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本の洞窟:玉石混合濫読日記

 蔵書量は、大家に家屋がつぶれるから止めてくれといわれるくらいたくさんあるんだけど、眺めているだけでなかなか読んでいない。ジャンルもめちゃくちゃ。いわゆる濫読です。一応、Bookデータベースを作っていて、著作目録&蔵書管理&覚書を10年位前から書き溜めているが、滞り勝ち。いつのまにかゲーム・データベースになっていたりする(ちなみに調べてみると最終更新1999.9.23、登録データ数7125、うち蔵書数2902、覚書のある冊数たった358)。
 ここでは、今後読んで面白かった本たちについて、日記形式で紹介することにする。私の場合、面白くないとすぐ投げ出してしまうので、読了したもの=面白い本というわけで、それには質とか評価は関係ないので、玉石混合濫読日記というわけ。ただ、最近極端にスピードが鈍っているので、何冊紹介できることやら。
 なお、これはお決まりだが、推理小説系におけるネタばらし(トリック等々)は極力避けますので、ご安心あれ。


第1夜:冷泉彰彦『トロイの木馬』11月23日(水)

 W・ギブソンの「ニュー・ロマンサー」、「カウント・ゼロ」以来、電脳物は好んで読んでいる。ちょうどインターネットが日本で騒がれ始めた頃、柾悟郎の「ヴィーナス・シティ」を第一の参考文献として回りの人達に吹聴したものだった。かつては電脳物といえばほとんどがSFだったわけだが、現実社会そのものが電脳化されてしまって(ここ5年間の変化はものすごい)、SFではない電脳物も多くなった。例えば昨年の涼元悠一「青猫の街」は明らかに電脳物だが、日本ファンタジーノベル大賞作品だったことからもわかるように、これなどは、PI(私立探偵もの)といったほうがいいかもしれない。(もちろんSFが死んだなんて言うつもりはなく、私のSFのイチオシのリチャード・コールダーなんか、世界は間違っても現実化しないから永遠のSF。いずれ紹介することになるだろう)。

 さて、「トロイの木馬」だが、電脳物であるがSFではない。あえていえば、エスピオナージュか。帯にあるとおり電脳謀略絵巻。でも題名でだいぶ損をしている。陳腐な名称の割には何のことだか分からない。一応、有名なコンピュータ・ウィルスに引っ掛けいているのだが。

 一応ストーリーを紹介しておくと、ニューヨークのコンサルティング会社でM&Aに活躍する島田美佐子が、クライアントのプログラム開発の陰謀に巻き込まれて、会社を首切られる。この陰謀は、日米コンピュータ会社の提携の破綻からはじまったが、コンピュータウィルスやY2K問題が絡み、美佐子は独立の道を探りながら、台湾・ロンドン・北京とスパイさながらに渡り歩くが・・・、というもの。

 はっきりいって、小説としてはギクシャクしているし、マイクロソフトとかWINDOWSとかNECが、それぞれシアトルソフト、スクリーン、細山電気となっていたりして昔のNHKみたいでうざったいし(でも、サン・マイクロがムーン・マクロっていうのはどっかのサウンド・グループみたいで可笑しい。まあ本家探しの楽しみはある)、肝心(?)のクライアントの技術者野島伸一とのラブシーンが安直、エスピオナージュとしては政治家を含む有名人物を安易に登場させすぎてリアリティがない、など不満はたくさんある。

 しかし、よくぞこれだけ詰め込んだという位にネットワーク社会の話題がもりだくさん。クラッカー、サーチエンジン、Windowsの独占禁止法違反、スパムメール、ハイテクベンチャー、投資顧問会社。そして、白眉はJISコードとかの文字コードのひとつであるユニコード。これは勉強になった。一般に一つのパソコンで多言語文字を実現する(つまり日本語も、中国語も、フランス語も扱える)バラ色の文字コードと宣伝されているユニコード(確かWindows2000のウリだったような)が大きな問題をかかえているという事実を初めて知った。ひとつは漢字はあまりに多すぎて、ユニコードでも全部はいりきれない点。もうひとつは、漢字を使っている中国、台湾、韓国、日本の字体の違いを統一しちゃう点。

 詳しく知りたい人は、この本の参考文献(?)にもあげられていて(URLが記載されていないのは不親切)、私もたまにお世話になっている「ほら貝」っていう文学系のWebサイトをみるとよい。(詳しい文字コードのコーナーがある)

 で、その文字コードをめぐる陰謀をストーリーの骨格に据えているところが、この本の最大の特徴だ。例えば、こんなエピソードが挿入されている。

病院のシステムで、JISコードにない人名を外字登録した。閉鎖システムのときは良かったが、ネットワークでつなげて、間違って外字のまま、他の病院システムに送ってしまったら、たまたまそのシステムで他の文字を外字登録していて、人名が変わってしまい。たまたま、該当した人物がいたので、誤った薬を投与してしまった。

