ロックンロール・ドライブ


 ライブ用の機材を含め、荷物の多かった僕らは、 ヨーロッパ内のほとんどの移動をレンタカーに頼った。 値段は列車と比べると平均していくらか高めだったが、 機材の破損や盗難を考えるとぜんぜん正解だったといえる。 運転はコトブキ氏、松本氏、僕、の3人で交代できたので、 徹夜のドライブでもへっちゃらだった。

 フランクフルトの空港に降り立った僕らは早速、 日本から予約していた レンタカーに乗り込んだ。最初の目的地はテクノ王国、ベルリン。 車はフォードのワゴンタイプで、銀色に輝く弾丸のような形だ。
 景色にのんびり目をやる余裕も無く、車内で地図を何種類も広げ、 右だ!左だ!と騒ぎながら分岐の多い都市部のアウトバーンを 進んでいく。見たことの無い標識に、慌ててガイドブックを調べたり する。
 一人目の運転手のコトブキ氏もそんな心地よいパニックに 酔っているかのようで、ときおり高笑いをあげていた。 これぞ、彼の言うところのロックンロール・ドライブだった。

 左ハンドル、右側通行の運転は、わかってはいても最初は 途惑ってしまう。 市街地の運転より楽だとはいえ、たまに無意味にワイパーを 動かしてしまうし、 初めは右側の車体感覚がつかみづらい。 150Km/hで走っていても、ものすごいスピードで抜かされてしまう。 追い越し車線でのんびりしていようものなら いつのまにか後ろにぴったりつけられ、激しくパッシングされて いる。
 フランクフルトからベルリンへの道のりは1直線というわけ ではないので、遠回りになる恐れもある。 走り始めてから15分も経たないうちに、僕らは 道路脇の休憩所へ滑り込むことにした。
 静かで暗い森の中にベンチとごみ箱とトイレがポツリポツリと あるだけで、たまに小鳥のさえずりがきこえる。 涼しい森の息吹に少し身震いしながらあたりを見回すと、 もうそこはヨーロッパのど真ん中であった。

 こんな調子で僕らはいくつもの国を走り抜けていった。 隣の国に入るには途中で税関を通る。たいていは、ゆっくり走行 しているところを腕組みしている係員ににらまれるだけで終わる。 ドイツ、ベルギー間の初めての国境越えはちょうど僕の運転で、 他の人はみな寝てるし、心細かった。 越えた後で、起きだし、大丈夫だった?とか尋ねてくる。 寝たふりをしていたらしい。

 ドイツのアウトバーンはどこまでもまっすぐで広くて、 畑や森がそれこそ 地平線にかすんで消えるまで続いていた。国土がたいらなので、 農地にまっすぐにコンクリートを敷くだけで、こんなすばらしい道 が出来上がるのだと思った。
 それが、国境を超えるとがらりと様子が変わる。 ドイツからベルギーに入ると中央分離帯に電灯が備わり、 道の両側には背の高い街路樹が並ぶようになる。道は相変わらず まっすぐなままだが、上り下りがとても激しくなる。 たまに見える民家も、見慣れたドイツの質素な赤い屋根の集落とは がらりと変わり、ベルギー風の(?)ちょっと装飾がかった 煉瓦造りの家が斜面に点在するようになる。
 これがフランスに入るとまたがらりと変わる。 どことなくフランス調の、お洒落なかんじになる。

 ドライブインに入ると、まずは給油だ。 ガソリンの入れ方は国によって多少違うが、 たいていは自分で入れてお店にお金を払いに行く。 さまざまなやり方を見よう見真似でそのつど理解しながら こなしていく。 自分で空気を入れ、自分で窓をふく。窓には虫が無数に張りついて いて、ワイパーではとれない。
 給油が終わると次は僕らの番。 ドライブインでの食事は少し割高だったが、指でさしてたのめるし、 その国へ入っての最初の食事となる事が多い。僕らは皿を回しあって 新たに訪れる国の料理を確認しあった。
 ドライブインではどこでもじろじろ見られた。汚い格好の東洋人達が ぴかぴかの車で乗り付けてくるなんて、 すごく違和感があったに違いない。 優雅に旅を楽しむ老人たち、パリ、パリ、とはしゃいで バスに乗り込む子供たち、長距離トラックの運転手、 ボルボに乗り込むかっこいいカップル。 そんな彼等の中で、仕入れたばかりの地図を大きく広げ、 次の進路をチェックする。たっぷり充電し、お菓子と飲み物を 買い込み、 再びアクセルを全開にする。

 夜の高速は(日本でもそうだが)真っ暗で、 月明かりだけがどこまでも 僕らを導いてくれる。うっかりすると標識がたちまち通りすぎて 分岐を見落としてしまう。懐中電灯で照らしながら 地図を指でなぞって行く。道は暗闇へと続き、ねむけをナビゲータ とのお喋りで紛らわす。
 やがて新たな景色が、朝の訪れとともに姿を現わす。ちょっと ホッとするひとときである。






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