23回日本学生オリエンテーリング選手権

(愛知インカレ)

 

祝勝会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


日時:200169日(土)

場所:「らいんごーるど」高田馬場店


目次

 

1.      監督の言葉

 

2.      インカレ団体戦レース詳細

 

3.      現役学生の声

1走)西村秀生

2走)安井真人

3走)大塚友一

4走)紺野俊介

 

4.      OBOGからのメッセージ

貫禄の連覇となる歓喜のウイニングラン

(左から西村、大塚、紺野、安井)

 

1.監督の言葉

 


初夏の候 皆様いかがお過ごしでしょうか。

さて、昨年度の愛知ICにおきましては、多大なる御支援・御声援をいただきありがと

うございました。

おかげさまで最高の環境で大会に臨むことができ、選手一同心より感謝いたしており

ます。結果は御周知の通りかとは存じますが、一年を通じて順位的に良い結果を得る

ための厳しさをあらゆる局面から身に染みた次第です。しかしながら最後のICとなっ

た4年生選手の走りには、続く各学年に少なからず良い影響を与えました。その姿を

うけて今年度の新体制でも日頃の活動にますます力をいれ、次回ICでの活躍を確信し

ております。どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。

 

OC監督 兼田僚太郎


2.インカレ団体戦レース詳細

 


○戦前の予想

戦前の予想では早稲田が優勝候補筆頭、対抗としては増田、小泉のシード二人を擁する筑波と前日4位入賞のエース許田や有力選手が多くいる京都が上がっていた。この他、個人戦2位の金澤が率いる東北、個人戦4位の加藤が率いる東大なども有力候補であった。

 

     レース経過

1

1走では昨年のインカレで一走トップゴールを果たした西村のトップゴールが期待されたが、第一中間ではまず佐々木(筑波2)・大北(京都4)・片山(金沢3)が通過する。3ポまでは、佐々木、大北と一緒だったがそこから隣接ポストにひっかかりおいていかれた西村は、第二集団の先頭でトップから約3分ほど遅れて通過する。ビジュアルコントロールは佐々木が最初に通過。遅れること2分、大北が通過する。さらに2分ほど遅れて西村が通過するが後ろに宇田川(東大2)など何校か引き連れている。有力大学の中では梶谷(東北3)が出遅れる。

結局筑波の大歓声の中、佐々木がトップでゴール(5119)  1分26秒差の2位で大北がゴール(5245)。何度もガッツ  ポーズ。西村はと気を揉んだが、大北から更に  遅れること2分56秒でゴール(5541)。トップからは4分22秒差。宇田川は西村の32秒後の4位でゴール(5613)  東北は梶谷が佐々木から13分半もの差をつけられて(6447)、去年に続き、1走で大きく出遅れた。

 

     2走

  京大は個人戦4位の許田(京都3)、筑波は9位の小泉(筑波3)。安井は去年も2走で、個人戦チャンプの筑波高橋などから逃げる展開だったが、今年はチャンプとして両校の3年生を追うという、去年とはまったく逆の展開。第一中間で許田が小泉を逆転。少し遅れて安井も通過、との放送が流れるが、どの程度の遅れなのか分からない。降旗(東大2)もさほど遅れずついてきている様子。ビジュアルも許田が先頭で通過。小泉は2分程の差をつけられて2位で通過。ここで安井がなかなか現れず、OC陣営は安井が大きくミスったかと心配するが、先頭から約5分半の差でようやく通過。降旗もすぐ後で通過。東大の3走は個人戦4位の加藤なので、東大も優勝争いに入ってくる可能性が出てきた。結局、許田が先頭でゴール(5007)。許田は終盤ミスったようで、すぐ後ろ12秒差で小泉もゴール(5145)。後半エースらしい走りを見せた安井は盛り返し、トップから2分54秒差で会場に(5005)。降旗は終盤で大きくミスをしたようで、6位まで順位を落とす(6012)。出遅れていた東北は金澤が脅威のタイムで一気に15人抜きをして4位まで順位を上げた(4518)

 

     3走

4走には紺野が控えているものの、大塚の走りが勝負のポイントとなるため、会場の注目は大塚の走りに集まっていた。京大はパワーのある個人戦12位の西尾(京都2)、筑波は個人戦21位の野口(筑波4)。第一中間は西尾がトップで通過。少しの差で野口と大塚がほぼ同時に通過との放送が入る。西尾との差は分からないが、大塚にとっては筑波とともに京都を追えるいい展開になった。 ビジュアルも西尾がトップで通過。1分ほどの差で野口が現れ、更に1分ほどの差で大塚が続く。結局ほぼこの時点での差のまま3者ともゴール。西尾(5446)から野口(5551)までのタイム差が1分17秒。差を詰めた大塚(5405)は西尾から2分13秒差でゴール。

 

