◆  友情の足跡  ◆




 僕らは全部で10回のライブをこなした。

 夕方頃機材を運び込み、毎回、臨機応変にステージの 配置を決めていく。 立ってキーボードを弾いたり歩き回ったりのコトブキ氏、 ドカリと腰をすえるドラムの松本氏、激しく動き回りながら歌う マルタ氏との見た目のバランスを考えて、僕はあぐらをかいて 演奏した。ステージに直接ブルーのエアーパッキングを敷いて、 物売りのように機材を並べた。

 サウンドチェックは日本語混じり、身振り混じりの英語で進めた。 ロンドンの、短髪でハリソンフォード似のエンジニアは 仕事が速く的確で、のんびりしたヨーロッパのなかでは ずば抜けて優れていた。 さすがロンドンだね、とささやきあった。
 サウンドチェックの後はミュージシャンにもスタッフにもマカナイが くばられ、食事をしながら 緊張ともリラックスとも取れる時間を過ごす。

 みんなに比べて演奏歴も度胸もない僕は、足を引っ張らないよう、 慎重に演奏した。とはいっても曲をきちっと覚えてないので、 肝心な所で、はみ出してしまったりする。しかしステージの 数をこなすにつれて、間違ってもどうにかなる、という余裕が でてくる。次のソロ・パートはどんな風にしようか、などと考える 楽しみさえ生まれた。


 日本でもヨーロッパでも、若者は朝までダンスやお喋りに 夢中となる。 ヨーロッパの若者は観光地以外みな質素で、大雑把に言えば 女の子はぴったりした黒いズボン、男の子は坊主刈り。松本氏いわく、 長髪の男は哲学専攻の学生かコンピュータ・オタクだけ。 お金がないせいか、娯楽が少ないのか、 不法占拠の安いクラブに毎晩沢山の人がつめかける。

 そんな彼らのど真ん中で、電子機器に囲まれたの東洋人のバンドは はすごく異様であったろう。 腕組みしてジーっと凝視したり、激しく踊ったりと 遠い国からやってきた僕らの演奏をそれぞれの仕方で 歓迎してくれたように思う。
 うまくいかないとすぐ人が まばらになるし、踊りの輪が次第に広がっていくと僕らの演奏にも よりいっそう熱が入る。アンコールの拍手と口笛が鳴り止まない 時は、舞台裏で飛び上がったりガッツポーズをとったりした。


 そうやって、僕らは各地のクラブやステージを満喫した。 本格的に汚くて、カッコ良い。設備のひどさや ハプニングにさえ僕らはしびれた。
 薄暗い明かりの中に、ぼろぼろのレンガの壁が浮かび上がる。 何重にも張りなおされたポスターも重厚さを増すのに一役買っている。 センスのない落書きや割れたガラスがあると、ちょっとヤバそうな 空気になる。今まで感じたことの無い危機感が肌をぴりぴりと 撫で始める。

 そこに、スキンヘッドでたくましいお兄さん達、 背が高くて大きなヒップのかっこいいお姉さん達、 髪を立ててパンダのようなメイクのパンクス達が集まると、 観光客はちょっと近づきがたい。僕だって、演奏してなかったら 絶対に遠回りして通るだろう。
 彼らがたむろする暗がりを、 かき分け、かき分けドリンクを注文しにいくときは、無敵の ミュージシャンのつもりでも、思わず涙目になってしまう。 バーのカウンターも高いので、ひじをついてるんだか ぶら下がってるんだか分からない。

 まわりのいぶかしがるような視線も、演奏がうまくいった あとでは羨望のまなざしに変わる。舞台を降りると お姉さんがハグしてきたり、 気を引くかのようにわざと軽くぶつかってきたりする。
 そんな時は、うれしさと自信でいっぱいで、タオルを首から下げ、 得意げに汗をふきながら飲み物を注文する。バーのお兄さんも、 笑顔で対応してくれる。 ジン・トニックがなみなみと500ccくらい来たりするが、余裕の振りをして会釈して受け取る。


 明かりの落ちたステージでは注意して機材を片付けるが、たまに お気に入りのコードを忘れたりする。 今ごろ、誰かが使ってくれているだろうか。
 荷物をまとめると、スタッフの人達と別れの挨拶をする。 堅く抱き合ったり握手をかわしたり冗談で笑い合ったりする。 うまく行っても行かなくても、ライブを終えた後ではもうすっかり 連帯感が僕らを取り巻いている。 一緒にステージを作り上げた仲間達、というかんじだ。

 いつもは人見知りする僕でさえ、エンジニアを見つけると すばやく握手の手が伸びる。短く堅く相手の手を握り、 それぞれの言葉で、ありがとう、とだけ言う。 相手も僕も、にっこりと笑う。 また一緒にできたらいいな、と思う。

 そんな友情を足跡のように残しながら 僕らは次の町へと移動を続けた。




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