東京星に、行こう‐SCENARIO#A1


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最初で最後の僕の恋人


(Reading:豊嶋真千子 as 朔)

チェリーのように開いたナオミにキスをする。
ナオミは青い訝るような光に包まれたベッドの上に横たわり、 月に描かれたウサギの瞳を見上げていた‥‥

15才の夏、 僕は循環器官に障害を抱え、 その最後の一月を白い角砂糖のような病室で過ごしていた。
病室の窓からは、 大きな花瑞木の木を囲むように造られた中庭が見下ろせた。
暗い夜の底に、 ナオミがいた。
薄荷色のワンピースの裾に届くほど伸びた黒い髪が、 蜜蜂のように囁いていた。
彼女は夜毎に現れて、 幼く透明な瞳で僕をじっと見つめていた。
ある晩、 僕はベッドを抜け出して中庭へと降り立った。
ナオミは木の根元に靴も履かずにうずくまっていた。
裸足のつま先が濡れて光っていた。
「何をしてるの?」 と、僕は言った。
「鳩を埋めてるの」 と、ナオミは言った。
僕は黙ったまま、 ナオミの指先が黒い地面を掘り起こし白い鳩をさし込む瞬間を見ていた。

ナオミは僕の最初の恋人になった。
病室の床の上で、 僕はナオミを抱いた。
「朔がしたいこと、何をしてもいい」 と、ナオミは囁いた。
僕はナオミの胸のボタンをはずし、 自分の服を脱いだ。
ナオミの裸の胸に大きな傷跡が、 新月のように浮かび上がっていた。
僕は、いくすじも刻まれたその傷跡を指でたどった。
「痛い?」 と聞くと、ナオミはかすかに微笑んだ。
「朔は、死ぬの?」 不意にナオミは言った。
「いつかはね」 と、僕は言った。
「その時、あたしに会いたい? 最後の瞬間にあたしの名前を呼んでくれる?」 と、ナオミは言った。
「うん。君の名前を呼びたい」
「そう。じゃあ、その時は一緒にいてあげる。 たとえ遠く離れることになっても、 あたしは朔の最初の恋人で最後の恋人になるのね」 と、ナオミは言った。

出会った頃の僕達は、 名前も、欲望も、性も持たず、 ただ耳を澄ませて遠い言葉を聞いていた。
僕が求めていたのは、 境界を越えていくことだった。
それが何を意味しどのような結果をもたらすことになるのかを、 幼い僕達は知らずに過ごしていた。
死も現実も、 それは非=存在であり、 物質的な二重の側面を感じるより先に、 僕はナオミ、 君だけが欲しかった。

記憶の中の君は、 まだ夢のほとりで死の瞬間を待っている。

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