エレベータアクション懐ビュー

レトロゲームを語る資格


エレベータアクションを語る時にはどうしても一歩引かなければいけません。 だって当時私はナムコにゾッコンでして、受け入れられなかったゲームなんです。 いや、1回受け入れたには受け入れたのだけどすぐ辞めてしまったゲームです。 何故に受け入れられなかったのか? またこれにより私は当時かなり偏った考えをしてまして、 この時期のゲームには記憶にかなり粗があります。 レトロゲームのページの管理者という看板を背負ってるのですけど… この時期の事を考えるとかなりこの看板は凄く重いです。心苦しいです。 なんか逃げたくなっちゃうのですけど…今回はそういう話でまとめてあります。

レトロゲームを語る資格

残念ですけど私を満足させるレトロゲームコンテンツを作ってるサイトはありません。 それは当然私のサイトを含めての話、…もしかしたら知らないのかもしれませんけどね。 「誰か真のレトロゲームコンテンツを作って欲しい」(熱望) 私の見た範囲では知ってる話ばかりであり、過去に何かに掲載されたりした情報が殆ど。 これ”ぱやぱや”にもちょっと書いたのだけど、怒る人が居たらごめんなさいね。 怒るって事は違うって事でしょ?そういうウチは違う!って方はご連絡くださいませ。 多分私がその存在を知らないのだと思われます。(2000,2/23 現在) しかし、私にもそういう事を言える立場ではありません。↑こういう事書いてて何だけど。 私自身もまだまだ激甘なんですよ。いろいろ突っ込みようがあると思います。 もしかしたら実は同じ事やってんのじゃないかな…良く見返してないからわかんないけど。 私としちゃコンテンツの内容は酷いと思ってるし、こんなもので満足して欲しくないです。 実際ね、賞賛されるより突っ込まれる方が楽しいといや楽しい。マジで。(誤字は別として) 私には”懐ゲーについて語る資格”はないと考えてます。 …それでもやるのだけど、やるからには私の持ってるものを出来る限り引き出します。 何故私自身「レトロゲームコンテンツ」を作る資格がないと考えてるのか? そういう話をやってみたい、「エレベータアクション」でそれがわかります。

タイトーの歴史

「ナムコの歴史」を言え!と言われたら即座でないにせよ取りあえず答えられます。 …一部忘れてますが…(笑)それでも考えてるうちに補正は出来ると思います。 でもね「タイトーの歴史」を言え!と言われたら? こりゃあかん、ギブアップだわ。正直言ってこれはマスターしてません。 私自身いちいち”あるゲームが何時発売されて何時遊んでいた”なんて覚え方はしてません。 そんな資料を作ってるわけでもありませんし、あったとしても覚えようとはしません。 一部の人には悪い事言うけど、こんな事やっても何のためにもならんでしょ。 私がこのページで言いたいのは「ゲームのデータベース」ではありません。 「私とそのゲームの接点」な訳。これは”懐ビュー”であって”レビュー”ではないのです。 紹介になってない訳です。紹介だったら別のやり方があるでしょ?それはいずれお見せます。 そして新しいレトロゲームコンテンツというのを開拓する所存であります、多分。きっと。 そしてもう一つ、このページでコンテンツを作るに対して気にしていること。 「このゲームは何時発売されたどういうタイプのゲームである」という資料は作りたくない。 そういうものは、私がやる事ではないと考えてます。 私、昔になんか何処かで「ゲームのデータベースが出来ればいいね!」なんて言った事が あると思います。ここに来てわかった事ですが、自分には絶対不可能!そんな事できん! っつーか私一人では出来ないと言った方が良いかもしれません。 こんな「ナムコの歴史」くらいしか解ってないような奴だけで出来る訳がないんですよ。 私にはどうしても穴があるのです。その穴を埋め合わせるだけの知識人がいないと無理です。 私としても全てのゲームをやってきた訳じゃないです。そんな人間おらん、多分。 人よりプレイしてきた数が少しだけ多いというだけです。

