ギャラクシアン懐ビュー2

俺が対戦を嫌がる理由


私の特徴として対戦プレイを凄く嫌がるという傾向があります。 何故?金を使うからです、ハッキリ言ってこんな無駄な浪費はないと思ってる。 最近はちょっと改心してきましたけどね、でも完全に払拭された訳ではない。 実際私は乱入を1回しかしたことがない、それも超最近。しかも間違って。 乱入された事は数え切れないくらいある。 だから対戦台しかない場合はしょうがないけど基本は1人プレイであります。 対戦には対戦の面白いところがある?それは重々承知、わかってます。 だから否定はせんけど、俺はやだってことなの。病的なくらい嫌。 別に格闘ゲームが嫌いだのそういう事ではない。 対戦してるという事は相手も金を使ってるという事なのだ。 知ってる人ならまだいいのだが、知らない人でしょ? ここで私の場合はその時点凄くゲームのやる気がトーンダウンする。 だから、対戦ゲームで本気でやったことがない、これはいまだにそう。 100連勝?そんな非人道的(?)な事は俺には絶対できん、 どんなに我慢しても10連勝くらいだろ。 それ以上は気力が持たないっす、途中で辞めると思う。 ま、そこまで上手くはないがな。 そして終わった後も精神的にかなりやられててしばらくゲーム出来ない くらい気疲れしてしまう、何故こうなるのだろうね。 勝つというのは相手が損するのよ、それが滅茶苦茶可哀想。 まだ自分が負けた方がまだ気楽。俺が損するだけなんで罪悪感なし。 でも負けたこと自体は悔しいのは事実、でも勝つよりはマシ。 対戦で勝ってしまった場合には心の中で謝るようにしてます。 ごめんなさい。無意識に手を合わせているくらいなんだよね。 人がいいと言うか、何と言うか… この根幹には実は悲しき私の過去がある、今回はそういうお話なんですな。

ゲームに金をかけるという事

私が最初に全財産を使い果たしたゲームはギャラクシアンです。 これは確か昔のギャラクシアン懐ビューに書いていたと思うのだが…見てね。 その時はかなり悔しいのと、自分のやった過ちとで超複雑。 ゲームが上手くなりたい!この気持ちはかなり強かったと思う。 だからこそなかなかゲームが上手くならないのはかなり悔しかった。 しかもそれで財産を失った、しばらくやりたくても出来ない、 そりゃ悔しいっすよねぇ。 でも、同時に自分が馬鹿だと思ったのも事実。 何故こんな事に金をかける訳? 何故こんな事してしまった訳?どこまでも続く自問自答。 悔しいと同時に自分を責めることになります。 …結局はゲームをやりたい!って気持ちが勝つのですけどね。 私がゲームをプレイする時にはこの時を絶対忘れないようにしている。 そりゃ今は経済力もある、はっきり言って自由気ままにゲームが出来る。 だけど昔の苦しかった記憶はなんかフィードバックしてくる。 なんか忘れてはいけないことのような気がするの。 それはきっと1コインの価値というものの大切さ。

1コインに賭ける

現在のプレイヤーってこの感覚ないでしょ。 昔のプレイヤーでもあるかどうかは疑問なんですが… 「1コインの価値」です。 100円でも50円でもいいよ、1ゲームに対する気持ちってやつ。 とにかく昔の私は1コインにかなり気合を入れていた。 だって、そんな何回もゲーム出来る経済力なんてないんだよ。 出来る限り人のプレイは見て盗めるとこは盗む。 あとはそれを自分のコインで徹底的に実行できるようにすること。 それには相当集中力が必要、その時の癖がいまだに残ってるんだね。 昔は帰りの電車賃を賭けてまで最後のゲームにトライした事がよくある。 残金100円、1ゲーム出来る、でも遊んだら帰りの電車賃はない。 さーこの時あなたならどうする? 私は迷わずゲームに投じてしまった、それくらい1コインには気持ちを込める。 歩いて帰るのはちと空しかったけどね。ゲーム馬鹿にも困ったものであります。 ここまでのお話に反する事なんですが… 私はかなり捨てゲー(途中でゲームを放棄する事)をよくやる。 でもね、逆に言えばそれだけ1ゲームに気合をぶち込んでいる。 だから自分に納得できない場合は確かに放棄する、スコア狙いには仕方がないよ。 逆にまだパターンが出来ていない時はわざと死ぬ事もよくやる。 これは時間をかけずに攻略を行う手法なんですね。 1コインにかける気合というのは全く変わりはないのであります。 これはお金を使わない!っていう事に反するような気もするのですが実はそうじゃない。 経験上、結果的に言えばトータルで言えばこの方が実は攻略に金がかからない。 どうも短い期間で集中させられるからだと思うけど、全く根拠はないです。 あくまでも私の経験上、理由は不明。気合の入れ方が変わるせいだと思います。 捨てゲーというのも賛否両論であろうけど、私は肯定派であります。 ただし、捨てゲーしても連続でプレイしたら意味ありません、何故捨てるハメに なったのかを考えてから再トライに入るようにします。ここはポイントっすよ。 いずれにせよ1コインにかなり気を入れているのは同じ事ですよ。 ゲームを捨てたからゲームに対する気持ちが希薄なんて事はない、むしろ逆。 これはお金を使わないようにするための私なりの手法なのです、ちょっと意外? 私にとってはいまだにゲームに金を使いこむのは罪悪感があります。 基板ならまだ形に残るからいいのだけどさ、ゲームは何も残りません。 想い出とか記憶には残る、このページはその集大成、貯蔵庫。そういうもんだよ。 ある意味このページは私ゲーマーとしての最後の意地、或いは悪あがき。(笑) 何かを残したいわけなんです。

