ギャラクシアン


最近の皆様からの励まし(および罵倒(^^;)大変感謝しております。 …何時の間にやら基板関連が中心のページに移行されつつありますが (そのつもりはないんですが)… 私のゲームに対する心を少し書いてみたいな〜と考えてこの懐ビューをアップいたします。 「ギャラクシアン」 私にとって本当に転機となったゲーム、一つの始まりとなったゲームです。 PSのリッジレーサーにてロード待ちに使われているギャラクシアンですが… 私にとってはそんなおまけで片づけられないものがこのゲームにはあります。 これはインベーダーの時代のお話しから始めないといけませんね… なぜ私はこの暗黒のゲームの世界に入ってきたのか? 何をこのゲームは私に与えてくれたのか? そういうことなんかについていろいろ書いて(ほざいて?)みたいと思います。

スペースインベーダーの偉業

まずはこのゲームから語らなければなりません。 ゲームとしての金字塔的存在「スペースインベーダー」です。 まさに社会現象、当時はエレメカのプライズハンターをしていた私もこの波にひきずり 込まれていきました。 私がこのゲームを始めてやったのはブーム前のとあるデパートの屋上です。 この時はジョイスティックがなかったのです、3つのボタンで操作。 左移動ボタン、右移動ボタン、そしてファイヤーボタン。これは難しいですよ。 それでも私を魅了するのには十分なゲームでした。 月面を描いたハーフミラーにうつるインベーダー、その攻撃をトーチカで避けながら インベーダーを消していくスリル、まさに新しいゲームの到来でした。 サウンドもそれまでのピーピコピコからインベーダーの行進音、インベーダーを消す音、 弾の発射音、UFOの飛行音、UFOを破壊した音、どれもこれも魅力的。 これはまさに一人で遊びテレビゲームのまさに基本的スタイルを確立したのです。 インベーダー最後の1匹というのは最初は全然対処できなくて困りました、 でも100円という当時としては高い金額ゆえそこまでやりこめなかったのも 事実です。 その直後テーブル筐体というものが開発され、喫茶店を中心に全国的にこのゲームは 広がっていきました。インベーダーハウスというテレビゲームONLYの店が出てきた のもこの頃です。このブームはものすごく、瞬く間に全国に広がっていきました。 私はその時は田舎にいましたが、そこでもフィーバーは凄まじかったのを覚えてます。

不良の溜まり場へ

そういう新しいゲームを目の前にして遊ばないわけにもいかないので当時小学生であった 私もデパートの屋上なんかで一生懸命やってたのですが…100円は高かったですね。 1週間に2,3回出来ればいい方です、あとは後ろで人のプレイを見てました。 …いやな餓鬼だったろうな(笑)でもこれでやり方を覚えましたよ!(^^) ただ、このゲームリプレイがなかったので「風船割り」や「ブロック崩し」と違って 後ろに張り付いてただで遊ぶという真似が出来なかったのが辛いです。(笑9 それだったら…というわけで10円で遊べるエレメカ、30円で遊べるピンボール、 当時は200円で14枚買えた(安い!)メダルゲームを中心に遊んでいました。 ここで私の回りのゲーム事情が変わります。インベーダーブームです。 今までこういう遊び場に来なかった人たちが入ってきました、いわゆる若い世代。 高校生とかもこの頃は入り込んできました。イメージががらっと変わります。 これらの世代の人はインベーダーを遊べるところを求めて大移動してるのですね。 今までは細々としかなかったゲームセンターが林立し、総称してインベーダーハウスと 呼ばれるものになります。喫茶店にもこのゲームが入り込んでまさにフィーバーです。 テーブル筐体という日本独特の文化の始まりでした、ついでにジョイスティックの登場。 ビデオゲーム史というものがあるならこれらは大事件であります。 ただ、私にとってはそれはいいものではありませんでした。 当時は小学生=最弱者なんです、このフィーバーにのっとってやってきた世代には 私のような人は邪魔者、かつカモなんです。初めてからまれたのはこの頃です。 …金を出したことは一回もありませんが…うまく逃げていたような気がします。 そこでもうそのゲーセンには行けなくなりまして…どんどん数が減っていって… 最後には行くところが無くなってしまいました。 ゲームセンターあらしのような餓鬼の存在ははっきりいって夢また夢です。 …だからこの漫画に感涙したのかもしれないなぁ(笑) この状況に教育現場も黙ってるわけにはいかず、ゲーセンは立ち入り禁止となります。 私にとっては八方塞がり!ここで私は一旦ゲーセンから離れることになります。