 これって、ありがち。その他、Y2K問題に対して10年前に警鐘を鳴らしたために左遷された技術者の怨念とか、サーチエンジンを国家が検閲のために開発する可能性だとか、ギョッとする話が盛り込まれていて、かなり楽しめた。また、アメリカのハイテクベンチャーの典型的なビジネス様式が丁寧に描かれている点にも好感をもった。

 作者は、1959年生まれというから私と同世代で、アメリカ在住という。これがデビュー作。産業界にいたというから、恐らくヒロイン美佐子は、作者の分身だろう。あとがきで日本語に対するこだわりを記しているが、文字コード問題をとりあげたのは、英語社会で日本語と格闘する中で実際苦労されたためではないか。続編が楽しみだ。

今が旬度★★★
勉強になった度★★★


第2夜:本多孝好『Missing(ミッシング)』12月12日(日)

 おじさん雑誌の代名詞の「週刊文春」をひそかに読んでいたりするのだが、もっぱら連載陣目当て。文春図書館の多彩な執筆陣(鹿島茂・井上章一・池上冬樹・坪内祐三・・・)と小林信彦、近田春夫などのコラム。そして、今、大沢在昌の連載ハードボイルド「心では重すぎる」が絶好調である。それまでは行きつけの床屋でまとめ読みをしていたのだが、これを読むために毎週買うようになってしまった。つい最近、ヒロスエの「秘密」の原作者、東野圭吾の連載も始まった。「秘密」は(本の方、映画は見ていない)それなりに面白かったが、彼の瑞々しいデビュー作が好きな私にとって、もうひとつ乗れなかった(妻も娘もいないせい?)。この新連載「初恋」は性同一性障害を正面から扱うようで目が離せない。そして先週号からなんと宮部みゆきが加わった(「17ゼプツェン」←連載1回目なのでまだ意味は不明)

 と、前文が長くなったが、昨今はもう国産ミステリー大全盛。上記三作家ら中堅に加えて、新人作家のオンパレード。京極ら新・本格派も加えたら(ついに「ユリイカ」が今月号で特集してしまった)、何から読めばいいかわからないうれしい状態だ。

 その中で、大変気に入ってしまったのが、本多孝好のデビュー作の短編集『Missing』だ。殺人事件のないミステリーといえば、ワトソン役に女子大生、ホームズ役に落語家(!)を配した「日常的事件ミステリー」の傑作北村薫のシリーズが有名だが、本書は、「殺人」でなく「自殺」のミステリーといえようか。

 と、簡単に言ってしまうと誤解を与える。トリックとしての死ではなく、生きる切なさ哀しさの結果としての死が濃密に漂っている、この作品集を少し中身に立ち入って紹介してみよう。謎解きがメインでないから、早速ルール違反だが、ストーリーに触れてもいいだろう。(私は本書を2回読んだが面白さが損なわれるものではなかった)。

 冒頭に配された小説推理新人賞受賞(大沢在昌もそう。でも「小説推理」本誌は読む気になれない)の「眠りの海」。教え子と関係を持った高校教師が、二人のドライブで事故を起し、一人生き残ったため自殺を図るが、その事故は教え子の無理心中だったというもの。

 この高校教師は、両親を交通事故で亡くして伯母に預けられたため、決して本心を見せずに暮らすようになり、「学校という閉じられた世界」を職業として選んだ。片親の教え子に自分と同じものを見出すが、彼女のほうは、「彼女の愛したおっさんとおっさん自身が決して重ならない」ことを知っていて、実在のほうを消すしかなかったため無理心中を図ったのだった。「あるがままの他人を受け入れられない自分と、あるがままに他人に受け入れてもらえない自分」にうんざりして自殺を図る教師に対し、両親の車の前に飛び出して交通事故の原因となった子供が幽霊となって登場して、無理心中であったことを「解く」ところが、推理小説らしいところだが、この作家の筆はむしろそういった謎の解決にではなく、主人公の心のあり様に向く。

 第二編以降は、もはや推理小説とはいえないかもしれない。瑠璃色の輝く目をもつ従姉妹との交情を描く「瑠璃」は、「怒られないけど楽しくないのより、楽しいことして怒られるの」を選ぶ破天荒な従姉妹が、十代を過ぎるとともに「私が私でなくなり」自殺するまでを、主人公が哀悼をこめて回想するもの。彼女が死の直前に主人公に宛てた手紙に何が書いてあったかの興味が、ミステリーらしいともいえるが、結局それは主人公の悩みと引き換えに開封されないまま終わってしまう。これでは推理小説にはならないが、代わりに余りある余情を与えてくれるのだ。

