注 バイク事故でなくなられた有名な方とは無関係な話です。

チャットの魔女

 引っ越しをして二ヵ月になり、家の中も結構落ちついてきたので、会社の後輩の勝山と滝川の二人をよんで酒盛りをした。実のところ私はそう呑める方ではないが、妻はかなり呑める。妻の職業は結構ストレスがたまるので、時々は酒でも呑むほうがいいのだが、私が呑めないので、客が来てくれると妻にはいい気晴らしになる。もっとも、酒を呑んでリラックスしている妻を見ていると、こっちも幸せな気分がしてくるので、私も客は大歓迎だ。

 さて11時をすぎて、二人の娘もさすがに寝静まったところで、妻が、勝山と滝川に例の話を始めた。どうやらうずうずしていたらしい。

「ねえねえ、私、最近、ダンナの影響で通信はじめたんだけど、チャットですごい人にあったの。」

「どういう風にすごいんですか?」

 勝山は例によって好奇心が旺盛だ。妻がシメシメくいついてきたと思っているだろうことは、顔を見なくても予想がつく。

「魔女ってハンドルなんだけど、透視ができるの。」

 妻は透視という言葉の効果をたしかめるように、ゆっくりといった。なかなかプレゼンの技術が向上している。それまで私とパソコンの話をしていた滝川もさすがにくいついた。

「どういう透視なんですか?」

 滝川は結構、理詰めにものを考えるタイプだ。もっとも、理屈をこねるのが好きなのは、ここにいる男どもは全員かわりがない。そして三人とも、オタクの成れの果てといった見かけをしているのが、ちょっと悲しい。

「こっちでね、チャットで話ながらカードを適当に選ぶでしょ。それで、カードを当てて下さいというと、ちゃんとカードをあてるの。」

「そりゃスゴイですね。」

 勝山は簡単に人を信用する傾向がある。しかし、滝川はちがう。

「へ〜え。どうやってるんですかねぇ。」

「じゃ、やってみようか。もう、テレホーダイの時間帯だし。」

 妻はそういって、自分用のノートブック型のパソコンを出してきた。親子電話にしたおかげで、お役御免になったリビングのモジュラーにパソコンをつなぐ。パソコンのスイッチを入れると、ブート画面があらわれる。完全に起動し終わるまでには少し時間がある。

「じゃ、今の間にカードを選びましょう。」

 そういって、妻はトランプをきると、滝川にカードを1枚引かせた。滝川が引いたカードは、クラブの6だった。

 パソコンが立ち上がると、妻はいきなり通信ソフトを起動した。
 いつの間にか、パソコンの扱いにかなり慣れている。私が自分の部屋で通信している間に、妻もかなりやっているらしい。
 妻の使っている通信ソフトは、フリーソフトを私がカスタマイズしたやつだ。

 妻は、回線がつながってログインが終わると、すぐチャットに入った。こんばんは>ALLとうつと、たちまち、こんばんはが大量にかえってくる。どうやら、いつの間にかチャットでは有名人になっているようだ。こんばんはの嵐が過ぎ去ると、妻は、問題の魔女を探した。

「魔女さんいますか?LSC04130の魔女さんいます?」

 するとじきに答えがきた。

「魔女さんは、CH6だよ。」

 その返事をみた妻は、さっそくチャットの6チャンネルに移動した。挨拶もそこそこに、さっそく、透視を頼んでいる。

「魔女さん、魔女さん、透視をお願いします。」
「はい。いつものトランプ当てですね。」
「そうです。私が見ているカードはなんでしょう。」

 少し間があって、返事がかえってきた。

「あなたが見ているカードは、クラブの6です。」

 ぴったり当たった。さすがに、滝川も驚いている。

「すごいですね。」

 妻は普段はもっと長居するのだろうが、今日は適当に挨拶するとログオフした。そして、パソコンを停めると、男どもを見て、どうだすごいだろ、という顔をした。  勝山も滝川も声がでない。滝川はどうしたもんかという顔で私の方を見た。どうやら、ニヤニヤしていたらしい。滝川はそれで、何か閃くものがあったようだ。

「どうやら、松岡さんの仕業ですね。ちょっと考えさせて下さい。」

 あっけにとられている勝山をしりめに、思考をめぐらせている。

「そうか。あれか。次に透視を頼むときは、魔女さんのIDが変わんでしょ。」

「あ〜、もうばれちゃった。」

 妻はがっかりしている。勝山はまだ、よくわかっていないらしい。

「どういうことなんですか?」
「だから、チャットで魔女をよぶときにIDを使っただろ。あれが、カードを教えているんだよ。」

 滝川が勝山に説明している。

「でも、あの魔女は人間なんですか?」

 さすがに滝川はこの方面にはするどい。実は私がやったカスタマイズは、チャットに入っていると、特定のキーワードを含む語については送信しないで、プログラム側で処理してしまう。つまり、魔女自体が、プログラムが作りだした幻なのだ。
 そして、IDらしきものを解読してカードを当ててしまう。

 私の説明を聞きながら、勝山は何か考えている。

「この前話してた“11枚のトランプ”の影響ですか?」

 勝山はこういう心理的な面に強い。

「そういうこと。今更、練習したって、ゆうちゃんのパパみたいなわけにはいかんからさ。演出だけで勝負できるメンタルマジックを選んでみたわけ。」

 タネ明かしが終わると、妻が仕事のグチをこぼしはじめた。
 勝山と滝川には、飲み代のかわりに一緒にグチを聞いてもらった。
 明日の朝は、勝山や娘達といっしょに近所の朝風呂をやっている風呂屋にいくことにしよう。


“11枚のトランプ”

 長編推理の中に、短編集が入っているという趣向作。泡坂妻夫の初期作品で、創元から文庫で出ている。著者の泡坂妻夫さんは、本名を厚川昌男というアマチュア・マジシャンで、パズル作家でもある。

ゆうちゃんのパパ

 UNIXのWizard。かって「遊撃手」や、その後継の「BugNews」でゲーム・レビューを書いていたこともある。「僕のDデー」とかの面白いゲーム・レビューの著者が、この目の前にいるUNIXのWizardと同一人物と知ったときの感動はいまだに忘れられない。
 ゆうちゃんのパパの趣味の一つがマジック。

 余談だが、「遊撃手」と「BugNews」はパソコン方面の雑誌としては破格の原稿料を払っていたらしい。不確かだが、その当時の「The Basic」の4倍くらいの原稿料だった可能性がある。

1997/09/13


[Home Page]