舟田 祥友
第1章 タバコ問題と諸権利に関する考察
T.受動喫煙による人格権の侵害
この章では先ず「受動喫煙」と、それによって侵害されている「人格権」について述べたく思います。 「人格権」とは、一般的に「人の存在や人格と不可分な利益に関する権利の総称。生命・身体・自由・名誉・肖像・プライバシーなどに関する権利。」と定義されています。この人格権という括りの中には様々な権利が内在しており、例を挙げると、生命やその安全に関する権利である「生命権」、健康や身体に関する権利である「身体権」、思想や選択の自由に関する権利である「自由権」などが存在しています。 次に「受動喫煙」についてですが、自らの意思でタバコを吸うことを能動喫煙、他人のタバコ煙を吸わされることを受動喫煙(強制喫煙)と呼びます。最近、ようやく日本でも禁煙の場所が増えて来ていますが、ここでは受動喫煙が何故問題となっているかを述べたく思います。 私自身もこの中に当て嵌まるのですが、社会にはアレルギー疾患や化学障害、呼吸器系疾患、循環器系疾患等を持つ人々が多く存在しています。そしてそういった疾患を持っている人々にとって、タバコ煙は発作や症状悪化の原因となっています。医学的な側面において受動喫煙は、次のような疾患の危険因子・憎悪因子として有害性が指摘されているのです。
(受動喫煙によって引き起こされる疾患) 肺癌、副鼻腔癌、慢性喉頭炎、喉頭炎、気管支喘息、小児喘息、呼吸機能低下、動脈硬化、狭心症、心筋梗塞、低体重出生、急性気管支炎、喘息様気管支炎、肺炎、乳幼児突然死症候群、発育障害、化学障害、アレルギー症状の悪化 etc
また、厚生労働省がカナダの検査機関に委託した調査結果によると、6畳間で喫煙が行われた場合に室内へ撒き散らされる有害化学物質の量は、環境基準や厚生労働省の定める指針値を大幅超えるものであったことが報告されています。
特に近年では、アレルギー疾患になりやすい体質の若者が急増しており、国立成育医療センター研究所の調査によると、20代前半の9割近くが「アレルギー予備軍」との発表もされています。 今はそういった疾患になっていない方でも、ある日突然そういった疾患に見舞われる可能性があることを忘れるべきでは無いでしょう。 例えば花粉症のようなアレルギー疾患ですが、罹る前までは「自分は健康だから大丈夫」などと思っていても、ある日突然に症状が現れ、その病気と一生付き合うことになるのです。そして、その日は明日かも知れません。 更に、タバコの煙による被害は、その急性影響によって周囲の人々に目・喉・鼻等への痛みなどの症状・苦痛をもたらすということもあります。タバコ煙にはホルムアルデヒドや様々な有害物質の微粒子、有毒ガスなどが含まれており、周囲の非喫煙者に苦痛を与えることにもなり得るのです。
これらの要因から、公共空間でタバコ煙を撒き散らすことは、呼吸器系疾患などの疾患のある人々や非喫煙者に不当な受動喫煙被害や苦痛を強いることとなり、そういった被害者達の公共空間の安全な利用を著しく阻害していることが判ります。 本来、通常の社会生活・日常生活を送るには、道路、公共施設、職場等といった公共空間の利用は不可欠であり、そういった公共空間の目的・用途に則した使用は不当に阻害されるべきではありません。況してや今は、バリアフリー化が積極的に図られている時代なのですから、公共空間の禁煙化は当然といっても過言ではありません。
では、次に諸権利と受動喫煙被害との関係を整理して行くこととしましょう。 タバコ煙が周囲の者の健康・生命に悪影響を与えること、目・喉・鼻等への痛みなどの症状・苦痛をもたらすことは、既に医学的に証明されている事実であり、喫煙者の撒き散らしたタバコ煙によって受動喫煙被害者が苦痛を強いられたり、健康・生命を害されるという事象は、受動喫煙被害者の「生命権」「身体権」が侵害・蹂躙されていることとなります。 また、自由権についても、喫煙者が喫煙することによって、周囲が望むと望まざるとに拘らず受動喫煙被害に巻き込まれることから、これもまた、受動喫煙被害者の「タバコ煙を選択しない権利」つまりは「選択の自由に関する権利」が侵害されていることになります。 このような話をすると、喫煙擁護論者は「喫煙の自由」を主張することが多いようですが、そもそも「自由権」というものは私的事項について決定する権利であって、周囲を巻き込む権利までもを含んでいるものではありません。
つまり「自由権」とは、他者の権利を不当に侵害しないことを内在的制約としており、周囲の人々を受動喫煙被害に巻き込み、周囲の人々の諸権利を侵害する喫煙行為までもを「自由権」の範疇とすることは出来ないのです。したがって、「喫煙の自由」なるものが存在するとすれば、それは他者の権利を不当に侵害しないことを前提としたものであり、「適切な空間分煙」によって公共空間から完全に隔離された「設備の整った喫煙室」の中にのみに存在するものと考えられます。
このように法的な諸権利に沿ってタバコ問題を整理して行くと、他者を受動喫煙被害に晒す「公共空間での喫煙」は何ら権利的根拠に基いた行為ではなく、非喫煙者の人格権を不当に侵害・蹂躙する不法行為でしかないことがはっきりします。
U.「喫煙権」という創られた虚像
喫煙権という造語が用いられるようになったのは、私が知る限りでは昭和40年頃ではないかと思います。四国の選挙違反事件で容疑者として拘留された喫煙者が「留置場で喫煙させなかったのは違憲」と主張し、訴訟を起したのですが、第一審において「留置場での喫煙禁止は適切」との判決が下されました。また、昭和45年9月16日に高松高裁で行われた第二審においても、「留置場での喫煙禁止は適切」との第一審判決を支持する判決が下され、この喫煙者の主張は棄却されています。 この訴訟で出された判決文には、次のような記述があります。
「煙草は生活必需品とまでは断じがたく、ある程度普及率の高い嗜好品にすぎず、喫煙の禁止は、煙草の愛好者に対しては相当の精神的苦痛を感じせしめるとしても、それが人体に直接障害を与えるものではないのであり、かかる観点よりすれば、喫煙の自由は、憲法一三条の保障する基本的人権の一に含まれるとしても、あらゆる時、所において保障されなければならないものではない。」
このように判決においても、仮に喫煙の自由が基本的人権の一(自由権)に含まれると仮定したとしても、あらゆる時、所において保障されなければならないものではないということが断言されています。
では何故、タバコ業界や喫煙擁護論者は喫煙による迷惑行為への批判に対し、「喫煙の自由」や「喫煙権」を声高に唱えるのでしょうか? ここにタバコ業界特有のデマゴギーがあります。
本来、喫煙による迷惑行為は他者の権利を侵害しており、自由権の内在的制約に反していることから、「『適切な空間分煙』によって公共空間から完全に隔離された『設備の整った喫煙室』以外での喫煙行為」に権利的根拠は存在しません。むしろ「喫煙権」は「自由権」の範疇に存在が仮定されており、他者の権利を侵害しないことを内在的制約としているのですから、「受動喫煙被害者の人格権」に対して「喫煙権」が優先することはあり得ないのです。 しかし、タバコ業界や喫煙擁護論者は「自由権の内在的制約」には一切触れようとはしません。彼らは意図的に「自由権の内在的制約」を無視し、「その時、その場所で喫煙することは喫煙者の自由で、その時、その場所で喫煙しないことは非喫煙者に対する配慮に過ぎない。」という誤った権利意識を社会に流布することにより、恰も「喫煙の自由」が「受動喫煙被害者の人格権」などの諸権利に優先するかのような誤解を与え、受動喫煙被害者に泣き寝入りをさせようとしているのです。
