『星の瞳のシルエット』の天文解説
清瀬 六朗
シリウス 1(巻)‐5(頁) 他
おおいぬ座のアルファ星。シリウスAとシリウスBから成る連星である。星そのものは飛び抜けて明るいわけではないが、8.7光年と太陽系に近いところにあるため、「全天でいちばん明るい星」として見える。正確にはマイナス一等級より明るい。秋の深夜から早春の夕方まで見えており、オリオン座のベテルギウス、こいぬ座のプロキオンとともに「冬の大三角」を形作る。
天の川 1‐18 他
銀河系宇宙を横から見た姿――というより「銀河」ということばは本来はこの天の川のことを指すことばだった。
「空にはくっきり」とあるけれど、この部分の連載から10年以上が経った現在では「光害」が進んでいて、大都市圏はもちろん、地方都市でも天の川がくっきり見えるところはあまりないはずである。
白鳥座の北十字 3‐75
夏の星座。天の川の中央を飛ぶ大きな白鳥をかたどった白鳥座の主な星を結びあわせると大きな十字型になるので北十字星という。宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」のジョバンニの旅はこの星座から始まっている。
さそりのS字カーブ 3‐75
さそり座は夏の星座。白鳥座から銀河に沿って南に行ったところにある南の星座である。一等星から三等星までが右上から左下へと伸びた斜体の「S」の字型に並んで見える。このサソリは、冬を代表するオリオン座のオリオンとは仇敵関係にあることになっていて、同時に空に見ることはできない。したがって、オリオンのお供であるおおいぬ座のシリウスとも同時に見ることもまずできない(シリウスとさそり座の端の星なら日本からなら辛うじて同時に見えるようだが)。たびたび登場するアンタレスはこの星座の一等星で、「S字カーブ」の中央に位置する。
いて座の南斗六星 3‐75
いて座は夏の星座で、半人半馬の賢者ケイローンの姿をかたどったものである。さそり座の隣に位置する。その一部の六個の星(二等星と三等星)が北斗七星によく似た形に並んでいる。これが南斗六星である。暗い夜空では印象的な並びだが、北斗七星ほど大きくはなく、明るくもないので、光害のある夜空では目立たないだろう。
流れ星 3‐158
流星群に属するものだとすれば、ジャコビニ群・オリオン座群・おうし座北または南群のいずれかと考えられる。流星群に属していない流星も秋には多い。
怪星アンタレス君 4‐115
なんなんでしょ〜ねいったい久住先生?
7‐13にも背後に「謎の星アンタレスの秘密」って垂れ幕が出てるし。……あヽ真理子って不幸かも。
太陽の黒点 5‐51
『星の瞳のシルエット』連載初期(1986年9月。街中でばったりと久住くんと真理子に会っちゃったころですね)から太陽活動は「第22周期」に入り、連載終了のころに第22周期の極大期を迎えている。したがって、香澄たちがずっと観測を続けていれば、その間に黒点の数は年々増加していったはずである。
そして第22周期が終了したのは「ENGAGE II」が発表された1996年とされているから、『星の瞳』は太陽活動第22周期の作品と言ってもいいかも知れない……って、だから何だ?
接眼レンズ 5‐98
読んで字のごとく、望遠鏡で目につけるほうのレンズを接眼レンズという。星に向ける筒先のほうは対物レンズという。
対物レンズを向かいの喫茶店に向けることはあまりおすすめできない。
ペルセウス座流星群 5‐148他
○○座流星群というのは、地上から見てその星座を出発点に星が流れるように見えるという意味である。この出発点を輻射点という。ペルセウス群は北天の星座ペルセウス座に輻射点がある。
流星群は「極大」と呼ばれる時間帯に多く出現する。ペルセウス座流星群のばあい、その極大は8月13日の朝である。また、その六時間ほど前に「突発」とよばれる多量の出現を起こすことがある。このペルセウス群は、比較的、出現数が多いこと、極大がはっきりしていること(つまり観測日の狙いを定めやすいこと)、夏休み期間中であることなどから「流星をはじめて観測・観望してみようという方には絶好の対象である」(『天文年鑑1998』誠文堂新光社より)。
流星群は彗星(例外的に小惑星)から流れ出た物質が地球大気のなかに降ってくる現象である。したがって流星群はどれも特定の彗星と関係がある。この彗星を流星群の「母彗星」という。母彗星の回帰(地球や太陽の近くに来ること)の時期には流星群は活発に出現する。
このペルセウス群はスイフト‐タットル彗星が母彗星である。スイフト‐タットル彗星は135年周期でめぐってくる彗星で、『星の瞳のシルエット』連載終了後の1992年に回帰した。しかし、連載当時にあたる1980年代後半にはまだその周期が確定していなかったため、1980年代のうちにはスイフト‐タットル彗星が回帰し、ペルセウス群の出現が活発になると考えられていた(この部分は1987年掲載)。