厳しい生活環境

何故こんな考え方になったのであろうか? それはこのギャラクシアンに端を発しているんですな。 当時、ギャラクシアンで小遣いを全て使い果たした私。 その時期から実は私はかなりきつい生活を強いらされる事になります。 もうその時は私は親元にはいなかったので、自分の小遣いと定時で配給される 食事だけが頼り、寮生活だったので寮飯と呼ぶ事にする、ハッキリ言って不味い。 飯を作る側も認めるほど不味い。これでかなり子供の頃は鍛えられたよ。 でもそれしか食うものないのなら食うしかない。 おかげさまで好き嫌いは殆どないです、比較的嫌いなものはあるけど。 とりあえず何でも食べて生活出来るたくましさのようなものは身につきました。 今考えたらこの生活に耐えきったのだから、どんな生活でもできそう。 この経験は経験で感謝ですね。 ゲームでお金がなくなったといっても頼るものはない。 金を借りても返さなきゃいけないしね、意味がないのです。 そしたらゲームが出来なくなっちゃうじゃない? だから必死に飲み食い我慢するしか道はないのです。辛いよね。 もう一つ問題がある、食事の時間が決まっているという事はこれを食い逃がしたら 飯抜きということなのだ。ここが問題。下手にゲームに夢中になって食い逃がしたら その日は食事抜きという事、外食(寮以外で飯を食う事を指す)するにも金が要る。 金がない時には不味い飯で我慢するか断食しかない。 ここで私断食1週間という馬鹿な記憶も残っている、食うにも食えなかったのだが。 飯を食いっぱぐれるのもあるのだが、不味くて食えない事もしばしば。マジです。 そういう時は普通の人は買い食いをする、あるいは外食だよね。 でも私はゲームに金を回したいので節約することになる。 ラーメンは当然袋入り、カップなんて高いものは食えない。 それもサービス特価3袋100円の奴を狙う、これで実質3日分の食料となる。 考えて見れば1ゲーム=3日分の食料ってことにもなるのよ、凄いよな。 人にたかったスナック菓子で生き延びていたという話もあるかもしれないな。 人の食ったカップ麺の残りスープを貰うような事もやりましたな、情けないけど。 それくらいやらないと生き延びれないのだよ。(あくまでゲームやる目的だけど) うん、かなり苦しかったぞー。ゲーム代捻出するためにここまでやるか?って感じ。 それ以来、おかずよりご飯が好きという奇妙な考えが完成。 俺と飯を食ったらすぐわかるぜ、絶対おかずより先にご飯がなくなるよ。 何故なら寮飯はおかずが不味いのでご飯だけを食う能力が身についたという訳。 ご飯だったらそんなに味変わらないじゃない? おかず抜きでご飯を食す方法はこの時会得。 要はこういう事、ゲーム代を捻出するために食費を減らしたという事。 ゲームのための食生活を変える必要があり、それを実行したという事なんです。 衣食住、何から削る?そりゃまず食、当たり前。 これが実は5年に渡って実行されてきたという歴史が個人的にあるんですよ。 それだけゲームをやりたかったということなんだよ。 だからゲーム代というのは苦労の元に確保できたことなんだよな。 ゴメン、私はゲームやる時にはこの苦しい時代を抜きにして語ることは出来ないのです。 金の有難さ=1ゲームの有難さなんですよ、1ゲームやるのにどれだけ俺は 苦労っつーか、苦しんできたのか?これにはとても自信があります。 <威張れないけど だからゲームの時の集中力は人より高め、でもこれは1人プレイに限る。 対戦する時にはトーンダウンするのよ。相手の金を使ってるから。罪悪感が出てくる。 勝つという事は相手を損させる事だから、これが自分にはたまらなく嫌なの。 昔あんなに苦労して作った1ゲーム代を我が手で盗っちゃうのよ、そんなのあり? 相手にとっては良かろうが、自分は嫌なの、しょうがないの。これは。悲しい。 苦労なく飯食える自宅で安穏と暮らしてきた人には絶対わからないよ、これ。 俺の人生がそうさせているのさ。多分、これが結論。 そしてそのきっかけを作ったゲームこそがギャラクシアン。 ギャラクシアンを遊びたいから節制した生活を余儀なくされたのだ。 でも、この生活も今となっては懐かしいものっすね。 そういうゲーマーを作るきっかけになったのもギャラクシアン。そうなのよ。 これが私独自のゲーム感を作ってしまったゲームなの。 だからこのゲームの上に来るゲームは自分とっては絶対に出てこないのです。 このゲームと比較するだけでも失礼です、どんなゲームだってかないません。 私にとっては神のような存在なんです、ギャラクシアンって。 俺はここまで苦しめて、高めてしまったのだからね、アンタは。 凄えよ、ギャラクシアンは、最高のゲームっす。 これがギャラクシアン懐ビュー?まーこんな話もアリってことでよろしく。(笑) 殆どゲームに関して話してないじゃんね。