V.「スモコロジー」思想の欺瞞性
よくタバコ問題に関して、お互いの「歩み寄り」や「譲り合い」を主張し、受動喫煙被害の我慢を前提とした折衷案で和解させようとする方々がいます。また、その場所で喫煙するかどうかの判断を、喫煙者の主観に委ね、タバコ問題を個人のマナーの問題として捉えようとする向きもあります。 しかし、そういった考え方はタバコ会社が情報操作によって創り出した「スモコロジー」思想に由来するものであり、これは全くタバコ問題の本質を理解していないものでしかありません。
先ず「スモコロジー」思想・運動の提唱者である鈴木和美氏の経歴について述べておきたいのですが、鈴木氏は旧専売労組(現在の全たばこ労組)出身の元国会議員であり、国鉄が一部の列車において禁煙車を導入した際には、国会等の公の場で「専売公社への営業妨害」と非難を繰り返した経歴の持ち主です。また、彼がこの運動を提唱した目的ですが、欧米のように嫌煙権運動が拡大することを怖れたタバコ業界が、喫煙に批判的な人々の意見を分断し、その一部をマナーアップ運動に取り込むことによってタバコ産業側のコントロール下に置くことであったと考えられます。
次に「歩み寄り」や「譲り合い」といった主張の問題点ですが、既に受動喫煙の危険性・有害性は医学界から指摘されているところであり、受動喫煙の急性影響による苦痛(目・喉・鼻などの痛み)も否定することは出来ない事実です。そして先に述べた理由から、周囲の人々の自己決定権や人格権を無視し、その権利を不当に侵害してまで喫煙する正当性や権利的な根拠は存在しません。 このような諸事情を整理すれば判りますが、そもそも喫煙行為は「『適切な空間分煙』によって公共空間から完全に隔離された『設備の整った喫煙室』」のみで行われるべきものであって、周囲の人々を受動喫煙に晒し、その人権を蹂躙することを前提にすべき根拠は何もないのです。 スモコロジー思想に被れた方々は、「お互いの歩み寄り」などと言えばもっともらしく聞こえると思っているのでしょうが、そもそも「他者に受動喫煙被害を強いる権利」は存在しないのであって、受動喫煙被害者に対する権利侵害の容認を前提としている時点で、喫煙者側は何も譲ってはいないのです。
にも拘らず「お互いの歩み寄り」と称して、不当に受動喫煙被害の容認・受容を迫ることは、 「不当に持ち去ったものを返してやるから、半分はよこせ」、 「殴るのを止めるから、金をよこせ」、 と言っているのと何ら変わりません。
不当な事柄に関し、何も考えず折衷案を持ち出し「お互いの歩み寄り」と称して譲歩を迫ることは、実質的に恐喝者と何ら変わるところがないのです。 問題を解決するためには、先ずは「公共空間でタバコ煙を撒き散らす」という不当な加害行為を止めさせるべきでしょう。また、喫煙による加害行為が抑止されるように法整備を行い、公権力を以って取締りを行うべきです。何故なら公権力というものは、国民の正当な権利を不当な侵害から守ることを目的として行政機関等に付与されている権限であるからです。 最近では、東京都千代田区においてようやく罰則規定のある路上喫煙禁止条例が施行され、かなり状況が改善しました。今後、非喫煙者は自らの権利を守る為にも、このような法整備の動きを活性化させて行く必要があるでしょう。
W.タバコと財政・経済の関係
とかくタバコ問題に関して喫煙者と議論すると「お前より余分に税金払って国に貢献している。」などという、非論理的な反論が返って来る場合がありますが、ここではタバコと財政・経済の問題について述べようと思います。
2002年に発表された医療経済研究機構の報告書によると、1999年時点での喫煙による経済損失は年間約7兆4千億円とされています。 また、それ以前に発表された国立公衆衛生院、日本医師会等の時点の異なる資料においても、喫煙による社会損失は年間約5兆8千億円とされており、喫煙は社会に対し莫大な損失を与えていることが明らかになっているのです。
財政の面でこの問題を考えた場合、タバコ税による国の収入は8千億円程度であり、これは喫煙による超過医療費1兆3千億円だけと比較したとしても5千億円も下回っています。従って、タバコ事業は政府にとって、明らかに赤字事業であると考えられます。また、仮にタバコ税収にタバコ地方税等を加算したとしても、それは2兆円程度であり、これも7兆4千億円の損失より大幅に下回っており、社会にとってタバコ事業が赤字事業であることには変わりありません。
よく不採算な公共事業の代表として批判を浴びている本州四国連絡橋の赤字ですら年間600億円程度であり、これが如何に莫大な赤字を生み出している事業であるかがご理解頂けると思います。ちなみに本州四国連絡橋の累積赤字は9,200億円なのですが、タバコ事業はその7倍以上の損失を毎年生み出し、その損失負担を社会に強いているのです。
X.もう一つの観点 〜人的・社会的損失抑止の観点〜
長期的に観た場合、社会的にタバコは淘汰されるべきものです。これはタバコというものが、数々の猛毒、有害物質を含んでおり、その使用が人的・経済的な面で社会に大きな損失と不幸を与えているからです。しかし、現行法体系の中においては、タバコは麻薬等の社会悪物品としての規制はされておらず、原則的に使用者本人のみがその使用によるリスクを負うことに関しては自由権の範疇とされています。 そのことから「『適切な空間分煙』によって公共空間から完全に隔離された『設備の整った喫煙室』」における喫煙までもを強制的に辞めさせることは、現行法体系の中では困難であると思われます。(もっとも、喫煙による迷惑行為が法規制された後も、違反者による加害行為が頻発するならば、タバコを社会悪物品として規制することも可能でしょうが…。)
これらのことから、タバコによる人的・経済的な面での社会的損失と、不幸の発生を抑止する合理的な社会政策の一環として、タバコ税の大幅な増税や未成年者への禁煙教育、健康教育の充実によって、自発的な喫煙率低減を促し、徐々に喫煙という悪習を淘汰して行くことが現実的であると思います。 そしてこの長期的な施策の推進は、迷惑喫煙の法規制・取締りと同時並行して行うことが可能です。
Y.タバコに使用される添加物や残留農薬に関する法整備の必要性
食品に使用される食品添加物については、衛生上の危害の発生を防止することを目的として食品衛生法による規制が行われています。また、医薬品、医薬部外品、化粧品及び医療用具についても、品質、有効性及び安全性の確保を目的として薬事法による規制が行われています。
これらの規制は、安全性の確保されない商品によって、消費者が不当な危害を被らないようにする為の規制である訳ですが、驚いたことにタバコは食品にも医薬品、医薬部外品、化粧品及び医療用具にも当て嵌まらないとして、こういった規制からは完全に免れている状態になっています。
その為、安全性の確認されない添加物を大量に使用したとしても、増産の為に多量の農薬を使用し、残留農薬が検出されたとしても、国は全く放置している状況に陥っており、過去にはアメリカ国内で販売が禁止されている、基準値0.5ppm以上のダイカンバ(除草剤)に汚染されたタバコが輸入され141万本が国内に出回りました。
このダイカンバ事件については、昭和62年6月1日のウォールストリートジャーナル紙で報道され、米国内では刑事事件にまで発展しました。また、日本では昭和62年6月5日の参議院決算委員会において、旧大蔵省及び外務省が5月20日の段階でこの情報を知りながら、調査結果を内密にするように米政府に要請していた問題に関して質疑が行われています。