     4走

  京大の西村()(京都4)は個人戦38位だが、大変足が速い選手。筑波は個人戦8位の増田(筑波3)。第一中間、西村()がトップで通過との放送が入り、OC陣営、京都陣営がざわめくが、ほぼ同時に紺野も通過したとのことで、あとはつるまれなければ問題ないだろう、と安心する。増田は1分ほど後で通過したと放送が入る。ビジュアルで俊介が先頭で通過。早稲田が先頭に立ったのは観客から見ればこれが初めて。2分程たってから西村()、更に1分程で増田が続く。最終的には2位に6分程の差をつけ、紺野が連覇のゴール (4504)。熾烈となった2位争いは西村(5319)が先着。増田(5218)は追い上げたが、2位までは16秒の差で3位。4位は禅洲(東北2)が一人抜き順位を上げた東北大が、、5位にはキャプテンの石原(東大4)が粘った東大が入った。

 

最終結果

1. 早稲田大学(西村−安井−大塚−紺野)  (32455

2. 京都大学 (大北−許田−西尾−西村)  (33057

3. 筑波大学 (佐々木−小泉−野口−増田) (33113

4. 東北大学 (梶谷−金澤−船津−禅洲)  (33831

5. 東京大学 (宇田川−降旗−加藤−石原) (34511

6. 北海道大学(長谷川−金築−後藤−大嶋) (35019

 

 

(協力:山内亮太氏)


3.現役学生の声

 

1走 西村 秀生

 

 終わってしまった。あまりにもあっさりとした感じだった。まだ、来年もインカレに出れるのでは、また気を引き締めてトレーニングをしなくては、今はただそのような気持ちだけが空回りしてしまっている。もう、あの舞台をただ見守ることしかできないのに・・・

 それほど、インカレというものは学生にとって目標になるものだと感じてしまう。しかし、4回目のインカレを終えた今、非常にくいが残ってしまった。おそらくインカレという名の舞台において最高の状態における、最高のパフォーマンスを自分自身、満足するには至っていないからであろう。確かに、昨年は2月に入ってから、1ヵ月半、必死になってトレーニングを行い、個人戦・団体戦ともにできかけの体力で最高のパフォーマンスはできた。しかし、今年に関してはOC大会が終えるまでフィールドを走るトレーニングができず、3日練の初日で軽い捻挫を再びしてしまい、僅か5回しかフィールドでのトレーニングができなかった。体力のなさが起因となり、最後のインカレにむけてのモチベーションは興奮だけでなく、恐怖心がまとわりついていた。

 今年も昨年同様インカレ団体戦早稲田大学1走るという大役を春合宿の2日目に兼田監督から任された。一気に興奮状態に達し、その日のメニューを全力であらゆる場面を想定して行うことができた。そこで予想以上に走れた自分に対して、自信をつかむことができたのは、間違いなかった。しかし、足の悪化を恐れていた自分は残りの一週間ひたすらエアロバイクをこぐだけだった。しかし、昨年を経験しているせいか、普段のオリエンテーリングのレースでは行わないトレーニングを行った。イメージトレーニングであるが、精神面の強化よりもっとも行ったイメージトレーニングは、タッチをする瞬間に何を2走の安井にアドバイスできるかであった。昨年の全日本リレーで安井が愛知県代表で走っているときに稲葉さんから、ものすごい的確なアドバイスを受けた話を聞いていた自分は、体力面での向上はこの時期ではありえないと思い、地図上のポイントとなる点を探し出し、それを告げることのできる練習を行った。そして最後のインカレを迎える。

 個人戦の前日、最後のインカレだから多少ツボってもいいから思いっきりやろうと心がけた。ところがまったく自分の思うオリエンテーリングを行うことができなかった。2年連続して、1ポでミスをしていたのでそこは確実にと思い、地図読みをいつもよりも長く行った。そこから自分の今までのやってきたことが見えなくなってしまった。1ポまでのルートが2つ見えるとすぐには動けず、UP率を考え、体力まで踏まえて考えると、ルートが決まらず、進まなくなっていた。いつまでも迷いどうしたらよいかわからずとりあえず1ポにむけて動き出し1ポをとった。しかし、巡航スピードは遅い。思いっきりやろうと決めていたのに、ツボるのが怖くなった。その後中盤あたりから、多少自分のレースができるようになったが、巡航スピードが上がっていないことは自分自身でもわかり平凡なレースなまま最後の個人戦が終わってしまった。とりあえず、次の日のことを考えると体力的には問題がないレース内容であったが不安は残ったままだった。

