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歓びよ! 天堂の「娘」よ




清瀬六朗








 ●週末の父




 ある友人が『プリンセスメーカー2』を持っていた。話をするとさかんにこのゲームの話をするので、どんなゲームだろうという好奇心もあって、その友人の家にうかがったときにいちどそれをプレイさせてもらった。

 最初の「娘」を育てたときの印象というのが、じつはあんまりよく残っていない。

 一九九三年政変の時期で武村正義さんが意気さかんなころだったし、大塚明夫も嫌いじゃなかったので、父親に「ムーミンパパ」などという名まえをつけたのだけ覚えている。

 あ、そうそう。なんせどうやって強くすればいいかよく知らないまま血薔薇のバニスターさんに何度もお世話になってると、そのたびに休出じゃなかった救出に出動していた某さんとなかよくなっちゃって、最後には結婚したのでしたっけ。でも、考えてみればあれって彼にしてみれば「休出」なんだよね。せっかく羽根を伸ばせる機会だっつーのに。

 それからもときどき出かけていってはプレイさせてもらっていた。

 どうして自分で買って自分のパソコンに導入しなかったかというと、ハードディスクの容量が足りなくてインストールできなかったのである。なんせ「ハードディスクは二〇メガバイトあれば来世紀までだいじょうぶ」とか言われていた時期に買ったしろものだ。ほかのアプリケーションをぜんぶはずしてデータ消せばともかく、そうでなければフロッピー一〇枚にもわたるゲームなんかインストールできるわけもなかった。

 考えてみれば、二〇世紀にならないいまの段階だってテキストのデータだけで二〇メガなんか軽く超えてるもんなぁ……。

 ともかく、あのころはその友人にはずいぶん迷惑かけたものだ。自分の家に「娘」に会いたい一心で月に一度とか二度とかのペースで遠くから「父」が訪ねてきたりするのだ。「父」有リ遠方ヨリ来ル亦迷惑ナラズヤ――と中国二五〇〇年の古典にもちゃんと書いてあるらしい。あるいは、まるでアメリカ合衆国の離婚判決とかに出てくる「週末の父」みたいなものである。

 「週末の父」――つまり週末に離婚したかーちゃんとこへ行って、息子や娘を連れ出して、一日、たのしく過ごす。それが離婚が一般化した社会であるアメリカ合衆国ではわりとありふれたことになっているし、それが判決で決まっちゃうというのが訴訟社会としてそれなりに成熟したアメリカ社会らしいところであったりする。まあそういう成熟が「rule of law」の社会としていいことなのかどうかは知らないけど。

 でも、そういう「週末の父」が会いに行くのがはたして娘だったら、「父」は「娘」にいったいどんな感情を抱くのだろうか。



 ●攻略本の効用?




 すくなくとも、こちらの「父」は、月に一度とか二度とかしか「娘」に会えないというのはなかなか寂しいと感じていた。

 そこでどうしたかというと攻略本を買った。だいたい、私のばあい、攻略本というのはゲーム攻略そのものに使うということがあんまりない。というより一度もなかったような気がする。

 じゃあなんのために買うかというと、プレイしたいんだけど、そのソフトがインストールできないとか、そのゲームをプレイするためのゲーム機を持っていないとか、そういうときに、プレイした気分になるために攻略本を買ってきて隅々まで読むのである。

 たまにはクリアしてから攻略本を入手してくやしがるというようなこともやる。あれはあれであんまし精神衛生によくない。某有名ゲームでは超強力な「包丁」もらいそこねてることがあとになって判明したりした。ぶつぶつ。

 そういうわけでどんなわけで、パソコンを買い換えて、めでたく『プリンセスメーカー2』をインストールすることができたときには、どんな結末があるかは知っていたし、お宝のありかや効率的な蓄財方法や娘と仲良くなる方法などたいていのことも知ってしまっていた。だからだいたいプレイしたときの目標にしていた職には就けることができた。その意味では、ゲームの仕組みや世界観を手探りしながら発見していくおもしろさというのは、このゲームでは味わうことはなかったように思う。

 ただねえ、娘と仲良くなる方法は知ってるんだけど、なぜか「あの」結末には到達できないんだよなぁ。私にはじめてプレイさせてくれた友人などは比較的容易に到達しているというのに。ともかく娘と仲良くなるためにやたら夏のバカンス連れて行くものだからもー痩せる痩せる。あそこまで痩せたら病気になるぞふつーとか思っていても体力ばっか非常識なほどにあったりするから娘とはふしぎなもんである。

