HOMEへ戻る

押井守監督 インタビュー(1)

「『ミニパト』こそ究極の押井版『パトレイバー』」

取材・構成/叶精二


※この文章は「P-PACK」2002年3月30日発行(こだま出版)に掲載された原稿を大幅(約3倍)に加筆したものです。掲載にあたっては、押井監督に再校正・監修をして頂きました。「P-PACK」は「WXIII 機動警察パトレイバー」「ミニパト」の公開に合わせて、「機動警察パトレイバー」全シリーズを網羅した解説本で、インタビューも一時間以内、「パトレイバー」「ミニパト」の話題に限って行うという編集側の条件付で行われました。(それでも「関係ないことを聞きすぎ」と後にクレームを頂きましたが。)「『千と千尋の神隠し』を読む40の目」(キネマ旬報)の編集を担当したウォーターマーク社の依頼で、珍しく研究対象外の仕事でした。未見の作品が多かったため、シリーズ全話をビデオで見直した後に執筆・取材を行いました。個人的には押井監督には、他にも色々と伺いたい事柄がありましたが、また別の機会を待ちたいと思います。
なお、押井監督と宮崎駿監督の長いつきあいは有名ですが、スタジオジブリは制作中の押井監督の新作長編「イノセンス GHOST IN THE SHELL(仮題)」には制作協力として参加を決定しています。



押井 守(おしい まもる)
アニメーション・実写映画監督。1951年生まれ。東京都出身。1977年、タツノコプロダクションに入社。1980年、スタジオぴえろに移籍し、鳥海永行氏に師事。1984年、スタジオぴえろ退社。以降、フリー。
主な作品は、映画「うる星やつら オンリー・ユー」(脚色・監督/1983年)、「同2 ビューティフル・ドリーマー」(脚本・監督/1984年)、「機動警察パトレイバー」(監督/1989年公開)、「同2 the movie」(監督/1993年)「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」(監督/95年)、実写映画「Avalon」(監督/2001年)。 2000年公開の映画「人狼 JIN-ROH」(沖浦啓之監督)では脚本を提供。ゲームやコミックの原作のほか、エッセイや小説なども執筆。主な小説に「機動警察パトレイバー TOKYO WAR」(94)「Avalon 灰色の貴婦人」(01)など。
「パトレイバー」シリーズでは第一期OVA、映画2作の監督、テレビシリーズ・第二期OVAの脚本計9本を担当。

関連リンク集
ガブリエルの憂鬱〜押井守公式サイト〜 
「ミニパト」公式サイト
「イノセンス GHOST IN THE SHELL(仮題)」公式サイト
「P-PACK」紹介


●ギャグ作品は飯の種にならない

―「ミニパト」は、押井塾出身の神山健治さんが監督、「人狼」の西尾鉄也さんが作画監督、制作もProduction I.Gという豪華な編成でした。脚本を担当した押井さん御自身は一観客として御覧になっていかがでしたか。

押井 すごく楽しかったですね。仕事としても楽しかったし、出来上がったのを見ても楽しかった。今回は珍しく音楽の川井(憲次)君含めてみんなで面白がって作れた。「パトレイバー」を始めてから随分と時間が経ったし、ぼく自身も作品に関わったのは8年振りでしょう。それだけ時間が空いたということが大きい。昔だったらケタケタ笑いながらやれなかった。それだけ距離が持てたということと、世代のギャップというか、スタッフと年代が大分違うので、神山君や、鉄つん(西尾氏)が「パトレイバー」のファンでね。この世界に入ってそれなりになった時にはもう(シリーズが)終わっていて、是非一回やりたかったと。その辺りの臭いがするでしょう。これが「パトレイバー」に関わった黄瀬(和哉氏)や沖浦(啓之)だったら、割と生々しい部分を描くから、もっと色々なものが出て来ちゃう。だから、一ファンとして見ていた人間が自分の描きたい「パトレイバー」を描いた。それが良かったんじゃないですか。ぼくはぼくで結構サバサバしちゃったんで、色々な恩讐があったわけだけど、それを客観的に面白がれるかどうかという自分の内的葛藤もあって…。

―宣伝展開上も「押井監督の久しぶりのギャグ作品」と謳われていますが、ここ数年は実写を含めてシリアスでハードな長編一辺倒でしたから、ギャグを正面から扱った作品という意味では「御先祖様万々歳!」の後継作品ということになるではと思いました。

押井 そうです。「御先祖―」以来。途中で「パトレイバー」のテレビシリーズの脚本でドタバタを書いて多少の憂さ晴らしをしてましたけど、ギャグをやめたわけでも嫌いなわけでもない。今でもバカ話とかヨタ話とか大好きですね。ただ、やる機会がないんですよ。いや、全くないわけではないんだけど、(長編では)一年・二年かけて仕事するわけでしょう。そうするとタイトなものしか出来なくなっちゃう。アニメーションというのははっきりしているわけ。手のかかる作品ほどお金もかかるしギャラもいい。だから生活していくためにどちらを選ぶかという問題で、力任せにギャグをやって行くのは、ストレスは溜まらないけど一番効率が悪いんです。だから本当は「御先祖―」みたいなものだけ作って生きていけるとね、もう言うことないわけですよ。