 その日の夜、個人戦で生じた不安を取り除いてくれるできごとがあった。それは、Tシャツの書き込みを見ているときであった。部屋に戻って、Tシャツを見ているときであった。兼田監督のひとこと、「走ってツボるのならよい。でも、走れるのに走りきらずに悔いを残すのはやめろ」という、内容のものだった。体に電流が走ったような刺激を受けた。そこから見失っていた自分が見えてきた。トレーニングは確かにそこそこしかしていないが、最高のパフォーマンスができればそれなりの状態における結果が伴ってくる。そう信じその日は寝た。そして次の日を迎えた。

 会場につきアップを行うが疲れはほとんどない。安井と一緒に20分ほどUPを行い、ストレッチをし、体育館で準備をしてデモンストレーションを見にゴールへ向かった。その後、再び体育館に戻り、準備の続きを行ったがスタート時間が近づいてきてしまったがなかなか準備が完了せずあせってしまい、個人戦出走前に切れてしまった靴紐を兼田さんからもらった靴紐につけかえてもらい、バックからコンパスをとり点呼が始まっている1走枠に入った。去年のインカレの1走を経験しているせいか、緊張感はさほどなく、ミスパンチのすることなく確実に回ることを意識した。そして、コンパスを指にはめた瞬間、氷の矢に打たれたかのように感じた。去年のインカレで壊れた古いコンパスを持ってきてしまっていたのだ。しかし、スタート3分前だったのでコンパスを信じ、額にコンパスをあてて2,3回だと思うが祈りをしたことを覚えている。そしてピストルが鳴らされた。優勝争いに絡む筑波大の佐々木が一人で飛び出していたのが見えた。しかし、去年のレースと同様に、トップに引っ張ってもらいすぐ後ろで見える程度のレースで中盤までやればいいと思っていた。落ち着いていた自分は、レース中でポイントとなるところを探していたが会場付近が一番わかりづらく、ビジュアルポストの付近ばかり見ていた。とりあえず長い道走りでもう一度見直すことにして、1ポをめざした。1ポにいく途中に湿地にはまり、手をついたら全く地図が見えないぐらいどろどろになってしまったが、あせらずに2ポにいく途中で水溜りを探して、地図とコンパスを洗ってからポストに向かった。それでも前に筑波は見えていた。途中から京都と一緒になったがあせらずに同じプランで進んでいた。途中、隣ポがあるレッグで確実に筑波と京都においていかれたのがわかった。明らかに自分のポストではないところに筑波、京都は進んでいった。斜面を登っていく2人に対して、自分は自分のポストを取りに行こうとするがポスト前の藪と地形がどうもイメージと合わない。とりあえず自分も登り始めてみた。そして、ポスト番号をみて、確実に違うことを確認。そして地図を見て、このポストが地図上のどこかをはっきりさせた後にじぶんの取るべきポストにいった。実際のポスト付近で先ほどのイメージとの違いを確認し、藪の捉え方が自分とずいぶんと異なるものだと確認した後にポストをとり、脱出した。しかし、春合宿で柿並さんに教わった脱出の仕方が生かせずにロスを生じる脱出方向に行ってしまった。急な斜面、倒木、それに全く知らない選手、いろいろな要素が重なり、ポスト方向から外れた方向に流されていくのがわかった。急な斜面が落ち着いた傾斜変換のところで正置をすると微妙であるが角度が異なっていた。そこには1つしか傾斜変換線がないがまた動けなくなっていた。チョコチョコと沢の大きさ、高さを確かめると、自分がいそうな地形はそこにしかないので、ポストに向かって動き始めた。そこに東大の宇田川が尾根線をたどってアタックをしに行くのが見えた。あわてて、同時にそこのポストをとり同時に脱出。たらたら登る長い道走りレッグだったので、必死になって走り東大との差を広げた。アタックポイントは至って簡単だったので、アタックしようとしたが地形のイメージがそこでもずれた。しかし、明らかにいままでの道走りから考えてみるとそこしかないから、アタックをした。地図表記よりも、尾根線上の藪がキツク、藪を切った後のポスト付近で正置をおこなった。そこで、嫌な予感が的中。なんとコンパスに泡が入ってしまった。初めての経験だったので、何を信じていいのかわからなく、頭の中が真っ白になっていた。遠めに見える鉄塔を中心にコンパスがあっているかどうかを確かめようとしたがよく鉄塔が見えない。そんなことをしているうちに、東大、慶応が目の前のポストを取って行ってしまう。恥をすててコンパスの方向があっているかを聞こうとしたがそんなことできるわけない。とりあえず落ち着きを取り戻しつつあったので周りの藪をみて目の前のポスト番号を見てみると自分が取るポストであった。アタック箇所までいってアタックをしているのだから目の前のポストは自分のポストに決まっている。冷静に考えるとそうなのだが、その前の2つのレッグでそれぞれ30秒から1分ロスをしているので、冷静さを取り戻すのに時間がかかってしまった。団体戦というプレッシャーをもろ感じていた。しかし、気を取り直し走れるところは走り、登れるところは登り、ひたすら前にいる大学を追いかけた。最後のミスはトンネルのくぐる箇所。自分が潜ったあとにルートミスに気がついた。明らかに道周りが速いのに、ビジュアルポストに集中が行き過ぎて道周りが見えなくなってしまっていた。しかし、東大をはじめ他大がついてきていたので、このまま登って、登りで差をつけるしかないと思い、一気に登った。とりあえず、その後はミスをせずに安井にタッチ。今回のレースをみてカギとなるのはトンネルを潜る位置だと思いそのことを安井に告げた。トップから4分近い差でのタッチであった。レースのミス時間がそのまま差になってしまい、悔いが残ってしまった。確実にツボッたのではなく、不安になってロスをしてしまった自分が情けなくなってしまった。ほとんどが団体戦ゆえに現在地ロストをしてしまう前に確実に確かめてから動き出そうと考えたからであったが、必要以上に確かめすぎた感じがして、くいが残ってしまった。しかし、走れるところ、登れるところは兼田監督のコメントどおりの走りができたので、満足する面もあった。その後、体育館にもどり、トンネルを潜る前から、潜った後のポスト位置、道の伸び方などを図示して、おーつか、俊介に説明した。コース内容を告げた後、1走として自分にできること仕事は終わり、あとはみんなでOCとしての応援をするしかないと思い、必死になって応援をした。4分と差は開いてしまったものの、安井、大塚、俊介と三人を完全に信じきっていた自分は、自分で作ってしまった差だけど、絶対にひっくり返して優勝できると信じていたが実際に、安井、大塚、俊介が各々最高の舞台で最高のパフォーマンスを見ていたら気持ちが高まってしまい、目頭が熱くなってしまった。

