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和歌山私鉄紀行

南海和歌山港線 水軒駅

 

 

都市迷彩野郎


 去る五月二五日、南海和歌山港線の水軒駅が廃止されました。物の本やインターネットのホームページなどで「一日のうち朝と夕方の二本だけ列車がやってくる無人の終着駅」として一部で有名な駅でした。さて、今回たまたま営業運転最終日に当駅を訪れる機会を得ましたので当日のレポートなどつれづれなるままに書いてみたいと思います。

 

 水軒駅探訪

 当日は知人の車に同乗して駅まで行きましたが、和歌山港駅から水軒駅までは片側二車線の道路と平行して鉄路が走っております。一日二往復しか列車が走らない割には整備されている印象で、これが今日限りで見納めというのがにわかに信じられません。撮影ポイントを求めて歩く人や土手に三脚を立てて準備に勤しむ人を眺めつつ水軒駅に到着しました。さてこの水軒駅、駅といっても鉄道の駅と思わせる設備は地上に敷かれたレールと、片側一面の屋根無しプラットホームがあるだけです。駅前の広場?には、およそ列車のダイヤから考えれば不釣り合いなくらい広い駐車場がありますが、この駐車場は駅の利用客向けというよりは、駅のすぐ隣にある渡船場を利用する人のために存在しているような印象でした。

 

 一番列車が入ってくるまでの間に駅周辺を一通り見て回ります。構内にはプラットホームの他に目立つ物といえば、小さな掘っ建て小屋のような物が一つ。書籍やホームページなどで写真はよく見かけた、時刻表の掲げられた小さな建物の正体は・・・便所でした。これが水軒駅に存在する唯一の屋根付き施設です。

 

 民族大移動

 当日は営業運転最後の日という事で、普段は無人の水軒駅にも南海電鉄の職員さんがイベント対応のため多数来ておられましたが、職員の一人が、始発到着の一〇分ほど前に構内の一部に立入禁止境界を示すテープを張り始めました。テープを巻いた中は危ないから入るなという事ですが、逆にいえばテープの外周部までは近づいても良いということ。今まで軌道終端部に三脚を構えていた鉄道ファンの皆様が一斉に境界線に向かって移動を始めました。傍目に見ていると面白い物ですが当人達は必死です。私自身は小さなデジタルカメラ一台だけですので身軽なものですが。確認カメラの準備を行っているうちに、始発到着の時刻が迫ってきました。

 

 一番列車

 この日は一日二往復の通常ダイヤの間に臨時列車が五往復設定されましたが、最初にやってくる列車は九時二六分到着の通常便です。到着と同時にあちこちから響き渡るカメラのシャッター音。続いて列車の中から溢れてくる乗客。駅周辺は一気に賑やかになってきましたが、賑やかついでに怒号が聞こえてきました。どうやら鉄道マニアの間で撮影を巡って一悶着あったようです。撮影地では時々この手のケンカが起こるようですが、見苦しいというか大人げないというか。されど喧嘩はじきに収まりました。それもそのはず、約六分の停車の後、折り返しの列車が出発します。ちなみにこれ以降走る臨時列車は約三〇分ほどの停車時間が設定されていました。

 

 

 乗車体験

 二往復目から五往復目までは臨時列車ですが、当日は二両編成の車両が臨時運用専用に供されていました。さて、私はさほど経歴は長くありませんが一応鉄道ファンでありますが、基本は「乗り鉄」です。やはり来たからには乗らねば、ということで、水軒10:40発の便に乗ってきました。臨時改札で切符を買って、ついでにホームで客の整理をしている駅員さんに車内補充券を発券してもらいました。南海電鉄の車内補充券は、いまや珍しい存在となった穴開け方式です。記念品として買い求める人も結構多く『普段は適当にパチパチ開けてるけど、今日は慎重に開けんとアカンから大変ですわ』と話しておられたのが印象に残っております。

 

 車内は、そこそこの込み具合でした。概ね定刻どおりに発車。線路の脇にはカメラを構えた鉄道ファンの皆様が鈴なりになっています。土手から狙う人、線路に並行して走る歩道から撮る人、ふと車道を見れば車のサンルーフから身を乗り出してビデオカメラを回している人がいて、これには少々呆れました。線路は和歌山港駅の手前から築堤を上り、和歌山港駅で完全に高架になります。車窓には海が広がって景色がよろしい。和歌山駅を過ぎると市街地の中に入り、そのまま和歌山市駅まで続きます。

 

 和歌山市駅には10:50の到着。こちらの方では四〇分前後の停車時間が設定されていましたが、実際の発車時刻はダイヤ通りには行かなかったようです。駅員同士の会話では『和歌山市駅に到着する列車との接続に余裕がないので臨機応変に対応せよ』などと言っていたように記憶しております。ちなみに私は一旦改札を抜けてから再び水軒駅に戻るべく改札を通過。ここではレインボーカードを使用します。聞くところによると駅ホームの精算窓口で水軒までの料金を精算するとカードに「水軒」の文字がスタンプされるそうで。(水軒は無人駅であり、なおかつ磁気カードの精算は車内補充券では対応できないため。)ところが当日はホームの精算窓口が閉まっており、代わりに臨時の精算所が設けられていました。っで、ここで清算を済ませてカードの裏面を見ると「B45処精」というスタンプ。残念な結果ですが、知る人ぞ知るという意味では貴重かも知れません。

 