なお、ペルセウス群の極大時出現数は日本の空の明るさで平均して40個/時ぐらいとされる。つまり平均して1分半に1個である。空の暗いところならもっと見えるが、6‐58以下で久住と香澄が遭遇した「あとからあとから降ってくる」ような出現は奇跡的な「突発」である。
アンタレス 6‐38
前出のとおり、さそり座の一等星。赤い色をしているので、同じ赤い色をしている火星と比較して「火星と張り合う者」・「火星の敵」という意味でアンタレスと呼ばれる。都会の空でも空が澄んでいればその赤い輝きを見分けることができる。オリオン座のベテルギウスなどと並ぶ赤色超巨星である。
「やっぱり大きい」――いやそれはアンタレスは超巨星だからでかいことはでかいのだが、普通の望遠鏡では「大きさ」はわからないと思うぞ。
ボクの星座 6‐38
占星術は(標準的な12星座占星術のばあい)天動説と四元素説で成り立っている。黄道12星座には四元素の属性が割り当てられており、これによれば、智史が火、香澄が土、沙樹が風、司と真理子が水に属する。占星術では同じ元素の属性を持つ者どうしが相性がよいとされるので、5‐135のフリートークにあるように「主人公の相性がよくない」という手紙が来たのだろう。司と真理子がいちばん相性がいいのだが――そういえばこの組み合わせはありませんでしたね。なお、高校編で登場する吉祥寺啓子は水、日野誠は土である。
ただし、占星術成立当初と現在とでは地軸の傾きの方向が違うため、現在の星座と占星術上の星座の位置はずれている。したがって占星術上のさそり座はそこではないのだよしらいしくん。
ペルセウス 6‐91
ケフェウス・カシオペア・アンドロメダ・ペガスス・ペルセウス・くじらといずれもここで香澄と久住が話している伝説に関係する星座である。
ケフェウスの妃のカシオペアが「ワタクシとワタクシの娘は海の精のだれよりも美しいですのよおほほほほ」とか自慢したものだから、海の精のおじいさんにあたるポセイドンさんが怒って、娘のアンドロメダを海のモンスターに差し出せと言い出したところからこの物語が始まっている。このときペルセウスが乗っていた馬がペガスス座、海のモンスターがくじら座になっている。
いずれも秋の星座で、これらの星座のなかでもっとも明るい星でも二等星である。特徴のある「W」型をしているカシオペア座と「ペガススの四辺形」を除いては、どれも見分けにくい星座である。アンドロメダ座は、有名な大星雲があるので名まえはよく知られているが、現実にはやはり見分けにくい暗い星座だ。秋の夜空には明るい星が少ない。
ペルセウス座につづいて昇ってくる牡牛座からがおおむね冬の星座である。
ギリシャ神話 6‐92
全天の星座のうち、北半球の主立った星座は、天動説の大成者であるプトレマイオスが命名したものを使っている。その星座はギリシア神話にちなむ命名である。
うお座 6‐92
秋の星座で、ペガスス座の南に位置する。二匹の魚をかたどった星座で、この魚は、美の女神アプロディーテとその子のエロス(ローマのキューピッド)の化身ともいわれる。一番明るい星が四等星という暗い星座で、空の明るい都会ではまず見ることができない。真理子の星座である。
フォーマルハウト 6‐92他
秋の南の空でただひとつ目立つ一等星。名まえは「魚の口」という意味である。みなみのうお座の他の星や周囲の星座の星が暗い星ばかりなので、7‐43で香澄が言うように、非常にさびしく見える。みなみのうお座は、美の女神アプロディーテの化身であるとも、うお座の二匹の魚の親とも言われる。
みなみのうお座 6‐92
前項参照。
オリオン座 6‐93
はい。一等星が二個と二等星が五個が正解です。しかし、「ほんとはリゲルは〇等星、ベテルギウスは変光星だから、オリオン座には一等星はひとつもないんだよ」と会話に割り込むことも可能だったはずですしらいしくん。
牡牛座 6‐93
冬の星座の先駆けをなす星座で、晩夏でも夜半すぎには東の空に昇ってくる。シリウスとはオリオン座を隔てた反対側に位置する星座で、プレアデス星団・ヒアデス星団などで知られている。香澄の星座。
北斗七星 6‐93
あんたの眼はひしゃく型か!!
星の進化 6‐110
「ガス雲から生まれた原始星は、自らの重力で収縮して輝きはじめ、主系列星としてその生涯のほとんどを費やした後、質量の大きい星は赤色巨星・超巨星になって超新星爆発を起こし、質量の小さい星はガスを放出して惑星状星雲になって生涯を終わる」なんて書くと「書き方変えた方がいいと思うんだけど」と言われるんだと思います。
『星の瞳のシルエット』連載当時は、星の進化の理論はまだ理論的に構成された部分が多かったが、1990年代に入ってハッブル宇宙望遠鏡の活躍や10メートルにも達する大口径望遠鏡の観測開始などによって星の進化過程はつぎつぎに観測で実証されつつある。
双眼鏡 7‐131
だから双眼鏡でもおすすめできないんだってば!!