 最高のインカレだった。同期の二人が個人戦で優勝、3位と学生のトップレベルを見せ付けて、団体戦は連覇を成し遂げ入賞した早稲田3人、OC一丸となって応援し、本女代表の3人の走り、都立大代表の3人の走り、場所取りをした一年生、OCが全員で必死になりみんながみんなのためにそれぞれの役割を果たしたからこそ成功をおさめられたと思う。

 本当にいいインカレだった。

 インカレを運営をしてくださった皆様をはじめ、オフィシャルとしてOCを見守ってくださった方、応援をしていただいたOBOGの皆様、一年間指導をしてくださった兼田監督、そして会員のみんな、最後の最高の舞台で感動のあるインカレを送れたことを幸せだと思います。大学4年間、早稲田大学オリエンテーリングクラブに所属し、このような舞台を会員を始め、OBOGさんと一緒に経験することができた自分は本当に幸せだったとおもいます。4年間お世話になりましたOBOGさん、本当にありがとうございました。

 

テキスト ボックス: 今年も一走できっちりと役割を果たした西村


 


2走 安井 真人

 

 1走の秀生がまずまずの位置で中間を通過した。ウオーミングアップエリアで軽く走ってみた。個人戦の疲れが少し残っているものの、レースには影響ないなと思った。いつになく落ち着いていた。ヴィジュアルを筑波が通過する。少し遅れて京都、その後に秀生が現れる。十分十分と思う。軽く流してからチェンジオーバーゾーンへ向かう。兼田さんにウインブレを渡し、筑波、京都と見送り、秀生を待つ。秀生のデカイ体が見えた。「ラスト!」と叫ぶ。タッチするときに秀生から「トンネル渡るところ注意して」とアドバイスをもらう。このアドバイスが後々レース展開に大きな影響を及ぼすことになった。――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 気持ちよく走りだし、地図置き場へ向かう。地図置き場までが結構長く、興奮する自分を落ち着かせることができた。地図を取りスタートフラッグへ向かいながら1番のプランをする。沢ぞいの道をひっぱり、鞍部付近の車止めから沢に入ることにするが、アタックをどうするかなかなか決まらない。決まらないまま車止めまできて、決まらないまま沢に入る。結局沢の分岐から尾根を登り始め、登りきってからピークをチェックし、方向を定めコントロールのある小尾根へ。うまくコントロールはとれたが何かいい感じはしなかった。2番は鉄塔からコンパスを振ればコントロールのある沢はとらえられるだろうと思いラフに進む。深い沢に到達するが何か様子がおかしい。沢の奥行きがありすぎる。地図をよく読み直す。「奥の沢だ!」コントロールがある沢の上の方の曖昧な部分を通っていて、沢に気付かなかったのだ。慌てて戻りながら、プランの甘さを反省する。2番をとり、大きく息を吸って慎重にプランをする。ここから9番まではいつもの自分のオリエンテーリングを取り戻すことができた。10番は鞍部に出てから得意の沢下り。沢を勢いよく下り過ぎ、途中のチェックを怠ってしまう。適当に進んでいると、筑波が前に見えた。つられて進んでいるうちに自分がどこにいるか分からなくなった。結局150mほどオーバーランしたところの小径でリロケートし、慌てて戻る。いつもそうなのだが、適当になった瞬間にミスをする。レース中「適当でも取れるだろ」という悪魔のささやきを何度も聞く。それを完全にシャットアウトできない自分はまだまだ未熟なのだろう。 11番はヴィジュアルコントロール。主要道を走りながら、12番のプランをする。ここで秀生の言っていた「トンネルを渡るところ注意して」という言葉を思い出す。なるほどルートが3つみえた。いちばん北のトンネルを渡るルートは距離が短そうだが登りが増えるしリスキーだ。いちばん安全で速そうな尾根をまく道まわりルートを選ぶ。これが正解だった。大塚と俊介もこのルートを選択し、早稲田2,3,4走のこのレッグの合計タイムは1434。2位の京都は2人が北の尾根切りルートを選択し、合計タイムが2004。このレッグだけで5分半も差がついている。秀生がくれた適確なアドバイスの賜物だろう。

