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  たかが猫一疋の死、それは何でもないことだ。併し淋しい今の私の家では、自ら「猫も死んでしまつた」といふ声が出たくなる。外があれた暗い冬の日、アルフレッド大王が高僧たちと話してゐたら、一羽の小鳥が一つの窗から入つて他の窗へ迯げて行つた。かの小鳥は何処から来て何処へ行つたのであらう、人生もその通りだと話し合つたといふことを、幼時誰かの英国史で読んだやうに記憶してゐる。あの猫も何処から何処へ消え失せたのであらう。これも夢のやうだ。

 

 〜西田幾多郎「煖炉の側から」


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