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イノセンス/裏レイアウト論

 

――あるいはへっぽこ演出家は3Dワイヤーフレームの夢を見るか?――

 

 

野田 真外


  

 あ〜疲れた疲れた。

「乙!『イノセンス』のレイアウト集の仕事してたんだって?」

ていうかなにげにまだ終わってなかったりして(2004年7月10日現在)。いやいや今回はさすがに苦戦したッス。自分がいかにアニメーションのことを知らないか、改めて思い知りましたな。皮肉じゃなくてさ。

「なんで?」

だってさあ、レイアウトシステムって、『アルプスの少女ハイジ』で高畑勲と宮崎駿が作ったんだって。オレ初耳だったけど、知ってた?

「アニメ界の定説です。ていうか、あんたマジで知らなかったの?」

うん(きっぱり)。

「えい!シャクティパット!(死語)」

しょーがないじゃーん! なぜなら私は一介の押井守原理主義者だしぃ。

「いや押井原理主義なら知ってておかしくない! 確か『天使のたまご』の時に押井監督が美術の小林七郎さんからレイアウトの見方を習ったという記述がどっかにあったぞ。ちゃんと読みなさい」

マジ? がーん。ていうかさぁ、アニメーションそのものに興味があるかって言ったらビミョーだし、オレ様。アニメはそりゃ多少は見るけども、オタク村の住人の中では最も見てない方の部類にはいるもんね、確実に。

「ちなみに現在、毎週見ているアニメは?」

ない。『デカレンジャー』と『ブレイド』は見てるけど。アニメは子供たち(小一の息子と2歳の娘)の為にも良くないしね! 毎週楽しみにしているのは、土曜日の19時からテレビ東京でやってる毒にも薬にもならない旅番組です。欽ちゃんファミリーがたくさん出てます。斉藤清六とか。

「だめだこりゃ。ていうか演出家の端くれとしてどうよ?」

ま、それはともかく。レイアウトシステムってオッシーが完成させたのかと思ってたよ、ここだけの話。

「そんなんでよくレイアウト集の仕事なんかやってますな」

まったくだ(苦笑)。でもさ、確かに知識という点では若干役不足と言えなくもないんだけど…

「いや、明らかに確実にものすごく役不足です」

でも別の意味じゃ、自分が適任だとも思ってる。

「おや、エライ自信でんな。そりゃまたなんで?」

実写の現場も知ってて、曲がりなりにも演出もやってるから。

「知らないよりは知ってる方がいいと思うけど、それに何か意味が?」

押井作品って最近どんどんデジタル化が進んでるでしょ。

「はいはい。『G.R.M.』以降、アニメと実写をデジタルの俎上で等価に扱うとか何とか息巻いてますな」

そういう考え方…《映像のデジタル化》と大ざっぱに括っちゃうけど、それって日本だと実はCM業界が一番進んでるのね。どうしてかというと、それって初期段階ではとてもコストがかかるから。

「そういや件の『G.R.M.』も予算化付かずに頓挫したんでしたな」

監督お得意のドミノのハコ…スタジオのことを「ハコ」って呼ぶとグッと業界っぽくなるでしょ(笑)…があるオムニバスジャパンっていうポスプロだって、CMの制作進行やってた当時は毎月のように行ってたこともあるんだけど、あのドミノのハコを作るのだって機材だけで○億円かかるって噂だからね。

「それだけで映画が撮れますな(苦笑)」

秒数辺りの単価で考えると、日本の映像業界で平均価格が一番高価な映像は今のところCMだから。15秒とか30秒とかに億の値段をかけることもなくはない。だから実は日本では映画よりもCMの方が技術的には先端を取り入れていることが多いんだよ、ハリウッドと違って映画に何十億円もかけられないからね。で、オレが最初に入っちゃった会社がCM制作会社で、演出はやらせてもらえず制作進行をやってたんだけど。

「結局フリーも含めて7〜8年くらいやってたもんねぇ。その時の経験が今、活きたわけだ」

そうそう。オレが会社に入った当時はちょうどデジタルを使ったノンリニア編集が始まったばかりの頃で、ハリーとかヘンリーとか使ってましたな。今じゃノンリニアなんて、ご家庭のPCでもできるようになったけどね。プレミアとかアフターエフェクトとか。

「なんのことやらさっぱり」

要はぺーぺーの頃からデジタルを使ってたってことよ。かなり初期の段階からどういう風に使い勝手が良くなっていったかも。割と知ってる。もちろん専門職の人にはかなわないけど、知識として知ってるだけじゃなくて、実際に使っていたというのがキモです。その後はへっぽこ演出としても活躍して、自分で映像を作るときの感覚も自分なりに理解しているつもりだしね。