 12,13と無難にとり、あとはもうひたすら走るだけ。必死に走った。会場の入り口で亮太さんが「最後だぞ!」と叫ぶのが聞こえた。自分も「最後だ」と思いなが
ら大きく腕を振り走った。雪解けでぬかるんだ会場の泥が意地悪く脚をとる。大塚が
だんだん近づいてきてタッチ。何か声をかけた気がするけど、何を言ったか覚えてな
い。

 大塚は初めての選手権だったけど、落ち着いてよく走った。春合宿の走れてない大塚を見ていたから、正直大塚にはきついコースかなと思った。秀生が「スタート前は覚悟を決めた顔してたよ」と言っていたけど、ちゃんと自分をコントロールできてたんだろう。大塚がヴィジュアルに現れたときは涙が出てきた。同時に勝利を確信した。なんせ次は俊介だったから。 俊介は貫禄の走りで筑波、京都を抜きビジュアルに現れる。さすが俊介。喜んでるのもつかの間、俊介が最終ラジコンを通過したという放送がはいる。慌ててウイニングランの準備をする。そして俊介が会場に飛び込んでくる。ウイニングラン。旗が風
に煽られて重かったけど最高に気持ちよかった。秀生、大塚、俊介ありがとう。

 

同期のみんな4年間ありがとう。

 

応援してくれたみんな、ありがとう。思ってた以上にみんな頑張っていたので安心して卒業ができます。来年のインカレも頑張ってください。出来る限りのことはするつもりなので、聞きたいことがあったらなんでも聞いてください。速くなりたい人は努力あるのみ。努力って案外報われるものだよ。

 

あわただしくてちゃんとお礼が言えなかったけど、監督をはじめオフィシャルの方々、OB・OGの皆様本当にありがとうございました。

 

 インカレが終わって4日間ぐらいなにも手につかなかった。どれだけ自分がインカ
レにかけてきたかよく分かった気がする。

 でももう次の目標に向けてトレーニングを再開したよ。

個人戦でも優勝を果たした安井

 

 


3走 大塚 友一

 

ついに最後のインカレが終わった。なんだかあっけなく終わってしまったようで、もうインカレを走れないかと思うと寂しい気分になる。最初にインカレを見たのは1年生の常磐インカレであった。学生のインカレに対する熱い思い、応援のすごさ、OBOGの期待。その独特の雰囲気は他の大会では味わう事ができない。常磐インカレのリレーでは早稲田は惜しくも入賞を逃し、本女は大本命の筑波を破って優勝した。特に本女の優勝は印象的で涙すら流れた。それ以来自分にとってインカレ、特に団体戦は絶対的な目標となり愛校心(愛クラブ心?)を確認できる場となった。

 結局山口・日光とエリートを走れず今年度を迎えた。とりあえず今年も団体戦メンバーが目標であり、最後のインカレという事もあって意気込みも例年以上だった。夏は好調でオリエンテーリングが楽しくて仕方なかった。しかし秋以降思うように結果が出ないようになり、年明けには足を軽く怪我してしまいインカレに向けて不安な気持ちになっていった。そして春合宿でエリートの仮メンバーとして発表されたが、榎本・知念・猿田の仕上がりの良さを見てその夜は色々と考えた。自分が走って大丈夫なのか?メンバー入りが目標であったが、自分が走って負けるよりは他の人が走って勝つほうが良いに決まっている。早稲田は昨年の優勝校であり今年も大本命である。優勝する事が当然・義務であるかのような期待のされ方をしている。そんなプレッシャーから逃げ出したくもなった。エリートを走るには技術的・体力的な面だけでなくプレッシャーに打ち勝つ精神的な強さが必要だという事を痛いほど思い知らされた。学校を代表して走る事の責任の重さを感じるとともに過去の団体戦エリートメンバーを改めて尊敬した。そんなプレシャーから救ってくれたのがメンバーへの信頼感であった。西村・安井・俊介。この3人の速さは皆が認めるとおりである。自分は誰かに勝ったり速いタイムを出す事を求められているのではなく、平凡なレースをすればいい。後ろには学生No.1の俊介が控えている。自分の役割は普段どおり、いや普段以上に丁寧なオリエンテーリングをして確実につなぐことだ。たとえ2走までの貯金を全て吐き出してもあとは俊介がなんとかしてくれる。もしトップでタッチを受けなくても自分は追い上げる必要はない。それは俊介がやってくれる。自分はつなぎ役だと開き直った。そう思うと本当に楽な気持ちになった。でも不安が完全に消えたわけではなかった。メンバーの本決定は個人戦を考慮に入れるので個人戦はそれなりのレースをしなければならない。また自分のペースでやれば大きくミスすることはないという自信はあったが、自分のペースでやったタイムのせいで負けてしまったらどうしようという不安もあった。そしてインカレを迎えた。

