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● 書 評 ●

「アニメーションの色職人」柴田育子・著

 1997年6月30日初版発行
 編集・発行/スタジオジブリ 発売/徳間書店

文/叶 精二

※この文章は「季刊 二馬力・畑研究 VOL.18(最終号)」1997年8月30日(自主発行)に掲載されたものです。

 本書は、アニメーションスタジオの現場で、「彩色」「色トレス」「色指定」「色彩設計」などと呼ばれる色の仕事を35年間続けていらっしゃる保田道世さんの半生を綴ったドキュメンタリーであり、貴重なインビュー集である。

 アニメーションの色をめぐる仕事は、これまでほとんど脚光を浴びたことがない。しかし、制作の一切の矛盾が集中する最も厳しい現場である。色指定が遅れれば、彩色も遅れてしまうし、彩色が遅れれば撮影も遅れ、放映・公開に間に合わなくなってしまう。恒にリミットに追われながら、短時間で効率の良い判断と、充実した仕事が問われるのだ。保田さんは、美術監督の指揮下での共同作業だった位置から、「色指定」を独立させたパイオニアでもある。

 保田さんのエネルギッシュな活動は、あらゆるセクションに及ぶ。

 監督との綿密な打ち合わせ、美術監督との相談、絵の具会社との共同作業による新色開発、外注彩色スタジオとの折衝、撮影スタッフとのフイルム上の発色確認、仕上げチェック、若手スタッフの育成から、現場を和ませるお花見の企画立案まで、すさまじい過密スケジュールを的確に処理して行く。まさに「職人の仕事」である。

 「コナン」の水中シーンで、人物も青くした斬新な色指定は、実は研究不足の所以で、以降は改めていること、高畑さんと宮崎さんが互いに保田さんを奪い合い、「火垂るの墓」と「となりのトトロ」を同時に二作担当されたことなど、ファンには嬉しい裏話もたくさん収録されている。

 本書は、家庭を持ちながら働き続ける自立した女性の生き方としても、魅力的な内容である。まず自己に厳しく謙虚であること、仕事に対して明るく積極的な姿勢で臨むこと、つき合いの礼儀を重んじることなど、仕事は違っても得られる教訓は数多い。

 今後オール・デジタルペイントに変更されるジブリの彩色体制にあって、本書の発行は、色をめぐる実践的教訓と、仕事に臨む姿勢を総括する意味でも大きな意義があったと考える。本書は、「アニメーションは集団で制作する芸術である」という観点を改めて感じさせてくれる。読者は、本書に触れることにより、ジブリ・アニメーションの色彩を見る目が大きく変わることと思う。全国書店で好評発売中。

 保田さんの今後の御健康と更なる御活躍を祈りたい。また、鈴木敏夫氏が編集者としての資質を存分に発揮するジブリの単行本企画にも大いに期待したい。


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