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懐かしき「十年後」


――劇場版『機動警察パトレイバー』より――




 

鈴谷 了



 

 「この番組はフィクションである。しかし、一〇年後においては定かでない……」
 これは『パトレイバー』テレビシリーズ(一九八九〜九〇放映)において、毎回の最後に表示されていたテロップである。もとより制作者たちにしても、レイバーなどという巨大ロボットが一〇年後に実現するなどとは考えていなかっただろう。


 その部分を別にすると、『パトレイバー』という作品に制作者が託した「近未来」とは、何だろうか。
 ちょうど本稿を書いている最中(一九九九年一一月)、衛星放送の『BS漫画夜話』でコミック版の『パトレイバー』が取り上げられ、その中で内海というキャラクターは八〇年代的な価値観(おもしろければいい)の体現者であり、それに対して「地道にまじめに職業に取り組む人々」が勝利するという「正義」を九〇年代の価値観として復活させたのが主人公サイドであるという指摘があった。ゆうきまさみが『パトレイバー』に込めた「近未来」の一つが、おそらくそれである。

 もちろん、他の制作者(ここでは単にヘッドギアの5人に限らずスタッフ)にとっては必ずしもそうではなかったろう。たとえば、音楽アルバムに収録された「一九九八年の流行歌」(「涙のハングルドール」、歌は笠原弘子)が韓国語を織り込んだ歌だったのは、制作当時の(ソウル五輪を背景とした)韓国ブームとNIES人気に大いに関係があると見た方が妥当である。

 では押井守にとっては、どうだったのだろうか。押井守には作品の年代設定は本来さほど重要なものではなかったと考えられる。他人の原作にかかる作品では与えられた設定を覆すことができない以上、押井守自身の創意をそこに込めることは難しい。しかし、オリジナルである『紅い眼鏡』や『天使のたまご』『御先祖様万々歳!』においても、年代設定は作品を作る上で最低限必要な「寓意」というものでしかないように思われる。押井作品の視聴者には周知のことだが、『紅い眼鏡』と『パトレイバー』は年代的には同じ時代が舞台なのである。(余談ながら『紅い眼鏡』においてケルベロス隊が逮捕起訴された年に、現実世界でオウム真理教団によるテロ活動とその検挙が行われたことは皮肉な偶然であった)

 『パトレイバー』においても、押井守の当初のスタンスは「すでに決められた設定に沿って作品を作る」というものだったと推定される。だが、「現在からそう遠くはない近未来の日本」という設定が、制作当時の現実へのまなざしを投影する方向へと導いていったのではあるまいか。

 劇場版(一作目)は「東京」と「コンピュータ」を主なテーマとした。これらは「十年後にもおそらく存在し、しかも意味や重みが失われないもの」として選ばれたともいえる。だが、それだけだと言い切るのは浅薄に過ぎよう。なぜなら、制作当時にこれらの事物について語られていた楽観的な言葉を、別の方向からとらえ直すという色彩が色濃く含まれていたからだ。

 黙示録的とすら見えたその描写は、結果的にバブル崩壊やコンピュータウィルスの跳梁といった現実をある程度先取りするものとなった。しかし、それは決して未来予測が当たったと喜ぶものではあるまい。一つにはある程度予見可能な性格のものであったこと、もう一つには「未来予測」が押井守の本意ではなかったと思われるからだ。(最初に記したコミック版の「警察の正義」と押井守が二つの劇場版で描いた「警察の正義」とは重なるようにも見えるが、むしろ相反する部分の方が多い)賞賛すべきは、そうしたテーマを注意深く選び、「娯楽作」と見える作品の中に見方によっては過激なメッセージを埋め込んだ、その方法ではないだろうか。

 

 と堅い前降りはこのくらいにして、ここから先は劇場版『パトレイバー』(一作目)に登場したさまざまな事物を、物語の舞台となった今日からもういっぺん見てみよう、という少々底意地の悪いミニ辞典である。一応劇中に登場する順番になっているので、もう一度ビデオなりLDなりDVD(ってあったっけ?)なりで見ながら再チェックやツッコミを入れる一助としてお使いいただければ本望である。