 個人戦。毎年インカレでは個人戦よりも団体戦を重視しているので今年も特に何を狙うというわけではなかった。ただ4年生としては学連枠は確保したいくらいの気持ちだった。それよりは次の日のレースにつながるように堅実なレースを心掛けた。それにスタート前に清水さんにも言われたように次の日に疲れを残さないようにしたかった。さすがに最後の道走りは「インカレ個人戦を走るのもこれで最後だ」という思いが湧いてきて全力で走った。レースは何箇所かミスしたがそれはいずれも周りに人がいて手続きがおろそかになってしまったところだったので、明日は人に惑わされる事なく絶対に確実にレースをしなければならないと反省した。こういう反省ができた事も含めてレース内容は満足いくものだった。明日も今日のようなレースをすれば大丈夫だろうという根拠のない自信が湧いてきた。その夜、リレーのメンバー表を見るがふーんという感じであった。特に緊張していない。他の3人もリラックスしているようだ。安井なんか早稲田の栄光を練習している。これは余裕なのかそれとも周りの緊張をほぐそうとしてくれているのかなどと思いながら寄せ書きTシャツを読む。中にはひどいコメントもあったがひとつひとつ読んでいった。なかでも兼田さんの言葉は頭に残った。その夜は疲れていたのでぐっすり寝たはずだったのだが夜中の2時半に目が覚めてしまった。緊張しているつもりはないのに寝ようとしてもなかなか眠れない。そのあと時計の「ピッ」という音を2回聞いた。4時を過ぎたかと思ったがその後いつのまにか寝ていた。

 団体戦の朝は予定より30分早く起きた。腕と足が筋肉痛で体中が痛い。それにだいぶ治ってきたと思っていた股関節も少し痛んだ。昨日のレースが長かったせいかと思いながらも気にしないようにした。朝食は京大3走の西尾の隣だった。ぴりぴりした雰囲気が伝わってくる。結局一言も言葉を交わさなかった。俊介・山森とともに会場に着くと葛城がいて驚いた。本女にとって大きな後押しになったに違いない。デモンストレーションも終わりいよいよ1走のスタートが近づく。が、安井と待っていても西村はなかなか体育館から出てこなかった。結局時間ぎりぎりに出てきたのであまり言葉をかけられなかったのが心残りだった。そして1走がスタートした。西村は3位で走っているらしい。安井とアップしながら「もし前に人がいたら追ったほうがいいのかな?」と聞いてみた。安井の「自分のペースでやればいいよ」と言う答えを聞いて心が落ち着いた。西村はそのまま3位でゴール。レース後の西村は驚くほど的確にアドバイスしてくれて本当に参考になった。安井はミスしたらしくそのままの順位でパブリックコントロールに現れた。そして自分は待機枠へと向かった。枠内には兼田さんが付き添ってくれた。監督としてのプレッシャーもあるだろうし、この頼りない3走の走りを心配しているに違いない。何とか期待に応えたい。待機枠では自分でも驚くほど緊張していなかった。自然に笑みがこぼれるほど本当にわくわくした気持ちで安井を待っていた。そして安井が帰ってきた。前や後ろとの差は全く頭に入っていなかった。自分のレースに集中するのみ。応援してくれる柴田に軽く手をあげOBの横を通り過ぎる。地図置き場でカメラを構える石澤さんの横を通り抜けレースが始まった。1・2・3ポと確実に取っていく。4ポで正解のポストが見えるも違うポストだろうと思い行き過ぎそうになるが前に見えるCヤブとオープンですぐにリロケートして4番をパンチ。道から5ポにアタックすると脱出していく筑波の野口が見えた。こんなに早く見えると思っていなかったので意外だったが、追おうとはせず見えなくなってしまったとしても確実に手続きをして自分のペースを守った。幸いな事に自分のペースでやっても差がほとんど変わらなかったので精神的に余裕を持って走る事ができた。筑波が見えたり見えなかったりという感じでレースが進み、8ポまでの道で東大の加藤とすれ違った。それまで東大が後ろにいることを忘れていたが、ここで東大が遅れていることを知ってますます楽になった。9ポは自分の思ったルートと違うルートを野口が行ったが自分を信じて進んだ。結局ほとんど差が変わらないまま9ポ10ポをとりビジュアルの11ポに向かう。ポストの手前で両足がつりそうになったが応援に後押しされ(応援が聞こえるのは集中していない証拠か?)何とか走った。その後は筑波とパターンが違ったのでゴールまで見なかったが差はつめただろうと思って13ポをとった。このとき初めて京大の事を思い出したが、たとえ差が開いていたとしてもそんなに大きくないだろうと思って道を走った。ラスポをとりラップ数とポスト数を確認し俊介の待つゴールに向かう。俊介と強めにタッチを交わし、「勝った」と思った。ぺナじゃないかどうかが心配だったが無難につなげた事で本当にほっとした。自分が思い描いていたとおりのレースができたが特別な事はしていないので、予想以上に周りが称えてくれたことにあっけにとられた。実際タイムは平凡だし、京大の西尾がいいタイムで走っていたらと後から考えると怖くなる。俊介にタッチした段階で誰もが優勝を確信したが当の俊介は緊張していたらしい。しかしそこはさすがの俊介で第一中間ではほぼ差のない2位。ビジュアルにはトップで現れ最終的には2位に6分も差をつけゴール。個人戦で肋骨にひびが入っていたとは思えない快走であった。今回他のどのチームよりも信頼感で負けない自信がある。個人的には信頼感の勝利だと思っている。西村・安井・俊介どうもありがとう。