 ま、そんなわけで、女王とか宰相とか王宮魔法師とか将軍とかの「顕職」にはたいてい就けてやることができた。「顕職」のなかでいちばん就職させにくかったのは「大臣」だったと思う。ちなみに攻略本にむずかしいと書いてある「裁判官」はいまだに成功していない。

 あと「むずかしい」アイテムとして有名らしい「悪魔のドレス」はゲットしたことがない。持ってる「悪魔」を倒せないというのもあるんだけど、あんまりあれ取りたいという情熱もないんだよね。あれが「傾国のローブ」とかだったらもっと懸命に取ろうとしていたかも知れない。

 ちなみに「女王」にした娘の名は「ジョアン」――「時代」があらわれているというべきか。私はいまでもチャチャのマウスパッド使ってるし、未開封のチャチャガムとか持ってる。どうでもいいけど。



 ●げっと・あろんぐ




 そんなことで「顕職」を歴任させてしまうと、つぎは「へんな娘」を育てることにした。

 そうやって育てた娘にはつぎのようなのがいる。


 1. 魔王

 まあ結末そのものはそんなにむずかしくはないと思うけど、ともかく季節に一回は武者修行に出す、出会った敵とは必ず戦う。最初なんかいきなり東部森林地帯で入ったとたんに逃げればいい敵とけんかしてやられて帰ってきてんの。武闘大会も最初の年から出て当然ながらこてんぱんだったけど。まあ「ともかく戦う」とゆー原則を守っていると、ライバル宣言来るころには因業が九九九でさっさと振れきってしまって……。それと、「出会った敵とは必ず戦う」という原則を守っていると、体型を変化させるアイテムがやたら手にはいるのね。ちなみに、因業を山のように蓄積しておくと、大人になる一瞬前に教会に日参してお金でごまかして因業を〇にしてもけっきょくそれ系の運命からは逃れられない。やっぱりなぁ、教会にカネ払って功徳がこれでは宗教改革が発生するわけである。


 2. 文弱のくせに武闘大会では負けない

 『プリンセスメーカー2』では体力を二桁に保つというのはけっこうむずかしい。某収入のあるアルバイトをやると体力がついてしまうからだ。まあそんなこんなでわざと体力を落としたりして、それで戦闘技術と魔法を身につけさせると――一発撃たれればたちまちダウンする体力しかないのに、武闘大会はすくなくとも準優勝まで行く、ときにはひたすら身をかわしまくって魔法だけでクリティカルを連発してはるばるさんをやっつけたりする、某やたらと強い盗賊さんにも勝てて某やたらと高い防具をタダでぶんどる、などというわけのわかんない娘が育ったりした。ただマッスル・ハルバルに勝てたのは稀な例である。というのは、娘の攻撃がぜんぶ命中し、相手の攻撃がことごとくはずれても、時間切れで体力残量勝負で判定に持ちこまれると、もともと体力のない娘には、あれだけこてんぱんにされてそれでも三桁の体力を保っているハルバルに勝つのはちょっとむずかしかったりするのだ。

 そんなこともあって、やっぱり文弱なのに武闘大会に連れて行かれたことには複雑な感情があったらしい。いや、娘がウェンディーちゃんとかとの約束でやたらと武闘大会に行きたがったのにすなおに答えてやっただけなのだが――でもやっぱり一生の道は武術とか魔法とかとは縁のない方面を選んだようである。ところで、某へーげる奥田氏にきいたところでは、Windows版では戦闘のシステムが異なるためこのような試みはまずむりだということであった。


 3. 信じる者は救われ……るかどうか知らない

 が、「信仰」が高いとみょーな特典がある。攻略本などでも会話不可能とされている某モンスターとも会話が成立したりするのだ。もちろん「信仰」だけではモンスターのすべてを回避することはできない。「感受性」は基本だが、他に「知能」とか「色気」とか「気品」とかも必要だ。でもやはり「信仰」を要求する某モンスターの要求がいちばんハードルが高いようである。しかし、その要件を満たすと、武者修行地帯で遊覧旅行に行ってモンスターさんたちとたのしく(たのしくないやつもいるが)会話してさっさと帰ってくるだけで戦士・魔法評価がどんどん上がる。しかも、某地方などではストレス解消イベントがあったりするので、月前半で苛酷な労働をさせておいて月末で武者修行地帯に遊びに行かせたらあらふしぎというわけで戦闘とは関係ない能力が上がってストレスも飛んで戦士・魔法評価も上がっておたからまで手にするというおいしい目を見ることができる。これはやめられない。娘も女の子だし、あれもほしいこれもほしいとよくばりなのかもしれない。2.の娘でもこの手を使った。かくて、戦士評価・魔法評価がめちゃくちゃに高いのにモンスター殺戮数0などというへんに奇特な娘が出現するのである。