 11:01分、水軒行きが発車します。発車の前に駅の発車時刻案内表示器を撮影。しっかり「水軒」と表示されていました。和歌山港駅での僅かな停車時間の間に駅名票を撮影。明日になったら「水軒」の文字は消えて、ここが終着駅になるのです。駅名票はホーム先端の鉄板製と、ホーム中程の照光式がありますが、時間の都合でホーム中程のものしか撮影できず。幾重にもペンキが塗り重ねられた、年期を感じさせるものでした。ほどなく発車、築堤を下って水軒駅を目指します。

 

 当日の水軒駅

 普段は全くの無人駅で売店やコンビニの類は全くなし。ですが当時は駅前のスペースを利用して記念グッズなどを売る出店が設けられました。南海だけでなくなぜか阪堺電気まで出店を出していたりして、ここら辺が大阪の会社ですねぇ。いつの間にやら弁当屋まで出来ていました。昼食の調達に困難を極める所だけにこれで命拾いをした人も多いと思われます。更に有り難いことにビールまで売っておりまして、当日の陽気では結構な売り上げがあったと思われます。駅前の駐車場は昼までに満杯。路上駐車を取り締まるパトカーまでやってきて賑やかなことです。駅周辺の撮影ポイントもおおむね人で埋まっており、午後からきた人の中には持参した脚立によじ登ってカメラを構える、結構年季の入った親父さんがよく目立っていました。撮影に来ている人は、下は小学生から上は還暦過ぎまで色々、女の人もちょくちょくみられました。まぁたまにはこういうデートもよろしいでしょう。

 

 走行写真を狙う

 駅でひとしきり撮った後は、走行中の写真を撮るべく移動しました。デジカメはシャッターにタイムラグがあるので撮影は苦労しました。土手側からカーブを狙って水軒13:20到着の列車を撮った後、場所を変えて折り返し13:52発和歌山市行きを撮影。電車を画面一杯に入れて撮ったらシャッタースピードが追いつかずブレておりました。一眼レフを使えということですかね。

 

 この次に来る水軒14:18到着の列車が最後の臨時便です。これは踏切の通過シーンを狙って撮影しました。和歌山港−水軒間に唯一設けられている踏切ですが、そもそも今回廃止が決定した主要因となったのがこの踏切です。聞くところによると市道の拡張計画に際してこの踏切が計画の障害になり、さしたる利用実績もないということで廃止が決定したとか。当日は踏切を監視するため南海の社員が駐在していました。ここでの撮影はタイミングは良好でしたが撮影直前にファインダーの中に人が入ってきてちょっと残念。

 

 この後水軒駅に戻りましたらば、『最終列車は超満員になりますのでご乗車になれません』とのアナウンスが。列車で和歌山市駅まで戻るなら最後の臨時便に乗って下さいということでした。賢明な措置です。

 

 最終列車

 長い一日もあっと言う間に過ぎ、いよいよ最終列車がやってきます。これには特製ヘッドマークが付くということなので、正面から撮影してみました。事前に『ヘッドマークは車両の前後でデザインが違う』と聞き及んでおりましたので、反対側に廻って和歌山市寄りから撮影。なるほどデザインが違いました。車内はまさしく超満員状態。とは言え駅で乗車制限がなされたのでしょう、人民列車の如き寿司詰め状態ではありませんでした。名残惜しいところですが最終便は六分間の停車の後、和歌山市へ15:36に発車していきます。汽笛一声、発車の瞬間どこからともなく『ありがとう』『さようなら』の声が聞こえ、拍手が湧き起こりました。別れを惜しむかのように拍手はしばらく続きました。

 

 駅の終焉

 さて、最終列車が出た後、駅名票などが南海の職員の手によって外されていきます。しばらく経つと構内に灯っていた信号が消灯しました。電源が落とされたようです。まさしく終焉を感じさせる光景であります。ホーム下の便所も入口が封鎖され、ふと見れば壁に貼られていた時刻表も剥がされています。今にして思えば内部の様子を見ておかなかったのが悔やまれますが、『想像通りの状態でした』とは最後にこの便所を利用した人の弁。ちなみにホームにはワンマン運転対応のために運転席からホームを見渡せるようカーブミラーが設置されていたのですが、こちらは午前中に外されていました。

 

 翌日からは本格的に駅施設の撤去が始まるのでしょうが、先ほど撮影していた踏切では、早々とポールが撤去されていました。この踏切の様子をカメラにおさめて水軒での撮影を終えました。最後に、当日は一日中快晴で絶好の撮影日和であった事を付け加えてレポートの締め括りといたします。

 

 

 ◆五新線のJRバス(2)◆

 何年かまえ、友人といっしょにこの五新線のジェイアールバスに乗りに行った。

 バスは、五条駅を出たところでは一般道路を走るが、途中で分岐してJRバス専用道に入る。単線の鉄道の路盤らしく、狭い道がまっすぐにつづく。少しでもハンドル操作を誤ると、道から転落してしまいそうだ。トンネルも左右にほとんど余裕がない。しかも、トンネルを出てすぐに鉄橋を渡ったりする。あらかじめルートを知っていないと事故を起こしてしまいそうだ。そんな状態だから、他の自動車の通行は禁止されている。歩行も禁止されていたようだが、実際には歩いている地元の人はいた。

 バスの窓から、電車の車窓から見る風景を見ているようだ。家もバス道に面しては建てられていない。幹線道路とは別の道を走っていることもあり、何か別の世界が開けているような幻想にもとらわれそうになる。

 激しい雨で、賀名生駅、というか、停留所に降りこめられ、五条に戻るバスを待っていると、地元のおばあさんが「鉄道ができるよりバスのほうがたくさん運転してくれるから便利だね」と語ってくれた。なるほどそういう考えかたもあるのかと鉄道ファンの私は思った。

2002/06

 


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