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舞台の幕はすでにあがっているが、真っ暗である。
舞台がゆっくりと明るくなる。 舞台中央に少し大き目のテーブルがある。舞台は少し広い部屋といった趣きとなっている。舞台背景中央に大きい窓があり、薄いカーテンがかかっている。
テーブルの一方の側に殿下と青井が座っており、殿下の真正面から少しずれてシュミットが座っている。
青井がいささかの非難をこめる調子で、
- 青井
- シュミットさん、このインタビューは、貴国の国務省からの強い要請があって実現したものであることを、あらかじめ、おことわりしておきます。殿下は御多忙ですから、そのおつもりで。
- シュミット
- 意に介さず
では、単刀直入に御伺いします。殿下は歴史を専門に研究していらっしゃいますが、私は、これを、かなり特異なことと感じております。殿下のような御身分で、歴史を研究テーマに選ばれた方は、少なくとも近世ではいらっしゃらなかったのではないですか。
- 青井
- シュミットさん、一体、このインタビューの趣旨は何なのですか。いささか無礼ではありませんか。
- 殿下
- なだめるように
青井さん、落ち着いて下さい。
一拍間をおいて、おだやかに
シュミットさん、貴国のいささか強引な要請があったときから、予想はしていましたが、インタビューというよりは威力偵察があなたの目的のようですね。
- シュミット
- 悪びれもせず
そう受け取っていただいて結構です。我が国では、殿下が歴史しかも中世を専門とされていることに、少々過敏な反応をするものがおります。私も自分でいくつかの調査をした結果、過敏とはいえ故無しでもないという結論をみたので、この役目を引き受けることにしたのです。
一拍間をおいて
中世において、貴国は、武装勢力による暫定政権の弱体化を切っ掛けに、殿下の御一族が政治の実権を回復しようという動きによって、貴国は内乱の時代を迎えますね。そして、それに決着をつけたのは、やはり、軍事暫定政権でした。そして殿下の御一族は、その、軍事暫定政権にあくまで反対する側と、その力を積極的に利用しようとする側の2派閥に別れての抗争が続きましたね。
- 殿下
- よく御存知ですね。
- シュミット
- そして、軍事政権に反抗する側は、最終的にはほぼ完全に抹殺されてしまった、ということでしたね。
- 殿下
- その通りです。
- シュミット
- 殿下の直系の御先祖は、軍事政権を利用する側でしたね。
- 殿下、うなずく。
- 殿下
- そして、平和が戻りました。いつのころからかはわかりませんが、我が家系は、武力や現実の政治とは無縁となったのです。あの時代はそうした流れから見れば異常な時代でした。
- シュミット
- では何故、反抗した側を調査されているのですか。
- 殿下
- はははっ、シュミットさんは何か誤解されていませんか。
- シュミット
- 殿下は水運史を中心に中世の研究をされています。中世において水運を担った者の多くはどちらの側についたのでしたか。殿下の御先祖が2派にわかれて抗争する原因を作られた御方は、宮中に「異類異形」といわれる者達を呼び込みませんでしたか。中世において水運を担った者達は「異類異形」を構成する要素の一つではありませんでしたか。
- 青井、勢いよく立ち上がる。
- 青井
- シュミットさん!
- 殿下
- 青井さん、大丈夫です。
- 殿下、ゆっくりと立ち上がり、舞台背景の窓に向かって移動する。そして、殿下、客席に背を向けて立つ。一拍間をおいて。
- 殿下
- 青井さん、申し訳ありませんが席を外していただけませんか。私は大丈夫ですから。
- 青井
- しかし、殿下。
- 殿下
- 青井さん、御願いします。
- 青井
- わかりました。
- 青井、不承不承という感じで立ち上がり舞台の袖から退場する。退場の直前にシュミットをにらむ。
殿下、青井の退場を確認してから、シュミットの方に向き直る。
- 殿下
- シュミットさん、よく調べられましたね。この国の人間でもそういう観点から私を見ている者はそういないでしょう。そして、シュミットさんに納得していただくためには、真実を語るしかないようです。
- シュミット
- 御話し下さい。
- 殿下
- シュミットさん、我が家系は歴史上は連綿として続いているとされているわけですが、中世において2度明確な危機にさらされました。1度は政治的に、1度は軍事的にです。どちらも相当の計画性を持って準備がすすめられていたのですが、政治的に我が家系を葬り去ろうとした者は毒殺にされ、軍事的に我が家系を抹殺しようとした者は、配下の反乱にあって逆に軍事的に抹殺されたのです。不思議とは思いませんか。
- シュミット
- 後者は有名な事件ですね。前者の方は最近になって一般に知られてきた話でしたね。たしか、殿下は前者の方の事件が進行中に殿下の御先祖によって書かれた日記を研究されていましたね。まだ、大学院にすすまれる前でしたね。
- 殿下