 4. ライバル宣言なし

 これはどういう条件でそうなったのかよくわからない。攻略本に書いてある「ライバル宣言の来ない条件」からは思いきり逸脱していた。私は娘のところにパトレイシア・ハーンさんが出現するのを待っていたのだが――げんに一四歳の出発時点からロードしなおしたらちゃんとパトレイシアが出現した――、どうもパトレイシアちゃんのほうでうちの娘の威力に恐れをなしたよーである。そんなことでだれに遠慮することもなく芸術祭に出つづけていたら芸術評価が上がるのなんの。絵画方面でものすごい才能があって、あと自然科学を勉強していたら、ブンガクなんかに接したことなくても文学者になれちゃうんだからたいしたものである。


 5. 責任者出てこい!

 ともかく魔法に専念させて、で、大人になるころからどんどん知識がなくなる某アルバイトで稼がせて、けっきょく魔法評価は五〇〇以上あるのに知識はゼロ、という娘を育てたら、王宮の人事のバカがそんな娘を王宮魔法師にした。めざしたのはそーゆーのではなく某魔法芸術系庶民的職業だったんだけどねぇ。いや、魔法評価がそんだけあって庶民的職業というのはいいかな、とか思ったりしたのだ。しかしけっきょく王宮に連れて行かれてしまって、で、知的能力ゼロでんなもんが務まるか、とか思っていたらみごとに失職してしまった。

 ――これって明らかに人事のミスだぜ? きっと裏で娘にわざと高い役職を与えてしくじらせて笑いものにしようと画策したやつがいるにちがいない。きーーっ!! ちなみに雑貨屋のアルバイトにそんなことはできないだろーな、いくらライバルといっても。


 6. そんな王妃でいいのかぁ?

 たまたまテレビで西洋の絵画紹介番組とか見ていたら、高級娼婦をモデルにした絵というのが出てきた。そこで急に「高級娼婦」を育てたくなって、まあ、育てたんですけどぉ……なぜか王妃になってしまった。だって因業四〇〇だぞ? そんなのが王宮に住み着いとっていいのか? その因業娘に会ってくださり、気だての大切さを教えてくださった先代の王妃さまがこれでは成仏できんだろう。まあ仏教世界ではないから最初から成仏する気なんかないといえばそれまでかもしれないが。


 7. 「一芸」はダメ

 なんか知らないが、入試改革とかで「一芸にひいでた」者を採用せよとかいう声が高い。いわゆる受験勉強がオールラウンドな知識を均質に身につけさせ、その結果、その知識が「教養」としてろくに役に立ってないことから出てきた入試改革案なのであろう。「一芸」をきわめた者は、深い「教養」を身につける可能性を秘めている――とゆーのも一種のイデオロギー的なものの見かただと思うんだけどなぁ。かつての徒弟制的な制度のもとで、相当程度まで「一芸」をきわめた者ならそういう可能性もあるだろうけどさ。

 とゆーわけで、この「王国」では「一芸」をジェネラルな評価としてはぜんぜん見てくれない。たとえば、まず戦闘技術を限界まで上げる、そしてこんどは某所でその戦闘技術をネタに取引を繰り返すと魔法評価が七〇〇とかまで行くことがある。でも就職できるのは魔法系の職業だけである。やっぱり、魔法に特色のある娘でも、必要あろうがなかろうが、武芸も身につけさせ、ダンスや絵の修行もさせ、家事も器用にこなせるようにさせて、オールラウンドな受験勉強的才能を身につけさせないと末は博士か大臣かというわけにはいかないようです。



 ●親ばかばっか




 ま、そんな「へん」な娘を育てるのと同時にやろうとしたのが、ごくふつーの庶民的な娘である。さきに書いた「5.」はその失敗例だったりする。

 ところが、この「ごくふつー」というのがなかなか育てられない。理由はわりかし単純である。たとえば収穫祭に出せば評価が上げられるのを知っている。それを知っていながら、娘に「家で休んでいなさい」というのは言いづらい。つい収穫祭に行かせて、娘の能力を評価してもらえるイベントに出させてしまう。