【ヘルハウンド】
 「犬」と「鳥」を合わせ持つメカとして「2」でも活躍した機体。
 現実には一九九九年現在まだ日本には攻撃ヘリ部隊は存在しない。


【木更津沖合いの第一人工島】
 「バビロンプロジェクト」自体はもちろん架空の設定だが、木更津と川崎を結ぶ東京湾横断道路(「アクアライン」。「2」では柘植の部隊が破壊)が一九九七年一二月に開通し、木更津寄りの海上にレストハウスを含んだ人工島「海ほたる」(「ホタルイカ」ではない)が完成した。なお、現実のアクアラインは海ほたるを挟んで橋梁部とトンネル部に別れており、バビロンプロジェクトのような大突堤はそのままではできない。


【「首都圏を一周する大環状線」】
 アクアラインは千葉県側の取り付け部分の道路が未整備で、実際に「大環状線」ができるのはかなり先になる。


【「二一世紀を通しての首都圏の用地問題」】
 映画が製作された当時、バブル景気で「首都圏のオフィス不足」がしきりに言われていた。今は……。


【携帯電話】
 しのぶと会話する篠原重工の技術者(次項参照)が使っている。映画製作当時はまだかなり大きいもので、「2」で後藤が使うものはいくぶん小さめになっているとはいうものの、現実の小型化と機能の拡充は映画を追い越した。


【篠原重工の技術者】
 この技術者の声の主は、『シュラト』で名前が出始めた頃の子安武人である。


【「98シリーズの最終バージョン、というより……」】
 「WINDOWS98で動くことを前提に設計された初めてのマシンといったほうがいいだろうな」「正式化されればNXと呼ばれるらしい」(98違いや)


【OS】
 この時代、まだOSという言葉は十分に浸透していなかった。当時の主流はもちろんMS-DOSである。だが、OSがマシンを決めるという事態はやがてWindows95の登場で現実のものとなった。


【虎の子の空挺レイバー部隊】
 実際にも人間の空挺部隊は陸自の精鋭とされている。オウムが目を付けて有名になった。


【カーナビ】
 後藤の指揮車に装備されている。画面のサイズ等は変わりはないが、音声などの機能は想像以上に多くなった。もっとも、警察用ならそのあたりの機能は少なくてもよいだろう。とはいえ、「2」に登場したフロントガラスに投影するようなものは、道路交通法で「運転中の注視」に制限が加わったため、幻に終わる可能性も出てきた。


【暴走レイバーのおじさん】
 演じるは後に『エヴァンゲリオン』の碇ゲンドウ役で名を馳せる立木文彦。この劇場版にはレイ・ゲンドウ・日向の三名がいずれも名前の付かない役で出演している。


【チーズ味のカール】
 遊馬が野明にたかる菓子。幸いにも一九九九年現在も発売されている。その他の味はかなり入れ替えがあり、発売当初から変わっていないのはこのチーズ味だけ。


【聖橋周辺】
 橋そのものは変わらないが、周囲はかなり護岸工事が行われたため、この作品(のもととなったロケハン)の時代とはかなり変わってしまった。


【電算室】
 といえば、冷房……だったのは今となってはかなり昔でもある。もちろん大型汎用機自体は消えたわけではないが、「電算室」という言葉は一般企業ではかなり少なくなった。


【「シェアの独占をはかって発表した画期的なOS」】
 篠原重工は独禁法にひっかからないんだろうか。外国人労働者のスキャンダルはコミック版であったけど。日本とアメリカじゃその辺の運用にはかなり違いがあるのは事実としても不思議だ。以上、マイクロソフトの「連邦地裁反トラスト法違反裁定」のニュースを聞きながら。


【第五世代コンピュータ】
 言葉自体はまだ生きているが、いまだ実用化はされていない。


【HOSのマスターディスク】
 おそらくMOと思われる。幸い今も現役。
 ちなみに画面に流れるファイルの日付年が西暦4桁になっていたのは、今から思うと凄いことである。


【赤の点滅(ウィルス暴走の場面)】
 ポケモン騒動の起こった後なら、まずこういう画面は不可能だったか?


