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● 書 評 ●

「映画興行師」前田幸恒・著

 1997年3月31日初版発行
 編集・発行/スタジオジブリ 発売/徳間書店

 文/叶 精二

※この文章は「季刊 二馬力・畑研究 VOL.18(最終号)」1997年8月30日(自主発行)に掲載されたものです。

 何故スタジオジブリが「映画興行師」の本を発行するのか、不思議に思った人もいることだろう。しかし、これは発行者であるジブリ取締役・鈴木敏夫氏が五年以上も温め続けて来た念願の企画であったのだ。

 当方発行の「平成狸合戦ぽんぽこ/解説図録」掲載の鈴木氏インタビューでも明らかであるが、鈴木氏と高畑・宮崎両監督は、全国各地の映画館を回り、館主や興行師の方々と交流を重ねて来た。もちろん、ジブリの作品を1館でも多くの映画館で扱ってもらうためである。この地道な巡業と交流が、ジブリ作品が毎回地方劇場で絶大な人気を誇る一因となっているのだ。現場で創意工夫をこらして観客動員に奔走する映画興行師の方々の活躍なしには、現在のジブリ作品の興行的成功はなかったと言っても過言ではない。中でも前田幸恒氏は、とりわけユニークな人物であったらしい。

 本書は、全文が前田氏のインタビュー原稿から構成されている。その語り口が何とも読み手に優しく、思わず引き込まれる。

 前田氏は、東宝系興行会社で37年間現場の仕事を続けている。その間、西日本各地の映画館を数年毎に転々とし、各地で館主を務めて来た。その波瀾万丈の人生は、そのまま日本映画界の盛衰を物語る歴史的証言集でもある。

 前田氏はアイデアと行動の人であった。

 映画産業が衰退の一途をたどる七〇年代には、映画館の一角にタコ焼き屋やうどん屋を開店して多角経営でしのいだ。どちらも本職顔負けの本格的な味つけで、一時は映画館の収入を越えたと言う。

 組合運動が盛んだった地方館では、紛争の火消し役として活躍した。前田氏は、組合の代表を直接社長に引き合わせ交渉をまとめるなど、的確で潔い解決を行った。

 映画「E.T.」の興行では、前売券販売に奔走し、地元商店街と提携してチケットをプレゼント商品としたり、子供たちから似顔絵を集めたりして、地域をあげたイベントにとして空前の動員記録を作った。

 その一つ一つのエピソードが、あくまで地域に根ざした活力と、屈強な職人根性と、そして独特のダンディズムに満ちており、何とも複雑な感動がある。鈴木氏はこの本の映画化を夢見ているとおっしゃっていたが、私も全く同感である。演出次第では「ニュー・シネマ・パラダイス」をはるかに凌ぐ大傑作となると思うのだが、誰か企画を検討してくれないものだろうか。

 なお、巻末には高畑勲監督の寄稿も掲載されている。


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