Story #007:恐怖の初一人外出(2) |
Day Passを握りしめて、階段を下りると、10メートルくらい下が線路になっていて、その線路から50センチくらいの高さのホームがあった。ホームの中程には、時刻表らしき看板が立っていた。Light Railの運行時刻を確認しようとして、はたと気が付いた。3つ目の駅で降りることは聞いた。しかし、Branhamは始発駅ではないので、当然のことながら、2つの方面へのホームがある。どちらが正解なのだろう?!時刻表の前で、またもや、途方に暮れてしまった。こうなったら、さっきの親切な男性(笑)に聞いてみようと、一度降りた階段をまた、早足で上がった。幸いにして、彼は、まだそこにいた。そこで、"Excuse me..."と話しかけ、82番のバスは、どっち方面へ行けば乗れるかと、再びつたない英語で聞いてみた。しかし、やはり彼のSpeakingは早口で、どうにも聞き取れず、それでも、一応(実に日本人的な態度だが(苦笑))わかった振りをして、仕方なく駅のホームへと戻って行った。 しかし、根本的には何も解決していない。どうすべきか・・・。考えたあげく、推理を試みた。留学前にもらった資料の中に、車で学校までの行くときの地図があった。その地図は、Light Railとバスで、学校に行くつもりだったので、当然、持っていなかった。しかし、記憶の中にはかすかに、その地図のイメージがおぼろげながら残っていた。大まかな方向で言えば、北西の方角に学校はあったはずだ。だから、どう考えても、南の方角に向かって行くはずがない。そう考えて、薄曇りの空を見上げて、太陽のある方角を見つけ、東西南北を確認した。幸いな事に?線路は、ほぼ南北に向かってのびている。つまり、北行き方面に乗れば、いいはずだ!確信は出来ないが、今の時点では、これがBetter Choiceだろう。しかし、学校に行くのに、家を出て数百メートルで、すでに、遭難状態とは。とにもかくも、3つ目の駅まで行って、82番のバス乗り場がなかったら、改めて引き返して、反対側の3つ目の駅に行けばいい。それを考えると、Day Passを買ったので、変な意味で気が楽にだった。 10分ほどして、Light Rail がホームに電車が滑り込んできた。電車は3両編成で、1車両の大きさは、日本の路面電車より二回りくらい大きい車両だった。午後の早い時間のためか、乗客はまばらだったが、白人、黒人、ヒスパニック、アジア人と、日本では考えられないほど、多彩な人種の人たちが乗っていた。私は、入口近くの座席に座った。乗り込むと間もなく、Light Rail は動き出した。線路の両脇は、Highway 87で、車が列車と併走して走っている。Light Railの速度が上がると、車との相対速度は、ほとんどなくなり、運転しているドライバの顔がはっきりと確認できる。Hightway 87 は、私のStayしている家の周辺の South San Jose から、San Jose Downtown までのをつなぐ Highway だ。Hightway の両脇は小高い丘があって住宅もまばらなので、なんとなく日本のローカル線に乗っているような気分になった。時間にしてほんの10分あまりだが、すぐに私はこの Light Rail が好きになった。しかし、相変わらず、妙な偏見が心の中で渦巻いていて、周りの乗客に、いらぬ疑念を抱き続けた。 反対側の座席に座っている黒人の青年は、なんだか怪しい・・・あ、向こうの自転車ごと乗り込んできた白人のティーンエイジャーは、もしかしてナイフとか持ってるかも?!なんか、車両の中をうろうろしている、あのメキシコ人っぽい女・・・目つきが変だ〜ドラッグをやっているのか?!・・・などと、あれこれ、差別全開の思考の元、妄想を巡らせながら、シートに縮こまって座っていた。そんな私とは無関係にLight Railは走り続け、一つ目、二つ目と、駅に到着するたびに、まばらに乗客が乗り降りした。やがて、三つ目の駅に到着して、私はそそくさとLight Railを降りた。 降りた駅は、Tarmien と言う駅だった。この駅は、私が Light Rail に乗り込んだ駅(Branham)とは逆に、道路の方が下にある駅だった。駅のホームから階段を下り、駅の構内を出ると、すぐにバスのロータリーになっていた。いくつかの路線のバスが乗り入れていたが、無事、82番のバス停を発見することが出来た。ここは、Light Rail の駅前で、バスのターミナルになっているらしく、何本かのバス路線が乗り入れていた。そのために、各系統のバスごとの時刻表があった。目的のバスの時刻表を見ると、次のバスが来るまで、20分ほど待たなければいけなかった。余談だが、路線途中のバス停は、注意してみないとバス停の表示板も本当に小さく、また時刻表などない場所も多くあった。ただ、San Joseエリアのバス停は、おおむね大きな通りの交差するあたりにバス停を配置しているので、ある程度は見つける手がかりにはなる。 バスを待つ間、バス停から少し離れた場所で、なるべく人に近づかないようにして待っていた。あたりには、ほとんど人影はなく、私と同じようにバスを待つ人が、僅かにいる程度だった。しかし、人を避けていると、そう言う雰囲気をわかっていて、わざと意地悪をするように、人が寄ってくるのである。他にも人がいないわけではないのに、バスを待っている間に、3人から話しかけられた。正確には、単に時間を聞かれただけなのであるが、根強くある偏見と妄想で、人が近づいてくるだけで、恐怖が無限大に増殖していく。 日本の英語の授業では「今、何時ですか?」