バスの中ではほとんど寝ていたが、まあ昨年と同じコースなので別に起きている必要もないのである。 今回泊まるホテルはゴール地点に近く、マラソンの帰りは楽である。 またゴールのカピオラニ公園はジョギングに最適である。これも安心材料である。 そんなに安心しちゃって大丈夫なのか?
次の日は、マラソン当日にあわせた時間に走った。 朝 5 時頃ホテルを出て走ってみたが、特に体調に問題は無かった。 これでもう絶対記録を狙えるぞ、と安心しきって昨年はあまりしなかった買い物と食事に精を出すことにした。 こういう慢心を神様はよく見ているものなのであるが、それにはお構い無しにウォードウェアハウスまで行ってクラムチャウダーとフレンチフライを食べる。 そのあとタワーレコードまで行ってラフマニノフのCDをあさり、ホテルまでいったん戻ってからゼッケンを取りにアウトリガーリーフまで行く。 しかしこの頃から慢心の僕に対する神様の逆襲が始まっていたのである。体調がどんどん悪くなる。どうもおかしい。連れの後輩も寝込んでしまった。 ううむ・・・。
そして、僕の経験した海外で過ごす最悪の日が始まった。朝から気分が悪い。外を出歩く気力も無い。 でも何か食べなくては、と近くの ABC ストア(ハワイではあちこちにあるコンビニエンスストア)まで食べ物を買いに行った。 そして、吐きそうになりながら必死の思いでホテルに引き返す。その距離わずか 200m ほど。あんなつらい行程はなかった。 そして、ホテルに戻ってからはずっと寝込む。 何か食べても腹をこわすか戻すかだけで気分が悪くなるだけなので夜まで何も食べず、ほとんど飲むこともできず過ごす。 この時頭の中を過ぎったのは、明日本当に走れるのか?という不安だった。 40km なんてとてもとても、といった状態だし、回復しても体の中のスタミナが相当失われているはず。 やっと、夜になって体調が徐々に回復してきて、慌てて果物やおにぎりを腹の中に詰め込む。 今年は使い捨てのビニール袋がベースの簡易コート(と言えば良いのだろうか)は確保して明日の朝のスタートには備える。 しかしこの体力で明日はどこまで走れるか・・・。心配である。 とにかく寝て体力回復に備えるしかない。
今回は起きたのが午前 1 時頃だった。 例の通り午前 2 時半過ぎにはバスで出発し、3 時にはスタート地点についてしまった。 これから、スタート時間の 5 時まで何をして待ったらいいんだ? 今年も昨年と同様にして数時間待ってからスタートした。 スタートライン脇の台の上に何と小錦(いや、KONISIKI)が。その様子を見る位の余裕は戻ってきた。 とにかく、今回は絶対にスタミナが落ちているので、前半で勝負しないと後半持たないと思い、少し早めのペースで走る。 10km 地点では 59 分だった。スタート地点が混んでいてスピードが出せなかった割には良いペースである。 あとはこの頑張りがどこまで続くかである。
今年は途中でトイレに入るような真似はせず、とにかく飛ばした。 しかし、ダイヤモンドヘッドを下りきったあたりから、もう疲れが・・・。 昨年よりも 15km 早く限界が来はじめた。 20km までは 2 時間 1 分で良いタイムなのだが、やっぱりスタミナはもう底を尽き始めている。 まずい。スピードも落ち始め、中間地点(21.0975km)で 2 時間 11 分。 20km あたりからガクンとスピードが落ちる。これですでに 4 時間で走りきるのは無理となった。
ハワイカイを回る頃まではスピードが落ちてもまだ走っていられたが、もう足をばたつかせながらの走りで足にも負担がかかる。 足のバネなぞ利かせるどころではない。歩きが段々混ざって来る。 20 マイルで 3 時間 38 分、35km に達しないうちに 3 時間半を超えてしまった。 もうこの時点で 4 時間半で走るのも不可能となった。もう走れない。歩くしかない。 昨年とは格段に違う苦しさである。 もうスタミナを使い果たして回復のしようがないような感じなのである。 日本での練習での 30km 走のタイムは昨年よりかなり向上していたので、30km の目安はついていたはずだが、その記録よりも 30 分は遅れている。 もう完全に昨日寝込んだ影響が出ているとしか言いようがない。 結局今年は昨年と違って体力が復活することもなく、ゴール直前だけ体に鞭打ってのろのろ走るふりをしてゴールしたのであった。 悲惨〜。結局 5 時間 11 分 24 秒、昨年よりも 20 分以上遅いゴールであった・・・。
ゴール地点の様子。もうみんな疲れきって帰って来るのです。ハハハ。
やっとゴールしたと思ったら、係員の人から「大丈夫ですか?」と心配そうに声をかけられた。 余程体調が悪そうな顔をしていたようである。 昨年のような感動を味わう余裕も無くとにかく完走Tシャツと飲み物だけもらって、とにかく休む。
ゴールの後ろにあるシャワー。後ろの横断幕は日本語!減ったとはいえそれでも日本人は多い。
しかし、それにしても、昨日あれだけ体調が悪かったのに完走できたのだから、我ながらよくやったと考えてしまう。 人間、頑張れば何とかなるものである。 しかし、ホテルに帰ったら、何と血尿が出た。 昨年と体にかけた負担の大きさが全然違うことを改めて実感した。
実はゴールのカピオラニ公園のそばには動物園があるのです。写真はその入口。
今年の教訓。余裕があってもあまりあれこれ食べるのは危ない。 特にザ・チャウダー・ハウスのフレンチフライの油は要注意。(笑)