「自分でへっぽこ言うたらあきまへん」

だってホントにへっぽこだし(笑)。へっぽこでも、アニメの知識があるだけの人よりは、本質的な感覚を理解できるという自負はある。前回の『パトレイバー2』のレイアウト集だったらほぼお手上げだったと思うけど、それこそ一度『METHODS』を読んでそれなりに知識も経験値も上っていたしね。

「ふむ」

 

でさ、今回は作業の中に3Dの要素がかなり入ってるわけなんだけど、そのせいでレイアウトっていうものの概念が今までのアニメと違ってきてたと思うね。制作システムそのものが変わっちゃったというか。端的に言うと“実写的プロセス”になってた。

「実写的? 押井作品はもともとそうじゃん。特に『パト2』なんて」

いや、画面が実写的にリアルなのと、作業プロセスが実写的なのは違うから。

「でも普通に考えたら、実写的な作品は実写的プロセスで作るんじゃないの?」

うん、確かに従来のアニメーション制作プロセスの枠内で考えるなら、『パト2』なんかは実写的な作り方かもね。例えばロケハンしたりとか、レンズの効果を考えたりとか。でもレンズの選択なんて、作業的には作画者というかレイアウトする人の腕にかかっているだけじゃん。実写の35mmカメラみたいにレンズを変えて効果を確認してから選んだりしてないでしょ? カメラワークにしても同じ。トライ&エラーで移動のスピードを変えてみたりとかしない…ていうかできない。最初ある程度当りをつけてから作画か撮影で処理するだけだから、極論すれば職人さんの経験とカンの世界でやってるだけ。全作画とかの力技を使わなければ、パンとか密着マルチくらいしかできないし。そもそもさ、そういう動かない画面をいかに演出するかが、押井演出のキモだったわけじゃない。

「じゃ今回はどうだったの?」

まず大きく違うのはカメラが3次元方向に動く前提で作っていることだね。

「確かに完成した映画では奥行き方向に動くカットが多かったな、押井作品だというのに(笑)。でもそれが作業プロセスに関係あるの?」

大アリだよ。オオアリ名古屋は城で持つってね。

「・・・・」

・・・。

「・・・・・・それで?」

『イノセンス』は3Dで背景を作って動かしているわけだけど、要はそれってセットを作っているみたいなものなんだよ。一枚絵の背景じゃなくて、回り込んでも大丈夫な立体物だから、それはつまりモニターの中に作った“撮影用舞台セット”だと。ま、回り込んでも大丈夫とは言え、実際には3Dでモデリングした部分は少なくて、カメラマップで見える部分だけテクスチャを描いて貼り付けているんだけどね。でもそれも逆に言えば「実写っぽい」よね。だって本物の撮影用のセットも、ばれなきゃいいって考え方だから裏側は作ってないからね。極端な話、ドアを開ける芝居がなければドアは打ち付けてあるか描き割りだよ。黒沢明なら「なっとらん!」って暴れるかもしれないけど。

「あはは、確かにね」

で、その3D空間の中でダミーのバトー人形を配置して、構図やレンズやカメラワークを決めてる、これってまんま実写と同じなワケ。実写のセット撮影の段取りって、まずセットを作って、カメラを覗いてスタンドインの人で構図やカメラワークを決めて、それから照明して、リハーサルやって、本番、という段取りだから。

「で、その実写的作業プロセスになると何がどうなるの?」

レイアウトの概念が変わる。

「概念?」

そう。前の『METHODS』でオッシーが書いてたけど、レイアウトシステムっていうのは、簡単に言えばアニメーション制作における中央集権システムなワケ。

「俺も読んだから知ってる」

レイアウトっていうのは美術設定や画面効果とか、要するに画面に映るものがほぼ全て一枚の紙に一元化されることがシステムの要なんだよ。でも今回は3Dでレイアウトを組んだりしてるから、一元化しにくくなった。

「そうなるとシステムに問題があるの?」

その辺は、今度出る『イノセンス版METHODS』(仮称)を読んでいただくと。

「こんだけ引っ張っといて宣伝かよ! (怒)」

もちろんそうです(笑)。ていうかさぁ、やっぱり仕事上の守秘義務ってやつがあるわけよ。本が出る前に一番肝心の部分は書けないわな、そりゃ。

「こういうとこだけ妙に律義なんだからな、ケッ」

ま、結局さ、今までのシステム自体が2D前提で作り上げられたものだったから、3Dに行くって言う時に、2Dのシステムを改良して使うのか、3D用の何か新しいやり方を考えるのか? っていうことだね。新しいやり方なんて、言うのは簡単なんだけどさ。実際には難しいことだけどね。

「あ、ひらめいた。映画の中で所轄の刑事さんが使っていたような、ペーパーモニターでレイアウト起こせばいいんじゃない? 一枚の紙で、カメラの動きもきっちりフォロー(笑)」

お、いいねぇ! イケるかもそれ(笑)。

「コピーって取れるのかなぁ、あれ」

レイアウト集の出版は大変そうだ(笑)。

                           