このような問題が発生したにも拘らず、その後も適切な法整備は行われておらず、タバコに使用される添加物や残留農薬に関する問題は改善されることなく放置され続けています。そしてこの問題は輸入タバコに限った話ではなく、国産タバコにおいても、「安全性確保のための規制」が全く行われていない現状であることを忘れるべきではありません。
Z.タバコ問題の解決法とは
先ず最も優先すべき急務は、受動喫煙被害から非喫煙者の人格権が守られるよう公共空間での喫煙を規制する法制度を整備し、こまめに違反者を取締ることです。なぜなら、今までの喫煙規制の多くは罰則が無く、取締りも甘かったことから、喫煙者は喫煙によって周囲に不当な被害を与えても殆ど責任を問われず、受動喫煙被害者の人格権を侵害・蹂躙し続けていたからです。
本来、受動喫煙被害者が「タバコ煙のリスク」を選択するかどうかに関し、選択権を持っているのは受動喫煙被害者本人であって、喫煙者にその権利がある訳ではありません。にも拘らず、喫煙に寛容な人々はタバコ問題を「喫煙者個人のマナーやモラルの問題」と捉えることによってこの問題の本質を歪め、本来は受動喫煙被害者本人の判断に属すべき事柄や人格権について、喫煙者の一方的かつ主観的な判断に委ね続けていたのです。
先ずは非喫煙者の人格権に対する不当な侵害にペナルティを課すことにより、喫煙者自身がその行為によって生じた結果の責任を問われるようにすることが肝要です。それによって喫煙者自身も、他者に強いた不当な権利侵害に関し、自らの痛みと感ずることが出来るようになるでしょう。そしてその痛みは、新たな受動喫煙被害と不当な人格権侵害の発生を抑止することにも繋がるのです。
(1)吸殻入れ設置の問題点と灰皿撤去の必要性 吸殻の不法投棄対策として吸殻入れを設置することは本末転倒です。なぜなら安易な吸殻入れの設置はその場所における喫煙を助長し、吸殻の絶対量を増やすことになるからです。また、空間分煙を行った職場などにおいても、灰皿が残されていることで禁煙が守られないといった事象があります。これはその場所に灰皿があることによって、その場所は喫煙所であると喫煙者が勝手な誤解(曲解)をすること、ルール違反に対する罪悪感が薄まることが原因ではないかと思われます。これは私の経験上の話ですが、職場が空間分煙となった後も、灰皿が残っていたためルールは守られませんでした。しかし、灰皿を全面撤去・廃棄してからは殆どの喫煙者はルールを守るようになりました。
また、私は上京した際に驚いたのですが、東京には歩道の至るところに灰皿が設置されている場所があります。しかし、その路面には吸殻が散乱し、灰皿からは黒煙があがって周囲に有害な煙を撒き散らしているといった惨状です。ゴミ箱などでもそうなのですが、ゴミ箱や吸殻入れを安易に設置することによって、却ってゴミ等の不法投棄を増やすことがよくあります。これは灰皿の設置が吸殻の不法投棄対策として全く効果が無いどころか、却って逆効果であることの証明といっても過言ではないでしょう。
更に環境面においても、路上などへの灰皿の設置は取り止めるべきであると考えられます。ダイオキシンが問題とされた時期に事業所等の焼却炉は規制を受けています。これは焼却炉からダイオキシンの発生が指摘されたことによるものなのですが、タバコ煙にも少なからずベンゼンや塩化ビニル等が含まれており、灰皿からあがる黒煙にもダイオキシンやその他の環境汚染物質が多量に発生している虞があります。
(2)タバコ自販機撤去の必要性と根拠 一般的に営業権や営業の自由というものは自由権の範疇とされているものです。しかし、この自由権という権利は、他者の権利を不当に侵害せず、かつ公序良俗に反しない範囲において成立するものであり、法に触れる行為や公序良俗に反する行為を営業の自由に含むことは出来ません。また、未成年者喫煙禁止法では、未成年者に対するタバコの販売を禁じており、喫煙を目的とした未成年者にタバコを販売することは明らかな違法行為です。当然ながらタバコ自販機は購入者が成年者か未成年者かを判別できないことは明白であり、タバコ自販機を設置すれば喫煙を目的とした未成年者がタバコを購入するであろうことは誰にでも容易に推測できます。
以上の要因から、タバコ自販機の設置する行為は、未成年者喫煙禁止法に抵触する違法行為の発生を前提としたものであることは明らかであって、設置者に故意又は過失があることは明白であると考えられます。したがって、タバコ自販機の設置は「法に触れる行為」或いは「公序良俗に反する行為」を前提としたものであり、未成年者が購入可能なタバコ自販機の設置に関して「営業権」や「営業の自由」は成立しないものと考えられます。むしろ、未成年喫煙という違法行為を助長しているのですから、行政機関はその作為義務を果たすため、積極的にタバコ自販機を規制し、取締る必要があるものと考えられます。
(3)公共空間における喫煙の規制及び取締りの必要性 公共空間における喫煙を放置した場合、化学障害や呼吸器疾患等のある人々は公共空間の安全な利用が妨げられ、酷い場合は発作等を防ぐために公共空間の利用を避けなければならなくなります。これは化学障害や呼吸器疾患等のある人々を実質的に社会から追放することを意味しています。しかし、公共空間における喫煙を全面的に禁止したとしても、喫煙者を社会から追放することにはなりません。何故かと言えば、公共空間における喫煙を全面的に禁止したとしても、公共空間での喫煙という「行為」が禁止されるだけであり、その公共空間の適切な利用が禁止されたり阻害される訳ではないからです。したがって、非喫煙者を受動喫煙による健康被害から守り、万人が公共空間を安全に利用することを可能とするために、公共空間における喫煙を禁止・規制することが適切であるでしょう。 また、割れ窓を放置すると犯罪が増えるように、取締りの不徹底は違反行為を助長し、制度を形骸化する結果を招きます。したがって、違反者には罰則を課し、取締りは頻繁かつ厳正に行われるべきものと考えられます。
第2章 受動喫煙問題における不法行為論
T.不法行為の成立
1.加害者の故意または過失
民法第709条では「故意または過失によって他人の権利を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」とされており、「故意」または「過失」の存在を不法行為の成立要件として挙げています。したがって、ここでは先ず受動喫煙問題における故意・過失の存在について証明を行いたく思います。 故意とは「自分の行為が一定の結果を生ずることを認識していて、あえてその行為をする意思」であり、受動喫煙問題の場合、喫煙という行為によってタバコ煙への曝露と受動喫煙被害が生ずることを、その喫煙者が認識したうえで行っていたという証明が必要になります。また、過失とは「一定の事実を認識することができるにもかかわらず、注意を怠ったために認識しないこと」であり、その喫煙者が十分な注意を払っていれば受動喫煙被害の発生を予見すること、被害の発生を未然に防ぐことが、可能であったという証明が必要になります。
(1)予見可能性 「タバコ煙への曝露」という結果に関しては、喫煙者が周囲或いは同室内に他者の存在を認識していれば、喫煙を行うことによって「タバコ煙への曝露」という結果が発生するであろうことを認識していたと判断することが妥当ですし、仮に同室内に他者が存在していることに気付かなかったとしても、それは喫煙者の不注意によって「タバコ煙への曝露」という結果が引き起こされたと判断できます。 また近年、タバコ煙の危険性・有害性はマスコミ等を通じて各方面で指摘されており、「受動喫煙防止」を盛り込んだ「健康増進法」が制定されていること、厚生労働省から「喫煙対策ガイドライン」が発表されていること等から、タバコ煙への曝露とそれによって受動喫煙被害が発生することは広く一般に周知されており、予見可能性は十分にあったものと考えられます。