こうして最後のインカレが終わった。さすがに校歌を歌ったときは過去を振り返り涙が流れたが、優勝した割には想像していたような喜びが湧き上がってこない。どこか他人事のような気がしてしまう。去年優勝の喜びを知ってしまったからか?勝って当然だったからか?あまりにも楽なレースだったからか?もうインカレを走れないからか?あるいは全員が同等の喜びを味わえない事を経験上知っているからか・・・?それぞれ個人的な思いがあり、それは当事者にしかわからない。自分は気の利いた事が言えない情けない人間なので、二度と同じ思いをしないように努力するしかないとしか言えないが個人の努力でどうにかなる問題ばかりでもないし。インカレは難しい。

個人的には1年生の活躍が嬉しかった。それと安井が「ここまでやってくれると思わなかった」と言ってくれたこと。怠けている自分に対し今まで何度も厳しい言葉でけつをひっぱたいてくれたことを本当にありがたく思っています。

応援してくれた皆さん、4年間お世話になった皆さんどうもありがとうございました。オフィシャルの方々ありがとうございました。一年間お疲れ様でした。話す機会は少なかったですが特に兼田さんには本当に感謝しています。来年もよろしくお願いします。そしてインカレを運営してくださった実行委員のみなさんありがとうございました。とりあえず自分にとって最後のインカレは素晴らしい思い出になりました。来年以降も何らかの形でOCの力になりたいと思っています。去り行く4年生として一言。努力次第で1年間は成長するのに十分な期間です。限りあるインカレを無駄にして後悔することのないように願っています。

素晴らしい仲間と貴重な経験を与えてくれたOCに対して

ありがとうございました

 

 

ポイントとなる3走できっちり役割を果たした大塚

 

 


4走 紺野 俊介

 

最後のインカレが終わってしまいました。4年間という月日が経つのは本当にあっという間だった気がします。高校3年の時、分けもわからず見ていたインカレがつい昨日のことのように感じもします。森達さんはだいぶ痩せていたな〜と思う今日この頃です。

以下いぶきの原稿を引用。

>

> (仮題)リレー優勝チームにインタヴュー」

> Q1、早稲田は4走まで3位だったのですが、展開は予想されていましたか?

 どんな状況で来ても自分の走りをすることだけを考えていました。4走で追う展開はある程度予想していました。前年のように1走から独走という形でレースを展開していくのは厳しいだろうと考えていました。とにかく自分のところでトップとの差が何分あろうと抜いてくる気ではありました。まあ5分差だったら、絶対抜いてくる自信はありました。1走の西村で多少遅れても2走の安井が順位をあげて、3走の大塚が踏ん張って、4走へ来るのではと考えていました。実際は安井のところで差がつめられず苦しいなとは思いましたが、大塚の快走があり2分ちょっとの差で追う展開でした。この時点でOC関係者の何人かは優勝を確信したそうですが、自分の中では、絶対抜いてくるという自信と追いつけなかったらどうしようという僅かな不安が交錯していました。

 

> Q2、V2達成の瞬間はどんなお気持ちでしたかだと思われましたか?

