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君は「宝探し本」を覚えているか?

 

鈴谷 了




 角川書店が「マスカレード〜仮面舞踏会」という英国の絵本を翻訳出版したのは1981年のことであったと記憶する。

 この絵本はサイズが大きくそれだけでも人目を引いたが、それ以外にもっと耳目を集める仕掛けが盛り込まれていた。それは、この絵本が「宝探しの地図」になっていたことである。絵本の作者は特注した兎型の金細工を英国の某所に埋め、この絵本に隠された暗号を解くことで、その場所を特定することができるとされていた。作者が想定したとおりの謎解きを行って見事金細工を掘り当てた読者は、それを自分のものにできるのだ。(偶然発見してもその場合は無効になる、と注記されていた)

 現代の「宝探し」本は話題になり、絵本としては結構な売れ行きを示した。日本語版では、存命だった寺山修司が自分の謎解きの披露を兼ねた解説文を寄稿していた。

 

 この成功に気をよくした角川書店は、「日本版」を企てる。1982年3月に公開された大藪晴彦原作の角川映画のキャンペーンとして、「暗号を解いて金塊を掘ろう」という企画を行ったのだ。(映画は敗戦直前に持ち出された金塊を追うという話だった)映画の新聞広告に最初の暗号が掲載され、これがわかった人は何月何日に東京駅に来れば次の暗号を出すという告知がされていた。しかし、この企画は別の理由で新聞の社会面をにぎわすことになった。

 暗号を解いて次のポイントに進む、という方法で最後は小田急線の鶴川駅に着き、そこで金塊掘り会場に向かうバス(主催者がチャーターした路線バス)に乗り換える予定になっていた。

 ところが、制限時間までに鶴川駅に到達した参加者は、主催者側の予想をはるかに超えていたのだ。用意したバスはあっという間に満員になり、多数の積み残しが出た。乗り込めなかった参加者は「バスを増やせ」と主催者を突き上げる一方、バスの出発を阻止する。一方乗り込んだ参加者は「早く出せ」とせっつき、ちょっとした騒ぎになった。

 おそらく事前の見積もりで、最初の参加者が何人、このチェックポイントでこの時間は何人という想定を立て、鶴川駅でこの時間までに来るのはこれだけだろうと考えたに違いない。鶴川駅は各駅停車しか止まらないから、制限時間を決めておけばそこまでに着く人間の算定はできる、と見込んだのであろう。だが、主催者が思ったよりも暗号は易しく、最終チェックポイントに到達した人間が多すぎたのである。

 どのような調停が行われたのかは知らないが、最終的に人間を絞って金塊掘りは予定通り行われた。

 筆者は当日夕方のニュースでこれを見て、バスをめぐって怒号が飛び交う風景に何事かと思い、よくニュースを見てから数日前の新聞広告を思い出したのだった。

 

 この失敗に懲りてか、このあと「暗号謎解き」による大規模な宝探しイベントは日本では二度と行われなくなってしまった。

 一方「マスカレード」の方は、日本での関心もすっかり薄れた1985年になって、外電が「ついに掘り当て、作者も認定した」というニュースを伝えた。当時の記事によると、その謎解きの鍵となるのは聖書に出てくるフレーズか何かで、聖書についての知識が皆無に等しい大部分の日本人には最初から大きなハンデがつけられていたのである。

 

 今や暗号解読はインターネット上の「暗号鍵」とその安全性をめぐる(クラッカーも交えた)きな臭い話ばかりである。もう一度書籍を使った楽しい「宝探しゲーム」を行うことはできないものであろうか。その場合には絶対に日本人しか知らないような知識を鍵にして、(そうとはばれないように)世界中に売ってみたいものであるが。

 2002/04

  

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