(2)行為義務 上記(1)のように予見可能性がある場合、以下の3点の比較衡量のうえ行為義務を判断することになります。 また、一般的に危険性・被侵害利益が重大であればあるほど、損害の発生を回避するための行為義務の内容は広範囲になり、行為義務を課すことにより失われる利益が大きいほど、行為義務の内容は縮減します。
@ 行為の危険性 タバコ煙への曝露は、疫学的手法によって健康への危険性が証明されており、一定の蓋然性があるものと判断できる。
A 被侵害利益の重大性 受動喫煙は喘息等の呼吸器系疾患、化学障害を持病にもつ人々にとって発作の原因となるなど大変危険であり、公共空間での喫煙は彼らの社会参画を著しく妨げることとなる。これは実質的に彼らを社会的に抹殺すること同じであり、その被侵害利益は非常に重大なものといえる。また同時に、受動喫煙は肺癌、循環器系疾患等の致死性のある疾患の原因ともなりうる。 身体権や生命権は人間にとって最も重要な権利であり、その被侵害利益は非常に重大であることに疑いはない。 また、受動喫煙はその急性影響による目や喉の痛みなど、被害者に身体的苦痛を与えるものである。誰であっても正当な理由もなく身体的苦痛を強いられるべきものではない。これは明らかに人格権の侵害でありその被侵害利益は重大なものである。したがって、受動喫煙問題における被侵害利益は非常に重大であると判断できる。
B 行為義務を課すことにより失われる利益 喫煙は単にある程度普及している個人的嗜好に過ぎず、他者の権利を侵害してまで認められなければならない根拠は存在しない。
以上の要因を比較衡量するに、被害回避のための行為義務を行為者たる喫煙者に課すことが妥当であると考えられる。
2.加害者の故意または過失行為と被害者に対する損害発生との間の因果関係
(1)自然科学的因果関係の証明 健康影響などの自然科学的因果関係の証明については、被害の特性とその原因物質、原因物質の汚染経路について、状況証拠の積み重ねにより、関係諸科学との関連においても矛盾のない証明ができれば、法的因果関係の証明はあったものとされます。 例えば、4大公害病として有名なイタイイタイ病の訴訟ですが、この判例では法律的な意味で因果関係を明らかにすることと、自然科学的な観点から病理的メカニズムを解明するために因果関係を調査研究することとの相違が明確に示されています。イタイイタイ病とカドミウムとの因果関係は、けっして病理学的に解明されているものではありませんでした。しかし、疫学的な因果関係は十分証明されており、それを以って法的因果関係が証明されたものと判断されているのです。 一部には、疫学は集団的なもので個々の患者の因果関係を知ることができないとする主張もあるようですが、そもそも疫学とは個々人の疾病とその暴露に関するデータを集積・分析する学問であり、集団の分析を個人に適用することは社会通念に照らしても何ら差し支えの無いものです。例えば、日常の医療行為においても、集団で分析された疫学的な事実に基いて診療が行われています。もし仮に、集団における病と、その原因との因果関係を個人に適用できないならば、全ての医療行為は否定されてしまうことになるでしょう。 次に病理学による発症メカニズムの解明が因果関係の証明に必要かどうかですが、結論から言えば必要ありません。 これはジョン・スノウの下痢(コレラ様の症状)における原因が水道水にあることを突き止めた過去の疫学調査をみれば明らかなのですが、当時はまだコレラ菌は発見されておらず、病理学的な発症のメカニズムは全く解明されていませんでした。しかし、それでも水道水とコレラ様症状との因果関係は、疫学的証明により明確であった訳です。つまり病理学的な発症のメカニズムが解明されてなくても、因果関係の判断は十分にできるものなのです。したがって、因果関係の判断においては疫学的手法を用いるべきであり、むしろ病理学的な発症のメカニズムの解明は問題とする必要はないものと言えるでしょう。
@ 被害の特性とその原因物質 タバコ煙は発癌の原因となる発癌物質や発癌性物質を多量に含んでおり、厚生労働省の調査においても、換気されていない6畳間(約25立方メートル)における1本の喫煙では、環境基準の4倍の濃度のベンゼン(発癌物質)汚染を引き起こし、同時に指針値の1.5倍のアセトアルデヒド(発癌性物質)汚染を引き起こすことが報告されています。 また、循環器系疾患の原因となる一酸化炭素、シックハウスの原因となるホルムアルデヒド、催奇性のあるベンゾピレン、その他に砒素化合物、ヒドラジン、カテコールなど数多くの有害物質が含まれていることが、1993年の厚生省編「喫煙と健康」でも明らかにされています。
A 原因物質の汚染経路 @の報告内容、喫煙行為が行われた事実から、公共空間における喫煙が汚染経路であることの特定は十分に可能と考えられる。 なお、仮に複数者が室内で喫煙していたとしても、それは客観的な関連共同性を有しており、結果の予見可能性がある限り、共同不法行為責任があると判断することが妥当です。
B 状況証拠の積み重ね 過去の複数の疫学調査などにおいても、受動喫煙による健康影響は確認されており、受動喫煙に晒される機会の多い喫煙者の配偶者の肺癌発症率が高いこと、呼吸器・循環器系疾患などとの関連性、受動喫煙によって非喫煙者の血中にニコチン(近年、ニコチンの代謝産物には発癌作用があることが指摘されています)が検出される事実が報告されている。
C 関係諸科学との関連 疫学的には受動喫煙による発癌、循環器・呼吸器疾患等の健康被害は、証明されていると判断するに足る水準であり、発癌物質の摂取が高い蓋然性をもって細胞の癌化を引き起こすこと、一酸化炭素が循環器・呼吸器に悪影響を及ぼすことは基礎医学においても十分に証明がなされている。また、これらの医学的事実に対し、それを否定するに足る十分な反証はなされておらず、受動喫煙と健康被害との因果関係は医学的に矛盾が無いものと判断できる。 一方で病理学的には発癌のメカニズムが十分に解明されていない部分もあるが、しかし、一部の分野において未解明な部分があるからといって、疫学的な事実によって関係諸科学と矛盾無く証明されている因果関係を否定する根拠とはならない。 また、一般的にいっても、訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑問もない高度の自然科学的証明ではなく、経験に照らして判断し、特定の結果をもたらしたことに通常人が疑いをさしはさまない程度のものであればよいとされており、病理学上の未解明を根拠として、疫学的な証明に基く法的因果関係を否定することは適切ではない。したがって、被害者には医学的に厳密な因果関係の証明をする義務は無く、疫学的手法(状況証拠の積み重ね)による因果関係の証明が行われれば、それで十分な因果関係の証明があったものと法的には判断されるものである。
(2)疫学的手法による因果関係証明 @ 関連の一致性 複数の疫学調査によって受動喫煙と肺癌等の疾病との因果関係は指摘されていることから、別の観察集団でも同様の関連性が認められる。例えば、NCI(米国国立癌研究所)やIARC(国際癌研究機関)、ドイツの放射線衛生研究所、GSF疫学研究所、イタリアの臨床生理学研究所などの行った複数の疫学調査においても、受動喫煙と肺癌等の疾病との因果関係について肯定的な関連を示している。 また、30の疫学研究を編集した米国環境保護局報告書においても、受動喫煙と肺癌の間に強い相関があると結論を下している。 一方、この結果を否定するに足る「受動喫煙と肺癌等の疾病との因果関係に否定的な調査結果」は存在せず、関連の一致性は十分なものである。