 あるいは、戦士評価・魔法評価が上がりすぎては困っているとする。そんなときに不埒者に言いがかりをつけられる。逃げれば評価が下がるのは知っている。でも、つい「うちの娘は辻試合を挑まれて逃げるようなひきょうな娘でわない!!」とか言って受けちゃうんだな。で、受ければ負けるのはやだとか言って戦ってしまう。しかも、辻試合を挑んでくるやつって、たまにマッスルハルバルとか出てくるけど、そうでないときには、強そうなのにすぐに戦意なくしたり、一発でめちゃくちゃダメージ受けたりして、なんかわりと娘が勝ちやすかったりするのだ。

 じつは、この「父」、「父」をやってないときにはけっこう非道なやつである。RPGとかで、弱いやつばっかりにパーティー組ませてパーティーを全滅の危機にさらすとか、相手を全滅させられる魔法を知っているのにそれをわざと禁じ手にして苦戦させるとか、そーゆーことは好んでやるいやなやつなのだ。それでRPGなどでは逆にキャラが異様な成長を遂げたりするけど――モンスターを殴り倒すリディアとか(さすがにベヒーモスとかが相手だとむりだが)。

 ところが「娘」となるとそれができない。「娘」にはなるべく社会的評価の高い育ちかたをしてほしいと思うのだ。因業を蓄えて魔王にしたやつが何言っとると言われるかもしれないが、それはそれ、魔王も評価が高くなくては就任できない立派な顕職である――いや、立派かどうか知らないけど、ともかく顕職である。

 「目立たないようにして無難な人生送りなさい」とはなかなか言えない。高い社会的評価を獲得できる方法はすべて娘に示して、それぞれの道を試させてみたいと思うのである。娘が失敗したなら失敗したで、その原因を探って成功する方法を見出してやりたいと思う。

 最初に顕職に就けようとしてもそれが果たせず、いろいろと試行錯誤しているうちに顕職に就ける方法を探り当てて――というのが本来なのだろうけど、そのへんは最初に攻略本を読んで楽しんでしまった以上はしかたがない。

 もっとも、なぜ「目立たないようにして無難な人生を送りなさい」と娘に勧めず、「堂々と目立って出世しろ」という教育方針を平気でとることができるかというと、出世コースにリスクがないことを知っているからである。

 もし出世コースに大きなリスクが設定されていれば、そうほいほい出世しろ出世しろとは思わなかっただろう。また、出世コースを歩ませるとストレスに耐えきれなくなって娘がいきなり反抗するとか神経性の病気にかかるとかいう設定でも、私は「無難な人生」コースを選ばせたかも知れない。ところが、このゲーム、なんか知らないが、娘を出世コースにほうりこんだほうが娘のストレスは相対的に減るのである。しかも、エリートコースに入れたほうが一般的に収入にもめぐまれる。カネが入れば娘との関係をよくすることもできる。

 だから、そういうところは、あくまでこのゲームが提供してくれる社会環境に適応していくのであって、べつに私に現実に娘がいたとしてもこういう教育方針をとることはないだろう。ほら、現実の日本社会って目立つと過剰に叩くのが美徳ってことになってるらしい社会だし。



 ●ウェンディーちゃん




 「父」が意地になったのがライバル宣言を受ける相手である。まあマルシアちゃんなんかもきらいじゃないのだが、やっぱり「父」がこだわったのがウェンディーちゃんである。やっぱりなんと言っても「魔法少女」だ。

 で、ライバル宣言受けて娘の言いなりになって武闘大会なんかに出してやると、だいたい娘のほうが勝ってしまう。それはなぜかというと、ウェンディーちゃんにライバル宣言をもらおうと思ったら、ほかの評価の伸びを抑えるのでなければ魔法評価を相当に伸ばしていないとだめだからだ。魔法教室は高いので、どうしてもほかの評価が上がる勉強やアルバイトを先にさせてしまう。そうすると、ウェンディーちゃんのライバル宣言を受けるためには、そういうので上がってしまった評価を上回るだけの魔法評価を獲得していなければならない。そうすると年齢のわりには高い魔法評価を得てしまうことになる。まぁはっきり言ってウェンディーちゃんはそーゆー娘に勝てるようにはできてない。

 しかし、たまにウェンディーちゃんが勝つとひじょーにむじゃきに喜んでくれる。これがまたなかなかいい。あと、ウェンディーちゃんは娘の成長にあわせて強くなってくれるので、最後の武闘大会などではウェンディーは相当に強くなっているはずだ。

