参考文献: 「ヨーロッパ統合」鴨 武彦, NHKブックス,第五章

ヨーロッパ統合への展望と課題

第一節 マストリヒト首脳会議の成果 - 冷戦後の世界

「EC統合」から「ヨーロッパ連合」へ

 マストリヒト首脳会議によってEC統合は、「統合の内部化」の深化と「統合の外部化」の発展という二つの重要な歴史の前進をみることになりました。首脳会議では十の政治の合意をみ、EC統合の重要性はもはや加盟国域内の国際関係にとどまらず、ヨーロッパ統合の枠組みに発展し始めました。

意義深い「通貨統合」

 首脳会議での重要政治合意のうち、経済・通貨連合の分野において「制度化された決定」がなされました。これは経済・通貨政策における各国の主権を共有する時代に入ることを意味しています。計画はすでに詳細に決まっていることから、後戻りは難しいといえます。

「政治連合」という潮流

 「通貨連合」とは別に、外交・安全保障の政治連合化が、もう一つの潮流として挙げられます。それはEC統合がヨーロッパ化することによって、ヨーロッパの国際関係の秩序の再編成の混乱や混迷状況を前向きに吸収することが出来るからです。具体的には、国際安全保障面でECがWEU(西欧連合)を「ヨーロッパ軍」として突出させずに、NATOとの強調・分担を目指した共通防衛政策をとる政治決断をしたことが挙げられます。

フランスの外交戦略

 1960年代、ドゴールは「NATOが世界政治の動きにそぐわない」と考え、フランスはNATOの軍事組織から脱退しました。NATOが創設された時代状況と、1960年代とでは世界政治の状況が異なっていたからです。フランスにとって「冷戦構造」の中の「ソ連の脅威」が弱まり始め、フランスは、東欧・ソ連とのデタントをすすめていくことに外交戦略を傾けていきました。そのフランスがNATOの軍事組織に戻ることになったということは、NATOの性格が1990年代の世界でいかに大きく変わったか、ということを意味しています。

「危険な多極世界」論は妥当か

 パワーポリティクスが「戦争の非制度化」の方向へ変革していくというフランシス・フクヤマの「世界政治の『共同市場化』」論の対極論であるミアシャイマー論は、「冷戦構造」がつくり出した「長い平和」が冷戦の終焉によって崩れてしまうと説いていますが、これはEC統合の前進とそのヨーロッパ化のダイナミズム(活力)によって妥当性を失っていくであろうと思われます。

第二節 途上諸国との関係 - 何を改めているのか

ヨーロッパと旧植民地の特殊事情

 EC(当時EEC)の加盟諸国はアフリカにかつて植民地をかかえていたという理由から、1960年代、アフリカの旧植民地の国々を中心に連合協定国を増やしました。1960年代にアフリカでは多くの国が独立をはたしましたが、フランスは自国の旧植民地との経済や文化の特殊関係を失わないために、EEC条約が海外植民地に自動的に適用されることを強く主張し、他の加盟諸国は妥協の結果、多くの海外植民地と連合関係を結ぶことにしました。またフランスの特恵システム存続論は、イギリスの加盟申請の失敗も手伝って、EC加盟国の中で主流を形成することになり、「第一次ヤウンデ協定」が調印されました。

ECと第三世界の新たな関係

 ECとアフリカとの「連合協定」は、協定締結国間で自由貿易地帯を形成し、これらの国々に特恵を与えるのだから歓迎されるべきであるが、専門家の間では厳しい批判もよせられていました。それはECが「第三世界」の途上諸国に対して「搾取」「分断」「浸透」という三つの型を持つ支配パワーである「構造的パワー」を大きくしながら、「第三世界」を「支配の構造」の対象にしようとする「構造的帝国主義」を発揮しようとしてきたことです。

ECの「構造的帝国主義」論は妥当か

 当初ECとアフリカの「連合協定」の諸国との「垂直的関係」はほぼ成り立っていたといえましたが、その「垂直分業」システムの固定論は1960年代から1970年代に必ずしも正しいとはいえなくなっていきました。

「第三世界」にとってのEC統合

 途上諸国は一次産品の輸出先としてECに依存しており、ECの加盟諸国も途上諸国に依存する構造をとっていました。それは、「単一ヨーロッパ議定書」によって域内市場統合を完成するECは、ますます依存度を高め、「輸出再配分」効果をもち(これは途上諸国が新しい貿易・経済体制に直面しなければならないことを意味し、LLDC(内陸開発途上国/後発開発途上国)のいくつかが犠牲になりかねない危険性がありますが)、「輸出削減」の効果を途上諸国にもたらし、その「貿易転換」効果はECが共通の制限的な域外規制がとられることになる場合に起こるでしょう。途上諸国の「第三世界」に与えるEC域内市場統合完成の影響は、途上国の利益にとって積極・消極・有利・不利の混じり合ったものといえ、「垂直分業システム」の「支配の構造」と「従属の構造」といった二面性からはもはや分析出来ず、相互浸透・相互依存の状況にあります。

第三節 地域秩序から世界秩序再編性の構想 - 新たな歴史の課題

EC統合の死角

 EC統合は当初の限られた枠組みではなくなっており、国際政治の構造変化は世界の「力の体系」が地域に分散する「地域主義」の傾向を示しています。二極後の世界秩序は、アメリカがあくまでも相対的に力を持つ「多角的相互依存」のかたちであると考えられますが、「ブロック」化でもあると考えられます。これは懸念すべきことです。

模索される日・米・欧のルール・オブ・ゲームズ

 アメリカは1992年末のEC域内市場統合完成の前に、素早く歩調を合わせるかのように「太平洋共同体」の構想の一端を打ち出しました。EC統合の当事者達に要請される課題は、地域主義同士の反発や対抗ではなく、地域的な枠組み間の調整のルール・オブ・ゲームズの発展であり、それは国際統合の論理の普遍化の試みであります。

求められるEC内の格差是正

 EC統合は、率先して域内の「南北問題」を確実に解決していく努力をしていくべきです。これについてはEC加盟国間のパワーの格差の是正措置が必要ですが、「多極化」の指標をみてみると、EC加盟諸国の「力の分散」ないしパワーの拡散は(世界全体の事例と比較して)「多極化」動向を示していないどころか、逆に集中の傾向を見せています。また、EC内の格差を反映して移民や「外国人労働者」が多く存在し、それは「人種差別主義」「外国人排外主義」を誘発してきました。

旧社会主義国への支援

 国際統合の論理の普遍化や理念の浸透を図る上で、旧社会主義国への援助が不可欠です。EC委員会・ヨーロッパ議会でも、アメリカや日本と共に支援するための政策協調を図るだろうということが、サミットで宣言されました。

日本とEC統合に問われる課題

 EC統合は、日本との国際経済および政治の課題を円滑に解決していくことを必要としています。ECと日本は「文明の体系」と「文化の体系」において、アンバランスな関係にあり、この縮小に真剣に取り組むべきです。EC統合は旧いタイプの同盟体制を復活しているのではなく、新しい歴史の挑戦です。日本の社会の視点からみても、「ヨーロッパ統合」の実態をみすえながら日本は新たな世紀の思想と行動を深く考えるべきです。


EC一般委員会


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