 ただ『嬉しい』この一言につきると思います。前日自分の中では非常に悔しい思いをした結果だったので、その鬱憤を晴らせた気がします。ゴールの瞬間に4回目のインカレが終わってしまいましたが、その時はまったく考えていませんでした。ただ勝ったこと、優勝出来たことが嬉しくて仕方ありませんでした。ラスポの手前で、1位であること知った時は、非常に嬉しかったです。また仲間の応援も聞こえ気持ちよくウィニングランをすることが出来ました。前日のミィーティングで1位できたら胴上げよろしくって言ってあったので、ゴール後はみんなのところになだれ込みました。

 

> Q3、勝因は何だと思いますか?

 4人みんながしっかりつないだことが一番ですが、やはり大塚の快走が一番の勝因であった気がします。もちろん一年間この日の為に一緒に頑張ってきたOCの仲間の応援、OB.OGの指導があっての結果だったと思います。OCがチーム一丸となって勝ち取った勝利だと思います。

 

> Q4、早稲田の今後の目標は?

 今年の早稲田は全員4年生で来年からはどうなるんだ?とお思いになる方もいると思いますが、そんな心配は必要ありません。今の後輩には頼もしい奴ばかりで来年以降も期待が出来ます。自分の1年生の頃の目標は3連覇だったのですが、2年でそれも夢と散りました。しかし、自分の果た

せなかった目標を後輩たちに果たして欲しいです。まあ3連覇と言わず4連覇でも5連覇でもして、ずっと強い早稲田でいて欲しいですね。我が早稲田大学は永遠に不滅です!!(笑)

 

> Q5、最後にライバルの大学チーム達に一言。

 今回のインカレは非常に面白いレースを繰り広げることが出来ました。見ている方もハラハラ、ドキドキでしたが、走っている方も、心臓バクバクで緊迫した良いレースが出来たと思います。来年も良い勝負が出来るようこれから一年間頑張っていきましょう。もう来年のインカレは始まって

いますよー。来年も走りたかったな。

  ここまで。

 

個人戦では惜しくも優勝を逃すものの団体戦ではエースとして早稲田を連覇へと導いた紺野

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 インカレ前に挙げていた個人戦優勝という目標は達成できなかったが団体戦2連覇は達成できたのでよかった。正直個人戦は多少のミスでも勝てる気持ちで臨んだ。案の定、1−2で飛んで行った。しかも、肋骨強打するし・・・ひびはいちゃうしね。この時点では、「まだまだいける」という気ではいた。その後ショートレッグでミスはするものまだまだ大丈夫だと思っていた、基本的に焦りというものはなくアップがあり辛い上りもあったが、気持ちよく、そして楽しくオリエンテーリングをしていた。

 歯車が狂ったのは10からだ。ここまでほとんど人を見ずに来ていたが、ここで数人のパックらしき集団に追いついた。気にしてないつもりだったが、なんか焦っていたのだろう、手続きがおろそかになって、11に行くのにてこずった。結局終わってみればこのミスが致命傷になった気がする。まあ、こういうミスをしてしまうのはまだまだ精神面が弱いということであろう。ゴールが近くなると自分への応援が聞こえるが、「急げ、急げ」と言う声が耳に入ってくるも、体はもういっぱいいっぱいだった。ゴールした瞬間優勝は消えたわけで優勝できなきゃあとは何位でもよかった。でも3年生に優勝されるのもなんかくやしかったし、前日4年のシード3人で頑張ろうと誓っていたし、とにかくあとは安井が金拓に勝ってくれと願うしかなかった。安井の優勝は嬉しかった。1位は一人しかとれなく、一位以外は皆、敗者みたいなものだ。よく考えるとインカレの個人戦には駄目だめでしたな。

 4年間あっという間でしたが、嬉しいこともあれば悲しいこと、辛いこともありました。教訓としてはどん底を知っている人は強くなる気がします。1、2,3年生のみなさん、これから様々な経験、体験をすると思いますが、それらをばねに更なる活躍ができるよう頑張ってください。

 今回のインカレは自分にとっても他の4年生にとっても、ラストランになったわけで、最後の最後で気持ちよく走れたのは非常によかった気がします。多少悔いは残ったものの、楽しめたインカレでした。インカレという目標がなくなり、今後の目標はまだ白紙の状態です。ただ、OBとして現役のバックアップをできたらいいなとは思っています。暇な時は、顔出すんで面倒見てやってください。

 最後に当日お忙しい中、遠く愛知まで来てくださった、OBOG方々ありがとうございました。また応援してくれたOCの皆さんどうもありがとう。そして4年間どうもお世話になりました。この4年間の出会いや経験は必ず今後の自分の人生に生かされることでしょう。それではまたお会いしましょう。


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