A 関連の強固性 GSF疫学研究所の疫学調査によると、夫により7万6,000時間以上受動喫煙にさらされている女性の肺癌リスクは1.67倍上昇し、更に職場で4万時間以上受動喫煙にさらされている女性のリスクは2.67倍上昇していたと報告されている。この調査結果からすれば、被調査者及び対象群の生活環境、ライフスタイル、職場環境などの受動喫煙以外の因子には、調査結果に大きな影響を与えるほど大きな差異は無く、受動喫煙以外の因子では合理的な説明はつかない。 また、国内においても、同居中の家族が喫煙者である場合、受動喫煙による肺癌のリスクは1.6〜2.0倍となるとする結果も報告されており、この結果は複数の疫学調査によって肯定されている。
B 関連の特異性 肺癌自体は一般的な疾病であり、特異な疾病ではないが、人体が発癌性物質に曝露されることにより、発癌リスクが著しく増加することは癌患者を対象とした疫学調査、動物を使った実験の結果により証明されている。また、四日市ぜんそくやイタイイタイ病のような公害病においても汚染環境に晒された全ての周辺住民が罹患・発症している訳ではなく、罹患・発症の個体差を以って関連の特異性を否定することは著しく不合理である。したがって、「受動喫煙によって発癌リスクが著しく増加する事実」を以って関連の特異性があったと判断することに関しては何ら問題はない。
C 関連の時間性 これらの疫学調査は受動喫煙に曝露された人々を調査しており、関連の時間性の証明に問題は無い。 また、肺癌等の疾患が、曝露されてから発症までかなりの時間差があることについても、公害病などの慢性疾患と同様であり、被害者が受動喫煙に晒されていた事実を以って証明があったと判断することに問題は無い。
D 関連の整合性 疫学調査の他にもいくつかの動物実験が行われており、その結果は受動喫煙と肺癌等の疾病との因果関係を肯定している。 また、関連の強固性と同様であるが、タバコ煙に曝露されている集団と晒されていない集団には発癌リスクに大きな開きがあり、複数の疫学調査の結果が受動喫煙と肺癌等の疾病との因果関係を肯定している。 一方、これらの結果を否定するに足る「受動喫煙と肺癌等の疾病との因果関係に否定的な調査結果」は存在しない。 以上の要因から、受動喫煙と肺癌等の疾病の因果関係については、その関連性に矛盾がなく、関連する生物学的分野からも支持されており、整合性を有しているものと判断できる。
3.被害者の損害と権利侵害 (1)被害者の損害と権利侵害 公共空間における喫煙によって侵害される被害者の権利は以下のとおりとなります。 @ 癌、呼吸器・循環器系疾患など致死性の健康被害・・・生命権の侵害 受動喫煙が癌、呼吸器・循環器系疾患など致死性の健康被害を発生させる重大な危険因子であることは既に医学的事実であり、受動喫煙によって致死性の疾病に罹患し、その結果、被害者が生命を失う危険性があることは容易に想像できます。したがって、受動喫煙被害者の生命権が侵害・蹂躙されていると考えられます。
A 受動喫煙による健康被害(急性影響による苦痛も含む。)・・・身体権の侵害 タバコ煙が周囲の者の健康に悪影響を与えること、目・喉・鼻等への痛みなどの症状・苦痛をもたらすことは、既に医学的事実であり、喫煙者の撒き散らしたタバコ煙によって苦痛を強いられたり、健康を害されるという事象は、受動喫煙被害者の身体権が侵害・蹂躙されているものと考えられます。
B 健康被害のリスクを負わせること・・・自己決定権の侵害 公共空間における喫煙によって、周囲が望むと望まざるとに拘らず受動喫煙被害に巻き込まれることから、受動喫煙被害者の「タバコ煙を選択しない権利」や「危険を選択しない権利」つまりは自己決定権が侵害・蹂躙されているものと考えられます。
C 公共空間の安全な利用の阻害、社会参画・日常生活への阻害・・・生活権の侵害 社会にはアレルギー疾患や化学障害、呼吸器系疾患、循環器系疾患等を持つ人々が多く存在しており、そういった疾患を持っている人々にとって、タバコ煙は発作や症状悪化の原因となっています。 通常の社会生活・日常生活を送るには、道路、公共施設、職場等といった公共空間の利用は不可欠であり、そういった公共空間の目的・用途に則した使用は不当に阻害されるべきではありません。しかし公共空間で喫煙が行われると周囲の空気は汚染し、受動喫煙被害に遭わずしてその空間を利用することは不可能となってしまいます。 こういった状況はアレルギー疾患や化学障害、呼吸器系疾患、循環器系疾患等を持つ人々の公共空間利用を不当に妨げるものであり、彼らの社会参画・日常生活を妨害し、実質的に彼らを社会的に抹殺するという不当な結果をもたらします。 これは明らかに彼らの生活権を侵害・蹂躙しているものと考えられます。
D 衣服などの汚染による財産権の侵害 タバコ煙に晒されることにより、衣服などに悪臭が付き、その分、余分なクリーニング代などが嵩みます。一見すると些細なことのように見えるかもしれませんが、これが日常化すればその出費はかなりのものとなります。また、この出費はタバコ煙に晒されなければ負担しなくて済むものであり、財産権が侵害されているものと考えられます。 例えば、衣服に飲み物を掛けられたり、アイスクリームを付けられた場合、一般的にはクリーニング代を弁償して貰いますね。これはその根拠と同じものです。
(2)差止め請求権(人格権における妨害排除請求権) 民法は不法行為について損害賠償の規定をおいてはいるが、不法行為を強制的にやめさせる差止め請求の規定をおいていない。これでは公害事件のように、裁判中も加害状態が継続している場合には、これまでの損害を償わせることはできても、今後の加害についてはそのまま見ているしかないというおかしなことになってしまう。そこで、近年、裁判所は不法行為によって財産権や人の生命・身体が害される場合は、物権に準じた差止め請求権が認められるとしている。また、この差止請求権を認める要件としては以下のように整理されている。 ・被侵害利益の重大性が大きいと認められる場合には、物権的請求権または人格権に基き差止めが認められる。 ・特別法に基づく差止め請求の趣旨を拡張して保護されるべき場合には、その解釈問題として差止め請求が認められる。 ・現在において損害が生じており、そのことが将来の損害発生の原因となることに高度の蓋然性がある場合には差止め請求が認められる。 ・損害の発生に関し、行為者に故意がある場合には差止め請求が認められる。 ・差止めを命じなければ回復できないような性質の被侵害利益である場合には差止め請求が認められる。
受動喫煙の問題とこれらの要件について考えた場合、喫煙によって侵害される生命権、身体権、自己決定権などは、何れも人格権の範疇にあるものであり、その重大性は大きいものと思量される、また仮にそうでないと判断された場合であっても、受動喫煙の防止に関し努力義務をおいた「健康増進法」という特別法が存在しており、受動喫煙被害者には差止め請求権によって保護されるべき根拠があるものと考えられる。更に受動喫煙被害の性質から考えた場合、身体権の侵害は不可逆性が強く、受動喫煙に晒される状態の継続は被害を拡大することが容易に推定できる。したがって、受動喫煙の問題に関しては、公共空間における喫煙の差止めを認めることが妥当であると考えられる。