エレベータアクション

何故こんな話と「エレベータアクション」が関係あるの?あるんです。 先ほど申し上げた「タイトーの歴史」の無知、これを思い知らされるのです。 「エレベータアクション」自体、非常に有名なゲームでして私も良く知ってます。 ゲーム内容も良く知ってますし、遊んだ記憶も今でもよく覚えているゲームです。 皆さんも知ってるでしょ?このゲームのタイトルくらい。内容くらい。 いちいちレビューなんかしなくたって理解出来る内容だよね?違います? 私自身こんなメジャータイトルは扱いたくないし、いちいち説明しなくたっていいと思う。 …って、取りあえずここまでは良しとしましょう。 さてここで私の無知なる要素をさらけ出してしまいましょう。 ある方に問われて情けないことに答えられなかったのですけどね。 「エレベータアクションの前後に発表されたタイトーゲームは?」 これが私にはちっともわからん。調べたらわかるけど調べないとわからん。 完全に記憶してない、言われたら「そうか!」とは思うのだけどさ。 要するに「タイトーの歴史」なるものは私の頭にはまったく入ってないのです。 「エレベータアクション」の前は「フロントライン」。 どちらが先に出たって事はわかる。でも「フロント〜」と「エレベータ〜」の間に何があるか? というのは実はわからない。”ない”が正解なんですけどね。 問題は次の話。 「エレベータアクション」の次が「フェアリーランドストーリー」までぶっ飛ぶのです。 これはあくまでも私が遊んでるか遊んでないかというだけでこういう話になってしまうんです。 単に遊ぶだけでは駄目で本当に気合を入れてやってるかどうかが基準になります。 実際にはいっぱいあるよ「シーファイターポセイドン」「ザ・運動会」「ビクトリアスナイン」etc。 確かにそれぞれのゲームは良く知ってます、それもそれなりに遊んでます。 でもタイトーの歴史として発売された時期の順番を問われたら名前が出てこないのです。 私、こういう質問には資料なしには絶対答えられません。頭に入ってないです。その程度の人間なの。 名前を一通り出されて時期の前後関係を当てはめることは出来ても、次のゲームは何?という質問を 受けた場合には滅茶苦茶弱いです。タイトーゲーム全体としての覚え方をしてないからなんです。 何故?答えは至極単純。ここらへんのゲームはそこまで気を入れてやってないからです。 印象度が薄いのです、ゲーム内容を聴かれたらそれは答えられますよ。 どちらが先に出たくらいは出来ますよ。 だけど、遊んでいた時期にそのものに対する知識は完全に欠落してしまってるんです。 「エレベータアクション」の遊んでいた時期… そう、こういう表現ではわかる。「ゼビウスの後に発売されて、ドルアーガより前のゲーム」 私はよく遊んだゲームの間という事しかわからないのです、しかもナムコ。 「そんでギャプラスより前でフォゾンと同時期くらい。」 私の中に入ってるのはナムコの年表でそこで何時頃のゲームか判断されます。 基本的に私はナムコゲームに関してはかなり気を入れてやってますから。 タイトーゲームとしての流れ、という理解の仕方は全然しておりません、 これはタイトーに限らず、ナムコ以外の他社ゲームはすべてそうです。 あと私は何年も同じゲーセンで遊んだという体験はありません。 常に一定期間ごとに行きつけのゲーセンというのは変化してきております。 大体最低1ヶ月から最高2年位で行くゲーセンが変わってきているのじゃないかな。 出戻りする場合もありますが…でもまあ同じゲーセンの常連となる事は 私の場合は非常に少ない、理由はあるのだけど、これはいずれ話します。 このゲームの話としてはちょっと不適格。別のゲームで題材にしますよ。 そういう訳でして、そのゲームの発売された期日をゲーセン覚えている場合もあります。 「何処何処で遊んでいたゲームだから何時のゲームだ!」って感じ。 だから「タイトーのゲーム」の知識としては凄く疎いのですよ。 それぞれのゲームとしての知識はあっても、の話です。 タイトーの歴史を語る上での知識はないって事なんです。 これが自分には「懐ゲーを語る資格なし!」という烙印を押す理由なのです。 こんな事じゃ駄目だよ、つくづく思い知らされましたね。私、やっぱ激甘です。 恥ずかしい限り………