駄菓子屋ゲーセンへ

「インベーダーブーム」は予想よりも早く終わりました。 コピー機の氾濫、一過性のプレイヤーの撤退、もっとも一部の人は残りましたが… この機械の氾濫のおかげ(?)で近所の駄菓子屋にもインベーダーが入りました。 駄菓子屋はゲーセンではない、勝手な論理展開により当時学校に禁止されていた規則を 個人的に崩壊させました。…でも、あまり変わらないですよね、今考えたら。(笑) 喜びの原因はもう一つあります、プレイ料金が20円だったのです。 小学生の餓鬼にとってはこの値段は神様でした、もう通い続けることになります。 まだ相変わらず普通のゲーセンには怖いお兄さんがいっぱいいましたからね。(^^; …とはいっても駄菓子屋では中学生に金を要求されたのであまり変わらないかも しれませんね…でも高校生以上よりは怖くない!たかられる金額も少ない!(^^) ここでも私は一回も金を出してません、根性!というよりはもともと持ってなかったという 説もあり。かなり殴られた記憶は残ってますけど…この頃のたかりはまだまだ良心的で 全額お金を取られるようなことは少なかったと思います。(友人からも聞いた話) 私が体験した中でも金を取られるよりは、ゲームやってる途中でそのゲームを取られることの 方が多かったと思います。最後の1機やらせてくれ、とか?今考えたらかわいい!! 金を取られる時でも、なんか2、300円はかわいそうだからかどうかは知らないけど残して くれていたようです。みんな小遣いが少なかったのだもの、人の痛みは自分の痛み。 金をふんだくる自体は悪いことだけれども、何故か情けがついてくる。 そういう時代なんです、今の若い世代が聞いたらどう思う?(笑) …でも彼らとも最終的にはお友達になったのですが、根はいい奴等でしたよ。(^^; ゲームが上手い、ということは当時武器になりました、私の場合。

後がまを狙う各メーカー

「インベーダーブーム」は予想より早く収束しました。 「インベーダー」のコピー品は相変わらず出ていましたが…売れはそこそこだったようです。 とある日に新聞広告にインベーダーの次のゲームとして紹介されたりしたものがありましたね。 確か「ギャラクシーウォーズ」だったと思います。 …でもぱっとしたものではなく。ブームは完全に終わりを告げます。 私としては駄菓子屋ゲーセンが中心でしたが、すこしずつ普通のゲーセンに戻っていきました。 …相変わらず怖いお兄さんはいましたけど…ブームではないのでたかりというものは かなり減っていたと思います。学校では禁止だったのでやばかったけどねぇ。(^^; 「ルナレスキュー」等インベーダー基板を改造したゲームが幾つか出てきましたが 「インベーダー」ほどの人気は得られませんでしたね…マンネリというか… …私としてはそれなりに楽しく遊んでおりましたが。(笑) とにかく各社「第2のインベーダー」を目指していた時期でした。 その中の一つが「ギャラクシアン」だったのです。