(3)受忍限度論 @ 受忍の要件 a.侵害の程度がわずかであって、その土地の上での人間の生活や財産に問題になるほどの影響を与えないこと b.その侵害が相互的なものであること
aについては、タバコ煙による迷惑行為が僅かな程度の侵害であるかどうかに疑義があります。なぜならば、タバコ煙が4千種類という非常に多種に渡る化学物質を含有している科学的事実があるからなのですが、皆さんは化学障害(化学物質過敏症)はご存知でしょうか。この化学障害は僅かな量の化学物質であっても、不定愁訴や皮膚疾患を発生し、場合によっては気道閉塞やアナフィラキシーショックに至るケースもあります。そしてある日突然、誰でも発症する可能性がある疾患です。 タバコ煙に含有される約4千種類の化学物質には化学障害の発作を引き起こすものもかなりあるでしょう。 また、タバコ煙が、喘息、呼吸器系疾患の発作の引き金になること、発癌の原因となることは既にご存知の方が多いかとは思います。他にもタバコ煙が急激な血管収縮を引き起こすことから、心臓病等の循環器系疾患の発作を誘発することも十分に考慮する必要があるでしょう。 更に、タバコ煙の急性影響による不快感・不定愁訴についても、頻繁・継続的な状況であれば僅かな侵害とは判断出来ません。 これらについては定性的ではありますが、頻繁に生命・健康状態が脅かされ、快適な生活が頻繁に阻害される以上、人間の生活に問題となる影響を与えていると十分に判断できるものです。 次に定量的な問題ですが、急激な血管収縮は副流煙を一嗅ぎした時点でも引き起こされ、心筋梗塞や狭心症等の症状を発症する虞があります。化学障害の方についても同様で、風に流れてきた煙によっても容易に不定愁訴等を引き起こすでしょう。 また、道路、飲食店、オフィス等の公共空間は、誰であってもその用途に沿って安全に使用する権利があります。しかし、屋内外を問わず至る所で喫煙が行われている状態では煙害を避けることが不可能であり、その施設を必要としていても、その施設を安全に使用できなくなる方々も存在する訳です。これは通常の社会生活を営むことが阻害されており、問題とならない影響とは言い難いように思われます。 このような観点からaは満たされていないと考えられます。 次に、bの要件ですが、これは単純明快です。非喫煙者である受動喫煙被害者が好んで喫煙することはありませんから、侵害が相互的ということはありません。もっとも、喫煙室内において喫煙者同士でトラブルになる場合は、適用されるかも知れませんが…。 このような観点から、私はタバコの迷惑に関しては受忍限度を設定すべき要件を満たしていないと考察しています。
では次に、百歩譲って受忍限度を設定したと仮定しますが、受忍限度論では判断する上で考慮すべきとされている要素があります。 これらの要因を考慮せずして、無闇に受忍限度を主張すべきものではありません。そうでなければ、世の中の迷惑行為は全て受忍限度内で片付けてしまうことも可能となり、被害者は常に不当な行為に対して泣き寝入りを強いられるという不合理な結果になってしまうからです。 したがって、この考慮すべき要素についても、A、Bで述べて行きたく思います。
A 被害者の事情 a.被害の種類・程度 喫煙行為による侵害は相互的ではなく、行為者側の一方的侵害による被害。日常生活において頻繁に被害を被り、重大な結果を招きかねない危険と、急性影響による苦痛を強いられている。
b.被侵害利益の公共性・社会的価値 嫌煙権というものは明文法上の規定はないものの、苦痛を強いられず日常生活を送る権利(生存権の一)、身体・健康を害されない権利(身体権)、危険選択の自由に関する権利(自己決定権)の範疇に存在するものと考えられる。また、これらの諸権利については人間が生活する上で根源的なものであり、社会的価値は高いものと考えられる。
c.被害者に対する被害回避期待可能性 煙の性質上、喫煙場所が適切に隔離されていなければ被害者が回避することは不可能なことから、期待可能性はない。
d.被害者の過失 日常生活において、その用途に則した公共の場所の使用は制限されておらず、喫煙だけを目的とした「『適切な空間分煙』によって公共空間から完全に隔離された『設備の整った喫煙室』」に自ら立ち入る等の場合でなければ過失があるものとはいえない。
B 加害者側の事情 e.加害行為の態様 嗜好品の使用に際して発生する煙による加害。
f.加害行為の公共性・社会的価値 嗜好品の使用は娯楽目的であり、その価値は個人的価値に留まり、公共性・社会的価値は有していない。
g.加害者に対する防止措置の期待不可能性 「『適切な空間分煙』によって公共空間から完全に隔離された『設備の整った喫煙室』」若しくは私的空間である自室でも行い得るものであり、防止措置は十分に期待出来ることから、期待不可能性はない。
h.法令・条例等公法上の基準 健康増進法の制定により、受動喫煙被害防止の観点から、施設管理者に受動喫煙防止の努力義務が課せられている。また、千代田区など複数の自治体において、生活環境保護の観点から、路上喫煙を禁止する条例が制定されている。更にはタバコの有害性と、その消費削減を謳った「タバコ規制枠組み条約」が現在策定されており、日本もこれに批准する予定である。
i.改善勧告等の行政処分 指針として厚生労働省から「喫煙対策ガイドライン」「新しい分煙効果判定の基準」打ち出されている。
C 考察 以上A、Bの要素について考察するに、a、b、d、e、fの要因から、喫煙行為が屋外・屋内を問わず、公共空間で行われなければならない根拠はなく、被害を発生させる危険を冒してまで達成されるべき必然性はないものと考えられる。c、gの要因から、防止措置として喫煙行為を「『適切な空間分煙』によって公共空間から完全に隔離された『設備の整った喫煙室』」に限定することが妥当であるし、それを限定しないことは行為者側の過失と判断できる。また、h、iについても公共場所における喫煙を肯定するものではなく、むしろ規制する方向で法整備などが図られていることを示している。
以上の要因から、喫煙行為による迷惑に関する受忍限度設定を行うと仮定しても、それは公共性・社会的価値を有する他の行為による迷惑とは異なり、比較衡量すれば最も低い水準に設定されるべきものと考えられる。 つまり少々逆説的な言い方をすれば、「被害発生を抑止する為に、公共空間における喫煙が制限されることは受忍限度内である」ということでもあります。
なお、筆者は、民法の目的は「不当な権利侵害から被害者を救済すること」にあると考えています。本来、受忍限度というものは公共性や対立する権利の正当性といった観点から、その侵害に止むを得ない事情がある場合にのみ適用すべきであり、濫用されるべきではないものです。なぜなら、受忍限度の設定は被害者に不当な権利侵害の受忍・受容を迫るものであり、それを濫用すれば不当な権利侵害を助長することになるからです。人が生きる上で最も優先性が高い権利は人格権であり、侵害されている被害者の権利が人格権である場合、受忍限度を持ち込むことは特に慎重に扱われるべきです。
以上の要素から喫煙行為による被害に関し受忍限度を設定するのではなく、先ずは「『適切な空間分煙によって公共空間から完全に隔離された設備の整った喫煙室』に喫煙場所を限定する」という防止措置を主眼においた実効性のある法整備が今後必要な施策であるでしょう。