起死回生の一発だった

エレベータアクションの時の話でもちょっとやりましょう。 流石にそれくらいは覚えてますよ、いつ何時というのは別にして。 その時期のタイトーと言えばホントに元気がなかったのは記憶してます。 出すゲームが不発というよりは…ゲームを出してなかったのね。 それは恐らくナムコの隆盛に影響をしているのだと思われます。 当時、ゲーセンでは何がヒットしていたのか? それはかの「ゼビウス」です。相手が悪いですよね。 多分、ゼビウスというゲームをタイトーはかなり意識していたのではないでしょうか? 実際のところはどうなんでしょうね、多分研究してたと思いますよ。 「エレベータアクション」はゼビウスのブームが一段落したタイミングで現れました。 それまでタイトーは何をやっていたのか?実は静観していたと思われます。 これも考えていたのでしょうかね? 私も当時はゼビウスも一段落してまして無理無くこのニューゲームを迎えることが出来ました。 ゼビウスでシューティング全盛になった直後のタイミングでこのアクションゲーム。 なんかこのタイミングのせいだと思いますけど、凄く新鮮に感じたゲームでした。 いえ、上に上がって行くゲームは数あれど下に下がるゲームはこれが初めてじゃないか? …「THE PIT」とかは別にしてね、突っ込まれる前に言っとく。(笑) スクロールするという意味ではという事での話。 後、スペランカーとかそういう奴も出てくるのだけどね。 なんかこの逆発想が新鮮味を感じた要因なんじゃないかなって思います。 でも本当にこのゲームの良さを感じるのは敵を倒す手段が多彩だった事です。 ・銃で撃つ これは当たり前としてですよ。 ・ジャンプキックで倒す ・電灯を上からぶつけて倒す ・エレベータでつぶす いろんな別の手段で敵キャラと戦えるところが凄く新鮮だったでしょ? こういうのを意識して戦うことに新しい遊びの感覚を感じさせた要素でありましょう。 ゲーム内容は屋上から進入したプレイヤーをエレベータやエスカレータで下がりながら ビルの各階に散らばっている秘密文書(赤い扉の中)を回収して一番下の地下の降りて いくゲームです。こう書くと凄くハードボイルドな感じなんですけど ゲーム自体は凄くコミカルで音もすっとぼけてますし、楽しいゲームでした。 こういうギャップもなんかいい要素ではないのでしょうか。 これらの要素がプレイヤーに受け入れられまして、「エレベータアクション」はヒットしました。 本当かどうかはわかりませんが、このゲームはタイトーの起死回生の一発だったと聞きます。 そうなんですか?…その前のタイトーを考えたら記憶にないとこを見るとそうなのかも。

ゲームの難易度とは?

これだけの良い要素を持ったゲームもヒットにとどまり、大きなヒットとはなりません。 邪魔したのはゲームの難易度であったと思います。 当時のタイトーの難易度の上がり方は異常極まりなかったです。 1周、2周はなんとかなるのですけど3周目以降は人知を超えた世界です。 これは人とお話していて、私自身初めて知った事実であったのですが、 これはインベーダー等でプレイ時間の長くなることを憂い、ゲーム時間の 短縮を狙っていたそうです。まるで今のゲームのようにプレイヤーを殺そうと している訳です、これで延々と遊ばれることを防いでいたのです。 ロケーションをいっぱい持っているタイトーならではの発想なんでしょう。 上手いプレイヤーに何時までも同じゲームで遊ばれたのではたまらんと… このエレベータアクションも例外ではなく、周回を重ねると敵の攻撃が半端じゃなく 難しくなってしまってとてもじゃないけどクリアできません。 この限界状態を知った時にゲームから離れてしまう訳です。 何故ナムコの黄金時代が生まれたのか? それはこういうタイトーの考え方によるものが根底にあるみたいです。 セガも似たような考えでゲームを出していたと思います。 ロケーションを沢山持ってるからこその考え方なんでしょうね。 ●上手くなればずっと遊べるナムコのゲーム ●上手くなっても限界のある他社(タイトー)のゲーム プレイヤーだったらどちらを選びますか? 答えが見えましたね! 何故、この後ナムコはプレイヤーに支持されて黄金時代を作ったのか。 そしてこの後コナミは何故プレイヤーに支持されることになるのか? これも上記の理屈で考えれば理解可能となるでしょ? もっともオペレータには支持されなかったようですがね…(^-^; そして現在のアーケードゲーム不況の理由がわかってくるでしょ? いや、本当にいろいろためになるお話ありがとうございました。 この場で申し訳ありませんが、御礼申し上げます。