と聞くのは、"What time is it now?" ぐらいしか習わないので、他の言い方で聞かれれば、全くと言っていいほどお手上げである。いきなり、"Do you have the time?" と聞かれたって、わからない(笑)え?え?というような顔をしていると、少し困ったような笑顔をして、腕時計の位置を指さして、もう一度、同じ質問をしてくれたので、ようやく相手の行っている事が理解できた。しかし、なぜ、アメリカ人は、時計を持っていない人が多いのだろう。あるいは持っていて、見るのが面倒くさくて人に聞けばいいや〜と思っているのではないかと疑いたくなるほどである。もっとも、私に時間を聞かれたのには理由があった。何せ、思い切り目立つような大きめのバンドで、G-Shock をはめているのだから、これでは、自ら時計塔の役目をしているようなものだ。 初めての場所で、知らない人から英語で話しかけられ、すっかり精神的に消耗させながら、バスを待っていると、定刻よりやや早めにバスが来た。先ほど買ったばかりの Day Pass がバスにも使えるのか、ドキドキしながら見せながら、前ドアからバスに乗り込むと、運転手は、ほとんど視線も向けずに黙って前を見ていた。後から、数人の乗客がのそのそと乗り込んできた。車内には、私を含めて4〜5人と行ったところで、ずいぶんと閑散としているなと思った。そんな状況を見たからなのか、バスは発車時刻前にもかかわらず、さっさと出発してしまった。一瞬、本当にこのバスでよかったのかどうか不安になったが、この時間には、他のバスは来ておらず、このバス以外に、目的のバスがあるとは思えないので、不安を感じつつも降りるわけにもいかず、外を黙って眺めていた。 バスは、車の少ない道を、順調に走り始めた。辺りの景色は、もちろん、初めて見る風景ばかりだが、それを観光気分で眺める余裕はない。自分の降りるべきバス停を乗り過ごさないようにしないと、どんなとんでもない場所に連れて行かれるかも知れないという恐怖心が、心の中を支配していた。後の話になるが、乗り過ごして連れて行かれる場所は、実は、ほんの数ヶ月語に自分が住む事になる家(2番目のHomestay先)の目の前になる。つまり(後の)住処の近所をとんでもない場所だと思いこんでいたというわけである。降りるべきバス停は、Winchester Blvd. を過ぎたら、降りる事。目印は交差点にある、Burger King・・・その事を頭の中で、何百回も復唱しているうちに、いつの間にか、頭の中では、Burger King、Burger King、Burger King、Burger King、Burger King・・・とだけ繰り返し始めて、Burger King が見えた瞬間に、バスの Stop Request(停車要求)のヒモ(ボタンではない)を思い切り引っ張ってしまった。 バスは、そのまま、Burger King の目の前に停まってしまった。ここを過ぎたら、降りるようにと言われたのに、ここで降りたら早すぎる!と思いつつも、自分で、思い切りStop Request を出してしまったので、降りないわけにもいかず、また、運転手に「間違えました〜」という、その言葉すら浮かんでこなかったので、開いたドアから逃げるように降りてしまった。しかし、私の後から(途中から乗り込んできた)他の乗客がぞろぞろと降りてきた。こんな事ならば、知らん顔して乗っていればよかった・・・と後悔した時には、バスはドアを閉めて、走り去った後であった。 走り去っていくバスを見送りながら、気を取り直して、バスの走り去った方向へと歩き始めた。降りるべきバス停は、この先にあるのは明白なので、歩けば必ず着くはず。ただ、その距離は、どの程度なのかは、見当も付かなかったが、とにかく前に進むほかなかった。幸い、降りた場所から学校までは、1キロもないくらいで、15分あまり歩いて、無事に学校に到着した。学校に到着すると、Entrance に Shiho がいた。今朝、というよりほんの1時間半前あまり前に会ったばかりだったが、久しぶりに会ったような気分になった。何人かの友達を私に紹介してくれたが、人の顔を名前を覚えるのが極端に苦手な私には、覚えきれるわけがない。 教科書を買う学生の列に私も並び、教科書を買って、他の諸費用や事務手続きを済ませると、再び、また、孤独な大航海(笑)が待っていた。ただ、一度は来た道なので、幾分は気が楽だった。学校の前の来た時とは反対側の車線にあるバス停でバスを待った。先に触れたように、通常のバス停は、注意してみないと見落としてしまいそうなくらいに小さい看板があるだけで、時刻表もない。バスは、30分ほど出来た。今度は、慣れた(ふりをして) Day Pass を見せてバスに乗り込む。 バスは、来た時と同じ道を、走り続けた。帰りのバスには、座席の半分ほどに人が乗っていて、(途中から乗り込んできた人も含めて)多くの乗客は、Light Rail の駅で降りた。私も、その人達の紛れて、駅で降り、再び、Light Rail に乗って、3つ目の駅(Branham)で降りた。家までの道を、とぼとぼと戻り、家に着いた時には、本当に安堵した。自室に戻ったが、疲れがどっと出てきた。しばらくして、夕食の時間となった。この日の夕食は、ポークチョップとサラダ、トーストしていないパンにマーガリンを塗った物だったが、妙においしく感じた。食事の後、自室に戻って、夜の0時半頃まで、買ってきた教科書を見たり(読んり、予習ではない)、やりかけの日本から持ってきたテキストの勉強の続きをしたりした。ベッドにもぐりこんでから、今日の事を後に、どんな風に思い出すのだろうと言うような事を思いながら、眠りへと落ちていった。 |