4.違法性阻却の不成立 不法行為が成立するためにはその行為に違法性がなければなりません。通常は不法行為となる行動でも、正当防衛や緊急避難といった違法性を阻却するに足る正当な理由があれば、その違法性は阻却され、不法行為は成立しません。 しかし、受動喫煙の問題について考えた場合、公共空間における喫煙に違法性を阻却するに足る正当な理由などありません。なぜなら喫煙は単なる個人的嗜好に過ぎず、「『適切な空間分煙』によって公共空間から完全に隔離された『設備の整った喫煙室』」で行えばよいものであり、態々他者の権利を侵害してまで公共空間で達成されなければならない理由はないからです。したがって、公共空間における喫煙の違法性が阻却されることはありません。
5.まとめ 以上のように1から4を整理して行くと、「公共空間における喫煙」は周囲の人々の諸権利を侵害・蹂躙し、不当な被害を強いているという違法性が明らかになります。また、その違法性を阻却するに足る正当な理由は存在せず、不法行為が成立するものと判断できます。
U.共同不法行為の成立 民法719条には共同不法行為について定められており、数人が共同の不法行為によって他者に損害を与えた場合、若しくは共同行為者中のいずれがその損害を加えたかを知ることが出来ない場合であっても、各自が連帯で責任を負うとされています。 つまり仮に被害の発生との因果関係があるものが、受動喫煙以外にあったとしても、受動喫煙とその被害との間に部分的因果関係が認められる限り、その損害に関し共同不法行為者は連帯責任を負うことになります。 四日市公害訴訟においても、客観的な関連共同性を有していると認められる場合には、結果の発生についての予見可能性がある限り、共同不法行為責任があるとされ、さらに加害者の間に緊密な結合関係があると認められる場合には、たとえ一加害者のばい煙が少量で、それ自体としては結果の発生との間に因果関係が存在しないと認められるような場合においても、結果に対しての共同不法行為責任は免れないとされています。 また、平成13年3月13日最高裁第三小法廷における損害賠償請求事件の判例では、被害発生という結果に対する高度の蓋然性を以って共同不法行為の成立を認めており、その寄与度減責に関しても明確に否定しています。 これらのことから、受動喫煙問題における関連共同性、高度の蓋然性について考察してみましょう。 1.関連共同性 関連共同とは「連帯して賠償義務を負わせるのが妥当だと思われる程度の社会的に見て一体性を有する行為」とされており、これを受動喫煙問題にあてはめた場合、受動喫煙対策を怠った施設管理者と喫煙による加害を行った者の間には一体性があるものと思われる。また喫煙による加害が複数によって行われていた場合においても同様である。
2.高度の蓋然性 先に述べた「2.加害者の故意または過失行為と被害者に対する損害発生との間の因果関係」において、受動喫煙と健康被害の法的因果関係は存在するものと考えられることから、共同不法行為においても、本件に関する高度の蓋然性は証明されているものと考えられます。
以上1、2の要因から、受動喫煙とその被害との間に部分的因果関係が認められる限り、その損害に関する共同不法行為は成立するものと考えられます。
|
第3章 資料編 T.健康増進法を根拠とした禁煙化に関する請願書の具体例
平成15年 月 日
名古屋市議会 名古屋市長 殿
紹介議員
名古屋市における受動喫煙防止対策の徹底に関する請願書
1.請願事項 (1) 名古屋市の公共施設において、健康増進法第25条及び厚生労働省局長通知第0430003号に基づく、適切な受動喫煙防止対策を講ずること。 (2) バス停留所における受動喫煙を防止するため、バス停に設置された灰皿を撤去し、禁煙である旨の表示をすること。 (3) 受動喫煙防止対策を徹底するため、喫煙室以外の場所に設置された灰皿を撤去すること。 (4) 公費節減の観点から、公共施設内は全面禁煙を原則とし、それが不可能な場合のみ「適切な空間分煙」を行うものとすること。 ※「適切な空間分煙」とは、厚生労働省「職場における喫煙対策のためのガイドライン」等において推奨されている以下の条件を満たすものとする。 ・非喫煙場所にたばこの煙や臭いが漏れない喫煙室を設置すること。 ・喫煙室には、たばこの煙が拡散する前に吸引して屋外に排出する方式である喫煙対策機器を設置すること。 ・喫煙場所の空気環境も評価基準である浮遊粉塵濃度0.15mg/立米以下及び一酸化炭素濃度10ppm以下を維持すること。 ・非喫煙場所と喫煙室との境界において喫煙室へ向かう気流の風速を0.2m/S以上とするよう必要な措置を講ずること。 (5) 喫煙者、非喫煙者を問わず、受動喫煙防止対策の必要性に対する市民の認識・理解を深めるために、市の広報などを通じ、たばこの煙の有害性について積極的な周知活動を行うとともに、小中学校における禁煙指導の充実を図ること。
2.請願理由 (1)及び(2)の理由 @法遵守の観点 平成15年5月から施行された健康増進法第25条において「学校、体育館、病院、劇場、観覧場、集会場、展示場、百貨店、事務所、官公庁施設、飲食店その他の多数の者が利用する施設を管理する者は、これらを利用する者について、受動喫煙(室内又はこれに準ずる環境において、他人のたばこの煙を吸わされることをいう。)を防止するために必要な措置を講ずるように努めなければならない。」と規定されている。また、平成15年4月30日付け厚生労働省健康局長通知健発第0430003号「受動喫煙防止対策について」において「鉄軌道駅、バスターミナル、航空旅客ターミナル、旅客船ターミナル、金融機関、美術館、博物館、社会福祉施設、商店、ホテル、旅館等の宿泊施設、屋外競技場、遊技場、娯楽施設等多数の者が利用する施設を含むものであり、同条の趣旨に鑑み、鉄軌道車両、バス及びタクシー車両、航空機、旅客船などについても「その他の施設」に含むものである。」と示されていることから、名古屋市は管理する公共施設やバス停留所などにおいて、適切な受動喫煙防止対策を構ずべき作為義務を負っているものと考えられる。 A施設利用の公平性の観点 たばこの煙にはホルムアルデヒド等、200種類に及ぶ有害化学物質が含まれており、公共施設において適切な受動喫煙防止対策が行われなければ、化学物質過敏症やシックハウス症候群の市民の安全かつ快適な公共施設利用を不当に妨げる結果となる。また、受動喫煙によるたばこの煙への曝露は、気管支喘息や心筋梗塞、狭心症などの危険・憎悪因子、発作の原因として医学的に危険性・有害性が指摘されているものであり、公共施設において適切な受動喫煙防止対策が行われなければ、呼吸器・循環器等に疾患のある市民及び非喫煙者の安全かつ快適な公共施設利用を不当に妨げる結果となる。 本来、市民であれば誰であっても、その用途に則した公共施設の利用を妨げられるべきではなく、公共施設において喫煙できなければならない理由や根拠は存在しない。むしろ、バリアフリーの必要性が認められる現在、用途に則した施設の安全な利用を妨げかつ利用者の健康に害や危険を及ぼす公共施設における喫煙を、名古屋市は禁止し、市民に対し、安全な公共施設・公共サービスの提供を保障する義務を負うものと考えられる。 B受動喫煙の危険性・有害性と安全対策の観点 タバコの煙の危険性・有害性は、アスベストや砒素化合物と同じくIARC(国際癌研究機関)がグループ1の発癌物質に指定し、平成14年5月に「受動喫煙は肺がんの原因である」と公式に発表していることからも明らかである。公共施設の管理者である名古屋市は、施設利用者の安全を守る責務があると考えられることから、適切な受動喫煙防止対策を講ずる責任がある。 C労働安全衛生の確保の観点 受動喫煙は、施設の利用者のほか、その施設で働く公務労働者の労働安全衛生を脅かしているものであり、適切な受動喫煙防止対策が講ぜられない場合、その施設で働く者に対し、環境基準を超える汚染環境という劣悪な労働条件を強いる結果となる。 