冬の星座 10‐133
シリウスは五月上旬の午後八時ごろ沈む。したがって、それ以前の時間ならば、春でも冬の星座が出ていてもおかしくない。でも、74頁以下の星空ですよね、これって。場面から考えると、オリオン座やシリウスよりも、やっぱり獅子の大鎌やうしかい座のアルクトゥルスのほうが似合いますよね。コミックスになってしまうと縮小されてしまうからせっかくの苦労もなかなか伝わらないですよね〜。
夏の大三角 10‐183
白鳥座のデネブは前出の北十字を構成する星のひとつ、アルタイルは牽牛星、ベガは織女星。
南半球の星 10‐183
南十字星やりゅうこつ座のカノープス(南極老人星。シリウスについで全天で二番めに明るい星)までは日本からでも見えないことはない――ことになっているが、実際に見るのはむずかしい。これらの南天星座の多くはプトレマイオスよりあとの近代の命名なので、ギリシャ神話の暗記に悩まされることもないと思われる。
そのかわり「ねえねえ巨嘴鳥ってなに?」「えっ……?」てなことにはなるかも知れん。
シリウス 10‐210以下
「シリウス」とは「焼き焦がすもの」という意味である。シリウスが太陽に先駆けて昇るようになると、太陽とともに地上に暑い夏をもたらすということからつけられた名まえだと言われる。
したがって、シリウスがペルセウス群の極大日(8月13日)に昇って輝くようになるのは明けがたに近い。
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番外編
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ヘール・ボップ彗星 ENGAGE II‐164
20世紀最大の彗星――あと二年ちょっとのあいだにこれを超す大彗星が出現しないかぎりは。「早春」の三月上旬までは明け方の北の空に、四月上旬ごろから五月ごろまでは夕方の西の空に見えていた。
……さて柊先生はどちらの空で見たのでしょう?
国立天文台 ENGAGE II‐164
文部省直属の天文台。東京都三鷹市にある。柊先生の参加された観望会はだいたい月二回のペースで開いており、「社会教育用公開望遠鏡」を使って星を見せてくれる。月のある夜は星が月の明かりで星があまり見えないので柊先生は悔やんでおられたが、月に二回だから月のない夜にもやっているはずである。居直って(?)月を観測するという回もある。国立天文台は年に1回は特別公開も行っている。ホームページアドレスはhttp://www.nao.ac.jp/index_J.htmlで、ここに観望会の日程や天文台への行きかたなども書いてある。
ただし一般公開や観望会でないときには普通は見学させてくれない。手紙・電話で天体に関する質問を受けつけているほか、ホームページでは国立天文台で撮影した天体写真を多数公開している。
トラペジウム ENGAGE II‐165
「台形」という意味の四つの星。オリオン座大星雲にあって青白い光を放ち、星雲全体を明るく輝かせている生まれたばかりの星たちである。
オリオン座大星雲での星の誕生プロセスは、ハッブル宇宙望遠鏡の活躍もあって、1990年代に入って研究が飛躍的に進んだ。1990年代は、このような観測機器の進歩と電子技術の発達によって、天文学の分野は非常に長足の進歩を遂げた時代である。また、1990年代には、シューメーカー・レヴィー第九彗星の木星衝突、土星の輪の消失、百武彗星出現、ヘール・ボップ彗星出現、ガリレオやマーズパスファインダー・マーズグローバルサーベイヤーによる惑星探査などの天文学上の大イベントがつづいた。久住くんはいい時期に天文学を志したものだと思う。
いや、もしかして若手研究者として夜も寝られない忙しい日々がつづいているかも……。なんせ、天文学者にとっては、年に1回の休みと、4000年に1回の大彗星の回帰とでは、後者のほうがだいじなんだもんなぁ。そう言えば、1996年の百武彗星のときには、仙台から春休みで帰省していた学生さんが春休み返上して国立天文台で核近傍現象の観測に従事していたというぞ。う〜む。
M ENGAGE II‐165
星雲・星団を整理した「メシエ星表」のカタログ番号。「微光天体」をまとめたカタログなので、銀河系内の散光星雲などから銀河系の外の銀河までをすべて含んでいる。全部で110番まである(ただし欠番がいくつかある)。しかし、最近では、メシエ星表よりもさらに詳細なNGCという微光天体カタログが一般的に使われている。こちらは七千以上の天体が収録されている。現在ではもっと詳細なカタログも作成されている。香澄にNGCを暗記させようなどと考えないように…… > 柊先生。
そういえば、この作品の読者が天文家になって、小惑星に「香澄」などという名まえをつけていてもいい時期だと思うんですが。
(この項終わり)
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