 そのほか、老人ホームを舞台に足長おじさんの最期と、孫娘に裏切られた老婆の自殺の意味を交錯させながら描いた「蝉の証」など、年一作のペースで書き継がれたこの短編集、いずれも傷をもった人物が織り成す物語だが、陰湿な印象が全くなく、読後感はさわやかといってよいほどである。作者の暖かな眼と、小気味よい言葉遣いのためであろう。この作家は注目である。

秋の夜長に物思いに浸った度★★★
ひそかに愛すべき小品を見つけた度★★★


第3夜:ジェイン・ジェイコブズ『市場の倫理 統治の倫理』(Jane Jacobs,System of Survival:A Dialogue on the Moral Foundations of Commerce and Politics)1月  日()

 「次夜は、こういう順番だとファンタジーかホラーかな?」と予告したけど、前夜から1ヶ月も経ってしまい、なさけない限り。実は、全18巻からなるファンタジーの14巻目を読み進めているのだけど、やはりシリーズものは全巻まとめて紹介したほうがいいだろう。その前に、正月に読んだ本書をざっと紹介しよう。

 いきなり市場とか統治とかあって、なんだと思われるかもしれないが、私にとって、ミステリーも小説も思想書も同一平面上にあるものだから。この本は恐らく本屋では「経済学」の棚に並んでいるだろうが、経済学の理論書というわけではない。ちょっと分類しがたい本であるが、誰が読んでもテーマに興味があれば面白く読めると思う。

 話は、元出版社経営者と小説家と若い女性生物学者と環境運動家と銀行重役と女性弁護士が、勉強会で対話するという形で進められる。まずこの設定が魅力的だ。この登場人物の多彩さが象徴するのは、立場立場での「価値観」の相違であろう。(うっかり途中でアップしてしまった。元に戻すのも面倒なのでそのまま。この項続きます。)

 









この日記に登場した本たち

整理番号 著者 書名 発行 初版年 原著年 訳者等 コメント
7127 冷泉彰彦 トロイの木馬 角川春樹事務所 1999 第1夜のメインディッシュ。
1149

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W・ギブソン ニュー・ロマンサー ハヤカワ文庫 1986 1984 黒丸尚/訳 書かれたのが15年前って信じられる?意外に難解。故黒丸氏の名訳に感謝。
1150

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W・ギブソン カウント・ゼロ ハヤカワ文庫 1987 1986 黒丸尚/訳 ギブソン作品の中ではこれが一番すき。読了時のメモにこうある「世界に対する順応でなくて精一杯の対決、逃亡でなくて突入、安心でなくいらだち、孤独でなくて連帯、そして新たな世界構想へのオプティミニスティックでなくペシミスティックな意志。こういったものを、近未来の企業−ネットワーク管理体制とそのもうひとつのパラレルワールドとしての電脳世界のなかで描く・・・」
1179

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柾悟郎 ヴィーナス・シティ ハヤカワ文庫 1992 これを読んだときは衝撃だった。ネットワークとヴァーチャルリアリティの世界が異様な迫力で描かれている。同時に、世界の中での日本社会論にもなっているところが秀逸。
6493

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涼元悠一 青猫の街 新潮社 1998 10回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞。WEB上で、FAQを公開。横書きの小説というのも珍しい。謎が放り出されたままなのが不満だが、PCのディティールが小気味よい。
1155

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コールダー アルーア<蠱惑> トレヴィル 1991 1990 浅倉久志 SFのなかで贔屓の作家。タイ在住のイギリス人。最初英語で読み始めてあまりの難解さに放り投げたが、翻訳が出てこれほど嬉しいことはなかった。ナノの自動人形とくれば、好きな人たまんないでしょ。西武系の版元が倒産して、版権はどうなったんだろう。現在入手不可能。
7128 本多孝好 MISSING 双葉社 1999 - - 第2夜のメインディッシュ。
5673

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北村 薫 空飛ぶ馬 創元推理文庫 1989 - - やっぱりこのデビュー作は衝撃だった。当時は覆面作家だったため、男性作家なのか女性作家なのか、某有名作家のペンネームか、と騒がれた。「覆面作家シリーズ」まで書いてしまったのこの作家らしい洒落。正体は、高校の男性国語教師だった。でもこれを本当に読むにはかなり教養?が必要。
7129 ジェイコブズ 市場の倫理 統治の倫理 日本経済新聞社 1998 1992 香西泰/訳 第3夜のメインディッシュ

*出版社・文庫名等は私が所蔵している版ではなく、できる限り現在入手可能な版を記載しています。


LAST MODIFIED Monday, 10-Jan-2000 03:28:48 JST