―観客としては、現在の高い技術水準を生かして、心から笑える押井作品を見たいと思いますね。

押井
 それでは致命的に食えないんです。ギャグものだと食えないというのは面白い現象ですよ。日本ではアニメーションにしろ、映画にしろギャグとか喜劇の方向性で食うには厳しいものがあるんです。

―舞台劇や芝居の世界などでは成功しているものもあると思いますが、昨今のアニメーションでは特にその傾向があるように思います。

押井
 そうですね。あとはギャグものを続けて行くと、どうしても毒が出て来る。「御先祖―」みたいな世界でもどんどん突っ込んで行くと人間性が剥き出しになって来る。「うる星(やつら)」の時もそうだった。だから、あんまり長くやるもんじゃないというのもあるんです。延々と続けるとね、どこかで恨み言になって行っちゃうもんですよ。作り手自身もどこかで破綻しますから、ギャグものを追求している人たちはみんな壮絶な生き方をしていますよ。

―赤塚不二夫さんのように、癌になっても酔っぱらって煙草吸いまくって復帰してしまうとか。

押井
 ええ。ぼくは割と平穏無事で穏和な市民生活が好きなので、私生活まで犠牲にしたくない。ただ、全然ギャグをやらないとね、すごく溜まるんですよ。「パト2(劇場版パトレイバー2)」とか「攻殻(機動隊)」みたいな作品を連綿とやって行くと、そりゃあ溜まりますよ。どこかでやりたくて仕方がない。小説で発散させたりしていたんだけど、もともとアニメでドタバタやるのが好きなものだから、どこかでやりたいんですよ。ただ、それにはすごくエネルギーと体力が要る。

●「パトレイバー」だから許される

―本気でドタバタをやるには、笑うに足る画力と枚数を要しますね。

押井
 だから、タイトなものを作るのなら、日常コツコツやれば出来るんです。それでも、ギャグには腕力が必要になりますから、かなり疲れます。今回は、鉄つんと神山が実作業を全てやってくれたから、こちらとしてはおいしい仕事でしたね。資金の工面とか、音楽とか裏方に回ってやれたから。「この手があったか!」と思いましたね。いずれにしても、現場を任せられる人がいなければ成立しない話です。今回は、たまたま幸運な出会いがあった。向こうがやる気があったから。ぼくはギャグをやりたいんだけど、現場に引っ張られるのは嫌だった(笑)。

―この作品が、若い世代がギャグものを作れるような流れに繋がるといいですが。

押井
 最近ストレートなギャグが減っちゃった。ぼくが好きなのは、腕力系のギャグなのでやり手がいない。そこまで見てくれるお客もいない。

―「クレヨンしんちゃん」の劇場版シリーズは健闘しているようで、根強いファンがいると聞きますが。

押井
 それはよく知らないけど、純然たるオリジナルのギャグものって売れた試しがないから。実際問題として「御先祖―2」という話を随分あちこちでしたんだけど、どこもやらせてくれなかったからさ。

―それは残念なお話ですね。

押井
 その時に考えていた色々な方法論を今回試させてもらった。もともとパタパタ回転する紙芝居というのは「御先祖―」で考えていたものだった。あの頃はCGがそれほど普及していなかったから3Dは考えていなかったけど、あれから10年経ったでしょ。やるとしたら、紙に描いた人形みたいなものを人形劇としてパタパタ動かしたら面白いだろうと。三次元なんだけど、二次元として扱う。二次元のキャラクターを三次元の空間で扱う。そこまで客観的にしてしまえと。それをずっとやりたかったんだけど、「御先祖―」で実現するのは難しかった。今でも「パトレイバー」という器でなかったら、誰も許してくれないよ。「何でこんなもの作るんだ!バカにしてんのか!」と言われて終わり。

―「パトレイバー」という作品では許される表現の幅が広いと。

押井
 「パトレイバー」って便利な器でさ、「アーリー・デイズ」と言われている最初のビデオシリーズの時には考えもしなかったことだけど、長くやっていると色々あるもので、その器の中で随分色々なことをやらせてもらった。(劇場版)「パト1」「パト2」は全然別の映画だし、更に今回みたいなものでも許される。ジャンルとして成立していればいいという。ある意味スタッフにとっては、グラウンド―つまり実験場と化してしまうという要素があると思うんです。それは成功した、つまり売れた実績のお陰でしょうね。突然これ(「ミニパト」)やったらね、当たるわけがないし、袋だたきにされて悲惨な末路ですよ。
プラス・マイナス、メリット・デメリット色々あったけど、「パトレイバー」では、好きなことをやらせてもらったなと。発散もしたし、お金ももらったし、色々な作品を試したし。

(つづく)

つづき(2)を読む