- さすがですね。その日記がいささか危険な存在であることも調べられているんでしょう。
- シュミット
- たしかその日記は、殿下の家系が実は途切れているとする論者が、傍証に使うこともあるというものでしたね。
- 殿下
- その通りです。まあ、私にいわせれば深読みがすぎるというところですが。
一拍間をおいて
私は、家伝を含めたいくつかの資料を検討することで、我が家系を守ろうとする力の存在を確信しました。私は知りたいのです。何故、我が家系は守られているのか。そのために、中世を調べているのです。あの時代は、自ら招いたこととはいえ、我が家系にとって混乱の時代でした、そして、私の直系の祖先だけが守られた。守られなかった者達は何故守られなかったのか。私はそれを調べています。
- シュミット
- なるほど。
シュミット、殿下をじっと見つめる。
我が国においても、殿下の御一族を守ろうとする力の存在は確実視されています。そして危惧されているのは、殿下はその力と接触し、その力を別のことに使おうとしているのではないか?ということなのです。
- 殿下
- 私の言葉を信じていただけますか。
- シュミット
- 私は信じます。私にこの仕事を依頼した連中の出方はわかりませんが。
しかし、威力偵察という私の役目は充分に達せられたでしょう。御無礼いたしました。
- シュミット、立ち上がり殿下に向かって一礼する。
殿下、シュミットに近づき手を差し伸べる。2人、握手をする。
- 殿下
- シュミットさん、信じていただいてありがとう。しかし、
一拍間をおいて
例の計画は、そうとう煮詰まってきているようですね。私のささやかな願いにさえ、こうして神経をとがらせてきている。
- シュミット
- 例の計画。何のことですか。
- 殿下
- 御存知なかったのですか。まずかったですね。シュミットさん、聞くと命にかかわります。
- シュミット
- 殿下、私はジャーナリストですよ。聞かせて下さい。
- 殿下
- わかりました。貴国では大変な計画が進行中なのです。キリストの遺骸が発見されて、それから、クローンを作るのに必要なDNAが採取されたそうです。この意味がわかりますね。しかも、それは、相当前のことだったそうです。
- シュミット、呆然としている。
- シュミット
- 殿下、ありがとうございました。
- 殿下
- シュミットさん、気をつけて下さい。
- シュミット、一礼して退場する。殿下、シュミットの退場を確認して。
- 殿下
- 清水さん、あれでよかったですか。
- 舞台の袖から清水、登場する。殿下の前にきて、清水、一礼する。
- 清水
- 御見事でした。
- 殿下
- では、後はよろしくお願いします。
- 殿下、退場する。清水、殿下を見送り一礼する。白虎、登場する。
- 白虎
- 清水さん、ありがとう。願いを聞き入れてもらって。
- 清水
- 親神様からの指示通りにしただけだ。礼には及ばんよ。それに、力にものをいわせても殿下にオトリをさせるつもりだったんだろ。あんたには、それだけの力があるはずだ。
- 白虎
- いや、清水さん。あなたがいるかぎり、無理強いはできない。あなたは、殿下とその御家族を護るためなら、いかなる力とも戦うことを許されている存在だからね。私は確かに古いものだし、この入れ物である肉体も存分に力を振るえるように魔王にあつらえさせたものだ。それでも、あなたとは戦いたくないね。
- 清水
- えらく謙虚だね。
- 白虎
- そうでもないよ。あなたは強い。砂漠でどんな体験をしたのかはしらないが、あなたは、それによって、あなたの親神様から認められて、殿下の護衛として帰国させられたわけだからね。ちょっと派手な帰国だったが。
- 清水
- 砂漠か。あそこじゃ、単に人殺しの技術を身につけただけさ。私が強いとすれば、かせられた使命のためさ。ずいぶんと遠回りをしたもんだよ。で、今夜なのか。
- 白虎
- まず間違いない。そして、清水さんの出番はないはずだ。
- 清水
- 信用してるよ。後始末もよろしく。あんたの張った遁甲の結界はちょっと邪魔だからね。あのままおいとかれると、行方不明が多発しそうだ。
- 白虎
- わかっているよ。オトリがいいから、クローンは直々にやってくるだろう。
- 清水
- 本当にキリストのクローンがいるのか。
- 白虎
- それは間違いない。もっともクローンだからね、入っているのは救世主の御魂じゃない。ただ、厄介なことにDNAに刻み込まれた記憶を受け継いでいるんだ。そのクローンは。
- 清水
- DNAに記憶?
- 白虎
- DNAにはイントロンて、蛋白質合成に無関係な領域があるのは知ってるよね。その部分には実は記憶が刻まれているんだ。それも強い感情に基づくね。クローンはキリストの絶望感を受け継いでいるんだ。十字架の上で感じたね。
- 清水
- で、その絶望感からこの地球そのものを破壊しようとしているのか。
- 白虎
- そういうことさ。それ故、魔王も今回は力を貸してくれている。私は、クローンを刈らなきゃならない。
- 舞台、暗くなる。