 そんなこんなで、娘とウェンディーちゃんの交流を中心に据えて小説を書いてやろうなどとゆー野心を持っていたこともあった。

 それはじつはもっと壮大な計画で、『プリンセスメーカー2』はじつは全二六話のTVシリーズだった! という、まぁガイナお得意のアレをやって、その全二六話のノベライズ版がこれだ!とか言って出してやろうと思ったりしていたのだ。

 最後にはウェンディーちゃんがプリンセスになることになって、娘はいちおう父のあとをついで旅に出るのだが、まぁなんかいろいろあって最終的には娘がプリンセス候補におさまって終わり、というような話になるはずだった。

 そんなこんなするうちに現実にノベライズ版が出ているのを発見してしまってけっきょくこの構想は実現せずに終わった。

 あと知恵でこんなことを言うのもなんだが、『プリンセスメーカー2』のエピソードは、ゲームそのままで膨らましただけではあまりこの作品の独自性というのが出ないのである。

 バカンス行って親子仲よくなるとか、働かされすぎてストレスたまって非行化するとか、そういうのは、自分で参加してプレイするぶんにはちょうどいい。こちらがわの世界と引きくらべて、なるほど、この世界ではこうなっているのか、というのを見出していく楽しみ――ということを考えると、ゲームのなかの社会が「意外性」に満ちあふれているというのは逆に困ったことなのかも知れない。だけど、小説のような形式にするには、因果関係がストレートに出すぎていて「意外性」が出ないというのはかえって辛いのかも知れない。もっともそれをなんとかするのが脚本家とか演出家とかの仕事というやつなんだろうけど、私はそのどっちでもない。

 一つのシナリオが用意されていて、それを追ってプレイしていくことでエンディングに到達するRPGのような作品とちがって、イベントを発見し、その効果を確認しながら、多く用意されたエンディングをそれぞれ体験していくというゲームなのだろう。

 その後、数多く発売された育成・恋愛シミュレーションゲームというのもだいたい同じような趣向なのだろうか?



 ●ゆめみる妖精




 ともかくそんなわけで、育成シミュレーションゲームというのにはまった経験はこの一度きりである。

 『プリンセスメーカー3』――つまり『プリンセスメーカー ゆめみる妖精』は買った。でも、「おおっ、あの西園寺まりいのときに清純な役が来なくなったと歎いていた某声優さんが妖精の女王だって!」とか、惣流・アスカ・ラングレーのようにプライドの高くなってしまった娘の声をきいて「あらら、ゆりがひなぎくになっちゃった」とか、なんかそんな楽しみかたをしただけで、まだ一人も成人段階まで漕ぎ着けていない。

 しかし、この子、まさか、いきなり高いプライドを挫くようなことをやったら、精神崩壊起こして入院してしまったりしないだろうな??

 ともかく、成人段階まで一人も行ってないのは、べつにこのゲームのせいじゃない。

 いや、一部はやっぱりゲームのせいかな。でも内容とはあまり関係がない。

 どーゆーことかとゆーと、この『ゆめみる妖精』はほとんど『ファイナルファンタジー7』と同時に発売された。『FF7』は、待望されたシリーズ最新作であり、しかもコンビニで買える最初のゲームということでテレビゲームなんかにはふだんは見向きもしない一般マスコミまで大騒ぎしたためか、なんかめちゃくちゃに売れた。

 で、『ファイナルファンタジー』が売れるのはよいことなんだが、ついでにメモリーカードまで品薄になってしまったのがいけない。

 『ゆめみる妖精』は、一回ぶんをセーブするのに、メモリーカード3ブロックも使うのだ。

 結果、スタート時点で一回、それから一年に一度セーブ、あと途中からやり直したらその放棄した時点のを残す――とかやってると、もともと一枚しか持ってなかったメモリーカードがさっさと使い尽くされてしまって……先に進めなくなって、けっきょくそのまま、ということになっている。

 ま、やたらとデータを残したがる、という私のクセがもたらした蹉跌ということができようか。

 今回のゲームでは例のクエストモードがないようで(もしかしたらなんかすれば出てくるのかも知れないが)、より「育成」に純化したということなんだろうか。でも、逆に、クエストモードに純化した育成シミュレーションという方向もあるような気もするのだが。

 育成シミュレーションがこれだけ出そろった世の中でも、ヨーロッパ中世風世界を舞台にした育成という点では、この『プリンセスメーカー』シリーズはやはり最右翼の地位を占めるように私は思っている。





(1997/07)










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