D受動喫煙防止対策の緊急性 平成15年5月に健康増進法が施行され、平成15年5月9日には「職場における喫煙対策ガイドライン」が発表されているにも拘らず、未だ十分な受動喫煙防止対策が講ぜられない公共施設が多数存在し、バス停留所に灰皿が設置され、受動喫煙を望まない市民の安全な公共施設利用を妨げていることは、市民の「公共施設を安全に利用する権利」を侵害するものであり、名古屋市の「認識ある過失」或いは「未必の故意」による「不法行為」であると考えられるため、受動喫煙防止対策を速やかに行うべきである。 (3)の理由 @ その場に灰皿があることにより、喫煙者の誤解を招き、その場所における喫煙及び受動喫煙を誘発する結果となることから、受動喫煙防止対策を円滑に行うために喫煙室以外に設置された灰皿については全て撤去をすべきである。 A 各地の公園でゴミ箱の撤去が行われたことにより、公園のゴミ減量に成功している事例を鑑みるに、禁煙化によって灰皿を撤去しても、吸殻ゴミの不法投棄が増えないであろうことは明らかである。なお、携帯灰皿については、非喫煙場所における喫煙を誘発し、受動喫煙を引き起こす弊害があることから推奨すべきではない。 B 千葉県船橋市では、数年前に歩行喫煙により子供が顔に火傷を負わされ失明しかかった事件が起きています。また、歩行喫煙中におけるたばこの火の高さは、丁度、車椅子利用者や子供の目の高さと同じであり大変危険です。無闇な灰皿設置は危険な歩行喫煙を助長し、増やす結果となるため適切ではない。 (4)の理由 @空気清浄機の問題点 空気清浄機の設置が、受動喫煙防止対策として全く不十分であることは、厚生労働省の「新しい分煙効果判定の基準」や「職場における喫煙対策のためのガイドライン」(平成15年5月9日報道発表)、「受動喫煙防止対策の手引き」(厚生労働省主催世界禁煙デーシンポジウム資料)においても指摘されているところであり、公正取引委員会においても「空気清浄機」を「不当表示である」と指摘していることから、「空気清浄機」の設置による喫煙対策は公費の無駄使いに他ならない。 A公費支出節減の観点 公共施設・バス停留所などを全面禁煙としたとしても、公共施設の本来の用途・目的が達成出来ない訳ではなく、市民の適切な利用を不当に妨げることにはならない。むしろ喫煙者の個人的嗜好に過ぎない喫煙のために貴重な公費を支出することは不適当であると考えられる。また、仮に喫煙する職員への配慮と考えるのであれば、喫煙室設置の財源は、喫煙する職員への福利厚生費を以って行い、受動喫煙の発生しない適切な喫煙施設を設置すべきものと考えられる。 B職務専念義務の観点 たばこは酒と同じく個人的嗜好に過ぎない。市職員等の勤務中における喫煙は職務専念義務に違反するものと考えられることから、公共施設は全面禁煙とすることが望ましい。 (5)の理由 @医療費負担抑制の観点 医療経済研究機構が発表した「たばこ税増税の効果・影響等に関する調査研究報告書」によると、喫煙による社会損失は年間約7兆4千億円にのぼると試算されており、その補填には多くの血税が費やされている現状にある。また、この社会損失は国・地方併せて2兆円程度とされるたばこ税収を遥かに上回るものである。そういった歳出負担を抑制するためにも、受動喫煙防止対策と未成年喫煙防止対策の必要性は明らかである。 A知識の普及・啓発の必要性 制度の実効性を確保するためには、施設の禁煙化と同時並行して、受動喫煙やたばこの害に関する知識の普及・啓発を積極的に行う必要がある。
請願者 住 所
|
U.タバコ一本の主流煙に含まれる代表的な有害物質
(参考文献 厚生省『喫煙と健康』1993)
V.各物質の毒性に関する説明 1.発癌性 国際癌研究機関(IARC)では、各物質の発癌性を以下のように分類しています。 1 人に対して発癌性を示す。 (人に対する発ガン性が十分に確かめられている) 2A 人に対して発癌性を示す可能性が非常に高い。 (人に対する発ガン性がある程度確かめられていると共に、動物実験でも発ガン性が十分に確かめられている。) 2B 人に対して発癌性を示す可能性がかなり高い。 (人に対する発ガン性がある程度確かめられている。なお、動物実験の発ガン性データが十分でなくても、変異原性などが陽性であればこのグループに指定されることがある。) 3 人に対する発ガン性の疑いがあるが、証拠は不十分である。 (動物実験で発ガン性がある程度確かめられているケースがこのグループの約4割を占めるが、その他は発癌性データがきわめて不十分である。) 4 人に対して発癌性を示す可能性は非常に低い。 (人に対する発ガン性の証拠は無いかまたはまったく不十分であり、動物実験でも発ガン性が認められない。)
また、タバコ煙に含まれる発癌物質の代表的なものを分類すると以下のとおりとなります。 ・グループ1 ベンゼン、塩化ビニル、β-ナフチルアミン、ニッケル化合物、砒素化合物 ・グループ2A ベンゾ(a)ピレン、ベンゾアントラセン、ジメチルニトロソアミン、ホルムアルデヒド ・グループ2B ヒドラジン ・グループ3 カテコール
なお、比較資料として他の物質も含めた分類表を掲載しておきます。
(参考資料) IARC及びEPAによる発癌物質のグループ指定
出典:Regul.Toxicol.誌,12巻,P296(1990);Med.Clin.North America誌,74巻,P263(1990)
2.有害性 (1)ニコチン アルカロイドのひとつ。タバコの中に含まれ、無色揮発性液状。猛毒を有し、神経・小脳・延髄・脊髄などを刺激・麻痺する。特異の刺激的臭気を有する。また、ニコチンは水に溶けやすい物質であり、タバコ1本には約15r〜30rのニコチンが含まれています。(※タバコのパッケージ等に表示されているニコチン何rとは、タバコ1本あたりの主流煙中の含有量とされているものですが、実際には表示している量よりも多いとの指摘があります。)ニコチンの致死量は幼児で10r〜20r(タバコ1本分)、成人で30r〜60r(タバコ2本分)です。
(2)一酸化炭素 青酸ガスと同様に、血中にあるヘモグロビンのヘムと強く結合することにより、体内の酸素供給を妨げ窒息死を引き起こす猛毒。呼吸器系疾患や循環器系疾患の危険因子であり、血管内壁を傷つける性質から動脈硬化を引き起こし、人体の老化を進行させる。
3.定量的な比較について 1、2で挙げたデータだけでは「量が少なければそれほど危険では無いのでは?」といった疑問を持たれる方もいるでしょう。しかし、換気されていない6畳間(約25立方メートル)における1本の喫煙では、環境基準の4倍の濃度のベンゼン(発癌物質)汚染を引き起こし、同時に指針値の1.5倍のアセトアルデヒド(発癌性物質)汚染を引き起こすことが厚生労働省の調査で報告されています。 これは明らかに室内などにおける受動喫煙の危険性を肯定しています。また、路上のような屋外であっても、複数人数による喫煙や歩行喫煙者の後ろを歩く際の曝露などを考慮すると、十分に危険な曝露量に達することは容易に推察できます。 また、タバコの煙は少量でも化学障害や呼吸器・循環器系疾患の発作の原因ともなるため、屋外における喫煙に関しても、十分に危険な行為であると考えられます。
W.参考資料 タバコによる経済損失 (医療経済研究機構発表資料P95からの抜粋)
喫煙による社会損失 (出典 : 医療経済研究機構「たばこ税増税の効果・影響等に関する調査研究報告書」平成14年3月)
(終) 2003/07 |