スクワットでの暮らし


 ベルリン在住の舞踏家、ユウコさんにアッカーハウス、という 宿を紹介してもらう。 旅好きのカズエさんが自分の住んでるスクワットの1室を 旅行者に安く貸してくれているのだ。 スクワットとは、不法占拠のこと。住む人のいなくなった 空きビルに、若者達が勝手に住みついちゃっている。 日本ではあまり聞いたことが無いが、ヨーロッパでは クラブもそうだし、多くの貧乏な若者がスクワットで暮らしている。

 僕らがヨーロッパでであったスクワットの若者達は、 みな自由で生き生きとしていて、協力し合って暮らしているように 見えた。いつ警察が入って追い出されてもおかしくないのだが、 若者達に不安感は無い。 自分達で電気や水道を通し、自分達でカギや呼び鈴や電話や シャワーを作る。 そんな場所でなど、呼吸するのも嫌だ、という人も 大勢いるかと思うが、汚い場所で俄然やる気が出てくる人種も、 確かにいるのだ。 古い歴史と文化に囲まれたヨーロッパのあちこちで、僕らは スクワットの人達にいろいろとお世話になったのだった。

 アッカー通りに面したでかい扉をくぐると、 日当たりの良い中庭があらわれる。 廃墟、とまではいかないが、ぼろい建物が周りを取り囲ん出いて、 そのなかのひとつにアッカーハウスはある。 僕らは沢山の荷物を3階まで運んだ。カズエさんが 屈託の無い笑顔で出迎えてくれる。カズエさんは良く日に焼けた、 小柄で美人なお姉さんで、黒髪を後ろで束ね、顔中でニッコリ笑うと 鼻のピアスがきらりと光った。

 八畳ほどのがらんとした部屋にベッドひとつとマット4つが おかれている。決してきれいとは言えないが、僕らは一目見て 気に入った。見知らぬ外国で、気がね無く体を休めることができる。 シャワー、トイレ、洗濯機は共同、朝食と愛想の無い黒猫付きで 1日9DM (ドイツマルク)。 1週間ほど滞在する僕らにとってはとても居心地が良かった。

 同じ建物にすんでる人たちがアッカーハウスを手伝っている。 インド打楽器のタブラ奏者の ユウジさん、新宿のライブハウスでレコードを まわしていたニッキー、日本にも住んでたそばかすだらけのラナ、 物静かなカナダ人のマイク。みな個性的な面々ばかりだ。 そんな彼らのおかげで、僕らはツアーの始まりであるベルリンを 不安無く楽しむことができた。

 乾いた夕暮れの空気の中、 レンガの建物はみずみずしい巨大なディレイ装置となる。 木の茂る中庭で小鳥のさえずりが聞こえる。 遠くでユウジさんがタブラを練習する音が聞こえてくる。 その、場所と時間を超えたセッションの長いフレーズに、 遠い国から来たばかりの僕らはうっとりと酔いしれた。



Back to MENU