星空の中…

「ギャラクシアン」の第一印象、明らかに他のゲームと違うことです。 まずサインカーブのような滑らかな動き、飛行角度を変えて落ちてくるエイリアン達。 これがオブジェクトの力と知ったのはちょいと後のお話しです。 そこで目を引いたのはやはり星空、星空に浮かぶ原色エイリアン。 この頃のゲーセンは暗いからホントに奇麗。見とれましたよ! そして、このゲームではキャラクタの性格というものが明確にされました。 エイリアンには基本的に4種類あります。 ブルーエイリアン(CONVOY 30/CHARGE 60) 雑魚と言いたいのですけど…こいつに殺られた数は多い。 あまり横移動は無いのですけど…無いところが逆に辛い。 横移動が少ないということは弾の真下から狙わなければならないということ。 最初はこれに殺られてましたね、慣れたら下に引き付けて倒すのが常套。 画面下の方ではエイリアンから弾を発射しなくなります。 これを知ってると知ってないとでは違う。 …ちなみに気がついたのはかなり後のことですけどね。 10面くらい行けるようになってからかなぁ。 パープルエイリアン(CONVOY 40/CHARGE 80) まさにこいつがライバルです、高次面になるほど動きがえぐくなります。 出来れば待機中に倒すのが吉なんですけど…殺られた回数No.1! 結構角度のある飛行パターンをするのですが…慣れてくると何故か読めます。 まるで自機の弾に吸い寄せられるかのごとく当たりにきます。 ホントにそんな感じがするんです〜これが結構快感だったりして… これが病み付きの元だったりするかも、でも怖い、やはりライバルであります。 詰めの軌道パターンは恐ろしく強いので注意!出来れば詰めに残したくない! レッドエイリアン(CONVOY 50/CHARGE 100) ボスの護衛的存在、単独にしてもブルーよりも弱いかもしれません。 官僚の弱さというものを感じさせる哀愁のあるキャラクタです。 編隊を組む場合には追い込まれないように気をつけなければなりません。 ギャルボス(CONVOY 60/CHARGE 150,200,300,800) 普通はこいつを「ギャラクシアン」と呼びます。 でも、そう呼ぶと一部の方からお叱りをうけるでしょうから正式名称で呼びます。 とにかくこいつは800点、護衛2機落としてから倒すというテクニカルなもの。 テクニカルなボーナスってのはいいですよね! このキャラクタ性が今後のナムコゲームの核となります。 これがしばらくの間他のメーカーの追随を許さなかった理由だし、ファンが増えていった 決定的な要因だったと思います。だから私も虜になっていったのです。 このゲームの特徴はエイリアンが少なくなると"詰め”といって通常とは違った軌道で 攻撃してくるようになります、これが単調になりがちなゲームにアクセントを与えてます。 高次面になるほどエイリアンの詰めに入るのが早目になっていきますから難しくなって いくわけです。飛行角度が通常よりもアップしてますので正確に狙っていかなければ なりません。単発(画面上に一発)なのでここがポイント。 そうそう言い忘れてましたけど…ギャルボス編隊を画面下で連射で800点をとる のが当時かっこいい!と思って頑張ってやってましたね、これが単発の醍醐味かな。 一部で名古屋撃ちとかいってましたけど… あと、このゲームの魅力と言えば… 詰めでは宙返りしてくるのね、当時はおお!って思いましたよ、これ。拍手ぱちぱち(^^) でも…狙ってください!って感じだけどねぇ(笑) 回りおわるまで待ってたら複雑な軌道をとるのでちょっとこわいかもしれません。 でも、お茶目ですよね、遊び心があって嬉しくなります。

初めてゲームで金を失った時

このようにはまった「ギャラクシアン」なんですが…私は貧乏である事に変わりはありません。 1PLAY100円のダメージは中学生になったばかりの私にとって大きな負担でした。 …それでもやりたいし、やめられない!ジャンキーになった最初のゲームです。 最初は10000点を出すのにかなりの苦労をしまして、全財産を失って悔しかった記憶が いまだに残っています。やりたくても、できない! だからこそ…他人のプレイを見る機会がどんどん増えていきました。 人のテクニックを盗ることは悪くない、むしろどんどんするべき。これは私の基本的スタンス。 見て簡単に盗られるような技であれば隠す必要もないですし、見られて簡単に出来ない技ほど ギャラリーの見せつける(!)価値があるもの、と知ったのもこの頃です。 本当にうまい人のプレイというのは見たからといって簡単に自分のものに出来ることではありません。 それを思い知ったのもこの頃でしょうか?だからこそ人のプレイを頭に焼き付けて自分のものと していく訓練を繰り返すようになったのでしょう、考えてみればこれこそゲーマーとしての 考え方を開拓していった…そういう意味でも私にとっては偉大なゲームです。 これは誰から教わったものではない、それが自分のやり方、基本はここで出来上がりました。 高い点数を出すこと=快感、これがやはりゲーマーの心のベースでしょう。 この考え方は後々「ゼビウス」によって完成、そして「ドルアーガの塔」で究極の形として さらに完成することになります。だからこの3つのゲームは私にとって”神棚ゲーム”なんです。

弾は避けるのではない!?