【高層ビルと下町】
 主としてウォーターフロントと呼ばれた東京の江東区や中央区あたりによく見られた光景。全国的に有名になった旧山一証券本社ビルもその一つだった。


【同潤会アパート】
 関東大震災後の復興の中で「勤労者世帯向けの低廉かつ安全な集合住宅」として都内に建設されたもの。松井が帆場の足跡を追った途中に登場するビル(螺旋階段のある建物)のモデルで、この事実は公開当時から指摘されていた。九〇年代に入ってからは老朽化を理由として閉鎖・解体が相次ぎ、一九九九年現在、居住者のいる状態で現存するのは青山と江戸川(新宿区)、大塚(女子)の三カ所のはずだが、違うかもしれない。


【缶ジュースのプルタブ】
 銭湯の跡地で松井たちが捨てているもの。環境面の問題から、缶からはずれないタイプのものが導入されたのは映画公開から2年ほど後のことだった。


【「有明には台場と芝浦をつなぐハープ橋がある」】
 当時はまだ建設中だった現在のレインボーブリッジ(一九九三年開通)のこと。「2」の制作にあたってはこの橋が「東京湾横断橋」のモデルとして使われた。それにしても、その「有明」でコミケが開かれることになろうとは、当時一体誰が考えたであろうか?


【「その後の国土法の制定やら何やら」】
 実際には土地課税の強化と金利の大幅な引き下げという経済的手法が導入され、ほぼ同時にバブルが崩壊して自然に地価は下落した。法制度による土地取引の抜本的改革はいまだ実現していない。


【「たちの悪い冗談」】
 「有明再開発」はちょうどこの映画の公開の頃進行中であったが、バブル崩壊で需要が激減し、都市博の中止という事態にいたった。


【「トロイの木馬」】
  ウィルスの種類の一つ。公開当時はセリフの意味の分からなかった観客も少なくなかっただろう。


【「こりゃこっちの容量だけじゃおっつかねえ」】
 電話回線を通したコンピュータの接続が自由化されたのは映画公開の4年前で、すでに接続自体はその当時でも可能になっていた。(コミック版でもシャフトへのハッキングの描写がある)とはいえ、「ホストコンピュータと接続させてその資源を使う」というスタイルは今から見ると昔日の感がある。


【4桁の市内局番】
 シゲが下宿する「久保商店」(モデルは看板建築として有名な「ナンデモヤ」)の向かいにある商店の看板には、3で始まる4桁の市外局番の電話番号が書かれている。実際に東京03管内の市内局番が3を加える形で4桁化されたのは、一九九一年正月から。映画製作当時にはすでに計画が明らかになっていたので、この表記自体は驚くほどではないが、塗り替える手間と費用の関係からか、3桁のままで残っている看板が一九九九年現在も(個人商店を中心に)多数残存している。


【ミリバール】
 名前が売れだした頃の林原めぐみ演じるお天気おねーさんのセリフにある。映画公開2年後の一九九一年より、MKS単位系への移行に伴って「ヘクトパスカル」に変更され、過去の呼び名になった。


【「戦闘は可能な限り避けろ」】
 続く「2」の冒頭ではこれが一つの決め言葉になった。


【ラップトップパソコン】
 進士が方舟に持参したもの。世界最初のノートPCである東芝ダイナブック(当時東芝は「ブックパソコン」と呼んだ)の発売は公開一ヶ月前のことで、まだラップトップが携帯の主流だったのだ。今ならばCCDカメラつきのモバイルPCだったことであろう。


【「MITからの通信」】
 映画制作時にはパソコン通信は存在していたが、まだインターネットは商用公開はおろか学術用としても限定された運用しかされていなかった。若い世代が見ると「あれ、何でメールって言わないんだろう」と思うかもしれない。


(1999/11)



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