これはオレの勝手な想像というか予感なんだけど、今回オッシーは作品的な完成度での勝負は二の次にしてたんじゃないかなぁ。

「なんですと!」

いや、別に手を抜いてたとか言いたいんじゃないよ。なんていうか…別のところでもちょっと書いたんだけど、元々押井監督ってテーマ的な部分以外に、技術的な獲得目標みたいなものも毎回設定しているようなところがあると思っててさ、今回はわりとそういう部分で勝負していたのかなぁと。

「壮大な実験作?」

ちよっと誤解を招きかねないけど、端的に言えばそうなのかなと思う。例えば全体の作業を3期に分けて、技術を手探りしながら進んでるところとか、作画監督を3人立ててそれぞれのやり方でやらせてることとか、オール3Dのシーンもいくつかのプロダクションに割り振って、これまたそれぞれのやり方で試してることとか。もちろん単純に言って、全体的な作業量が多いからという理由が一番大きいのは確かだと思うよ。でもさらにうがった見方をするなら、そういうことをやれるようなストーリーやシークエンスをあえて選択したりしてるんじゃないかなとも思えるし。

「あと、ストーリー上になんの貢献もしてないのに突然艦砲射撃のシーンがあったり(笑)」

あそこは某イベントの中で自分で「試してみました」って言ってたからな。まあそーゆーのはいつものことだからいいとして(笑)、でも押井原理主義的にはどうも臭うんだよねぇ。なんかこう…経験値稼ぎが目的だったようなところが多々あってさ。実写の美術さんに参加してもらったりとか。作画用の模型を作ったりとか…。

「でもン十億円も製作費かけてるって噂よ? そんなにお金使って実験?」

いや、お金があるからこそできることも大いにあるじゃん。

「そりゃそうか」

とにかく今回はゴリゴリ力技で押しまくっていろいろやってみること自体が、少なくとも目的の一つだったのは間違いないと思う。優先順位の一位かどうかは別にして。

 オッシーの考えてる『デジタルを使った実写とアニメのボーダーレス化』という方向性に関して言えば、ある程度金がないとできないのは『G.R.M.』ではっきりしてたわけだよ。もちろん、誰かの後についていって既にでき上がった技術やシステムを使えば安く効率良く作れるけど、でも誰かが最初に失敗覚悟でデジタルの荒野を開墾していかなくちゃいけないんだったら、オレがやったらぁみたいな気概を感じるのよ、今回のオッシーには。

「フロンティア・スピリッツ! だね」

そういう戦略って、押井監督にしてみりゃ自分にしかできないことだという自負もあると思うし、IGの石川さんならそういう長い目で見てくれるだろうという読みもあると思うね。上手くいった部分は拾って経験値としてIGに蓄積して、問題点はなるべく多くピックアップして改善して、とやっていって後の作品に利用できるわけだし、特に人的財産が残るということは大きいと思うよ。

 それにさ、オレが思うにそもそも、押井監督が最も本領を発揮するのってお金やスケジュールがない時じゃん。だったらお金がある時には別のことも考えてやってんじゃねーの? と単純に思ったり。

「わははは、ありそう!」

オッシーは手かせ足かせ原作付きで仕事させないとダメだという評価も昔っからあるからさ(笑)。知恵と勇気と創意工夫が、一番“オシイ的”な部分の根っこだと思ってるのね。だから今回はある意味、割り切ってやったんじゃないかなーと感じるんだよ。

「なかなか興味深いご意見ですな」

『G.R.M.』と『Avalon』で実写をアニメ的に扱う実験をして、『イノセンス』でアニメを実写的に扱う実験をして。実写とアニメの中間地帯、デジタルの荒野、そのまた先にあるだろうまだ誰も見たことのない映像ジャンルは、奈辺に有りや、と。

「誰も見たことのないってんだから、定義は不可能」

まあね。ま、そういう方向性もそうだし、技術的な達成度も、もちろん文脈的な意味でも、5〜10年くらいしないと本当の価値が明らかにならない作品だよ。少なくともそれだけは言えると思うな。2Dと3Dの違和感も、2004年の現在だから感じるだけで、数年したら見る側の目が慣れちゃってそんなこと誰も気にしなくなるかもしれない。その時にこの作品がどう見えるのかが今から楽しみ(笑)。あ、思い出した。『攻殻』を今見ると全然印象が違ってて面白いよ。

「どう違うの?」

当時は暗い画面でディテールが多くて美術がリアルで…と思って見てたはずなんだけど、今見ると画面はものすごく明るくて、色もパキパキにのってて、すっごくアニメアニメした作品でさ。『パト2』見た後に『パト1』を引っ張り出して見た感覚に近いといえば近い。あ〜5年後10年後に『イノセンス』見んのが楽しみ(ハート)。

「押井マニアは気が長いですなぁ」

 

 

(2004/07)

 

 


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