この発見が私のゲームはまり人生のポイントの一つだったと思います。 それは…ゲームを遊ぶ基本的な考え方の始まりです。 「ギャラクシアンは弾を避けるゲームではない」 これを見て疑問に感じたのであれば、まだあなたはゲームに目覚めていません。(断言) これが本当の最初の一歩、ゲーマーとしてのステップアップです。 では、上の言葉を言い換えてみましょう。 「弾を避けて動くのではなく、避けられるように動くのである」 これでも意味がわからない場合もあるでしょうから解説。(^^) 「ギャラクシアン」というゲームが「スペースインベーダー」に比べて不評だったのには 長時間遊べないという面があったと思います。こう言ってはなんですが… 「スペースインベーダー」は一つのパターンを編み出せば長時間で遊べる上に難易度の上昇が 止まってしまします。上手くなればずっと遊べる、それもこのゲームの魅力だったように思います。 ですが、「ギャラクシアン」はそういう訳にはいかない、どうしても避けられない攻撃というものが あります。端に追いつめられて反対側に抜ける道が無いというシチュエーション。 こういうパターンがあっては長時間遊びようがないではないか…こういう考え方が当時あったと 思います。実際に私もそれを感じてました、どうしたら避けられるのか?避けようがないのでは? でも実際には上手な人がいました。 「どうして避けられるの?」この疑問こそが始まりだったと思います。 その疑問を解決するべくある日、ゲーセンに張り付いて上手い人のプレイをずっと見てました。 近所ではそのような人はいなかったので自転車で遠出してまで見に行った記憶があります。 正直言って…当時見てもわかりませんでした、とりあえず帰って考えることになりました。 ただ一つわかったことがあります。私より追い込まれるケースが少ないこと。 見ていて「あ、これなら避けられる」いうパターンだったのです、さらに疑問倍増。 とにかくこの日で上手い人のプレイを頭に入れましたのであとは自分を鍛えるしかありません。 その後、何回かプレイをしたのですが…でもやはり変わらない、追い込まれてしまう!… 何故追い込まれるのか?…どう考えても自分の方がパターンが悪い! もう機械が悪いのじゃないかと思って、その上手い人のいたゲーセンまで行って遊びましたよ。 …結果は一緒。(笑)明らかに自分が下手なのだ! <結論 で、そのままそのゲーセンに張り付いて上手い人(先日とは別の人)のプレイを見てました。 …やはり自分の時よりパターンがいいです…これなら避けられる…

この時始めて理由が解りました。答えを至って単純なことだったんです。 追い込まれないように動いてるのです。 簡単なことなんですけど、意外に気がつかないものなんですね。 帰って追い込まれないようにするにはどうすればよいか? ・無駄な動作をしない(弾を避けるとき最小限の動きにとどめる) ・追い込まれる前に逆サイドへ抜ける この2点を遵守するだけで点数が飛躍的に上がりました! 10万突破したのもこれがあったからこそ!一つの壁を乗り越えてゲームの新境地を 切り開いたような気がします。この感動が今後もゲームで遊び続けるきっかけだたのでしょう。

考えてみればビデオゲーマーの原点

なんか「ギャラクシアン」の話というよりは…「インベーダー」の話も多くなって しまいましたが、この「インベーダー」の悔しさがあったこそ「ギャラクシアン」が個人的に 光るゲームになってしまったのだと考えています。 旧ナムコファンであった私が初めてナムコを印象つけたゲーム… 「ボムビー」なんかがナムコであることを知ったのも「ギャラクシアン」を知ってから。 さらにメーカーというものを最初に意識させられた作品です、過去のゲームのメーカーは この頃調べて覚えました。あらゆる意味でこのゲームは転機で、ゲームの見方が完全に変わった ゲームでした。そういう意味でいったらこのゲームに肩をならべられるゲームなんて殆ど存在 しません。やはりこのゲームが私のビデオゲーマーとしての原点だったのでしょう。 だからこそ、「ギャラクシアン」は個人的に不可侵のゲームとなっているのです。 でも、これコピー品でPART?というものがありましたよね。 個人的に一番遊んでるのが「〜PART4」なんですが…目茶苦茶難しい! 「スーパーゼビウス」なんて可愛いもの、これはもう詐欺です。 でもでも、ギャラクシアンが気に入ってる私はこれにも没頭していきます。 ギャラクシアン直後ってインベーダーと同じようにコピーが出されていきました… が、インベーダーの頃とは何かが違います、オリジナリティがあったのです。 インベーダーハードというものはビットマップ的な画面の書き方をするものでしたので だからそれを使った新しいゲームが出ても似たようなゲーム性にしかなりませんでした。 「ギャラクシアン」のコピーはちょっと違います、オブジェクトという考え方が素晴らしかったし、 それにやはり「インベーダー」に比べれば「ギャラクシアン」は人気はかなり低いものでした。 だから単にコピーをするよりは…オブジェクト機能を使ってオリジナリティあふれるゲームが どんどん出現し始めたのが特徴です、もちろんゲーム性も「ギャラクシアン」と違って個性的で ユニークなものが発売されていきましたね、任天堂の「スペースファイヤーバード」しかり、 そして名作、日本物産「ムークレスタ」などなど、まさに新しいゲームの道を切り開いたゲームです。 ゲーム性を変えたゲーム、「ギャラクシアン」は私としてはゲームという遊びの基本を教えてくれた もの、それはその後に続く他のゲームにもいえること…いろいろな転機となったこのゲーム。 …やはり「リッジレーサー」なんぞのおまけにはもったいねぇ(笑) 私にとって「リッジレーサー」も「ギャラクシアン」の前にはカス同然です。(^^;