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− 徒然 −
最近読んだ本 2002/8/9 編
ものすごく久しぶりにフェミニズム関連の本を読みました。楽しかった。
『ヒガシくんのタタカイ』 群ようこ
『ザ・フェミニズム』 上野千鶴子・小倉千加子
『女どうし』 藤臣柊子
- ■ 『ヒガシくんのタタカイ』 群ようこ ハルキ文庫
-
群ようこの本は大好き。
著者の、淡々とした人柄が登場人物によく表れている気がする。
一見何の変哲もないごくふつうの人々なのだが、そのふつうさ加減が本当に絶妙で
(というより、こういう、ふつうにまっとうな人というのはなかなかいない)、
「こういうふうに生きていける人になりたいもんだ」と不思議な感慨と安堵感を感じたりするのだ。
この本は、中学三年生のヒガシケイタ君の日常を描いた物語。
両親の離婚、再婚、新しいハハ、アネ、初めての彼女、友人…。
いろいろな面倒くさい日常がそれでも淡々と過ぎてゆき、ヒガシ君はその中で、
淡々と、悩んだり考え込んだりふて腐れたりうれしくなったり呆れたりしながら、
暮らしていく。
それでも基調は、群ようこワールドに通じる「なんでこんなに面倒くさいんだろう?」
という感覚。わたしはこの感じがすごく好きで、この著者の書くものが好きなんだろうと思う。
ヒガシ君からみると、世の中って、ほんとうにどうしようもなく面倒くさいことのカタマリだ。
ああ、面倒くさい。
なんでこんなに面倒くさいんだ。
そう悩みながらも淡々とふつうに生きていこうとする人たちの、目立たない、キレイな姿勢。
それが群ようこの描く主人公たちの特徴だと思う。
ヒガシ君の中学校生活の描写も楽しい。
ああ、こういう人いたよなー、とか、こんな感じだったのかなーわたしも、とか、
ほんとに面倒くさかったよなーあの頃は、とか
(小学校とか中学校とか高校とか、働いている今とは違った独特の「面倒くささ」
が多かったなあ)、
いろいろ感慨にふけりながら読んだ。楽しい本だった。
- ■ 『ザ・フェミニズム』 上野千鶴子・小倉千加子 筑摩書房
→ 目次
-
本屋に積まれているのを目にして、最初は惹かれるものを感じながらも通り過ぎた。
二度目に見かけて、手にとって目次をめくったら、あーあ。買っちゃった。
まあ、何せ上野千鶴子と小倉千加子の対談集なのだ。
そしてこの目次に並ぶ言葉の刺激的で楽しいことったら。
そして、予想に違わず最高におもしろかった。
この本を読むと、やはり「フェミニズム」という思想はとても誤解されているのだなあと思う。
「フェミニズムは一人一派」と本の中で語られているように、フェミニストを語る人の数だけ、フェミニズムがあるというのも納得できる。
フェミニズムは「女が権利を獲得するための声高な主張」なんかじゃなく、
「自分 がラクになるための思想」なのだと思うし、
「自分」がラクになるための方法はそれこそ百人百様であるからだ。
フェミニズムなんかに興味はなくても、自分はどうしてなんとなく窮屈なんだろう、
と思っている人が読むと、おもしろいかもしれないと思う。
このお二人の語る「フェミニズム」は、たぶん一般で思われているような
(例えば、田嶋陽子や福島瑞穂に代表されるような)
それとは、まったく違う。
読んでいくと、自分の足場を一度ひっくり返されるような楽しさを味わえる。
この「ひっくり返し」が、ラジカル・フェミニズムというものらしい。
ついでに書くと、この「ラジカル・フェミニズム」は、フェミニズム業界(?)の中では割と異端なのだそうだ。
(そして、この「ラディカル・フェミニズム」
の対極に「リベラル・フェミニズム」
というものがあり、
これは現状は基本的に肯定した ─ ひっくり返しなんて絶対やらない ─ まま、
なるべく穏健に真面目にコトを済ませていきましょうというもののようだ。)
わたしは自分の感覚をいろいろとひっくり返し(返され?)ながら読んだ。
うわーなるほど、と思った部分もあるし、ああまったく同感!と思ったり、
あるいは、これはちょっと納得いかないよなー、とか、
ここまでひっくり返しちゃうとつらいよ、など、感じるところはとても多かった。
もちろん、対談中お二人の意見が一致しているわけではないので、そのぶつかり具合もまた楽しい。
社会学者と心理学者の観測定位の違いか?と思える部分もあるのも、楽しい。
たぶん言葉の定義などを詳しく問い始めると堅くなってしまうのだろうが
(もちろん、学問としてはそうあらざるを得ないのだが)、
お二人の言葉のやりとり、掛け合いの「間」、気のほとばしり、勢い ─ そういったものを大切にした、いかにも対談らしい対談という感じで、とても楽しく読めた。
本当にこの本にはいろいろと考えさせられて楽しかったので、そのうち、徒然のネタでまた書くかもしれません。
とりあえず印象に残った点を、メモ書き。
- 性の自由、身体の自由は基本。それを自ら手放して、お互いを縛りあうのはなぜか?
- 幸せになるためにフェミニズムをやっているはずなのに、不幸そうな顔をしている、不思議な人たち。
- リブを経てからもこれほど結婚制度が残っているのは、多くの人にとって、性的な自由を確保したいということよりも、特別な他者が人間には必要だ、という要求が強いから。
─ それは女がジェンダー化された多くの女のホンネ。
- 「特別な他者」は人間には必要なのか。対の双方にとってのファーストプライオリティ、対幻想は必要か。
- 結婚生活にとどまろうがそこからはみ出していようが、どちらも結局、荒野。
ただし保守の思想は現実を隠蔽する効果はある。
- 別姓だろうがパクス法だろうが、要するに異性愛のカップルという典型的なモデルに法的な特権と経済的な保護を与えるという制度そのものがナンセンスだということ。
- 思想と生活の間に矛盾を抱えて生きていくことは限界がある。三年が限度。(三年というのは妙に切実な年月だなあ…)
- 専業主婦は年代により、二種類に大きく分かれる。昔の専業主婦、今の専業主婦。今の専業主婦は特権階層。
- 「結婚もし、子どもも産み、仕事も続ける」という女のアガリ的シナリオを提示したのは、フェミニズムではなく資本主義。
- 吉澤夏子 『女であることの希望』
- 「私は有閑主婦の知的愛玩物になりたくなかったんです。」(小倉)
「それはとてもよくわかる。それはほんとに日本の女性政策のひずみのそのまんまの表れです。」(上野)
- 言うこととやることの違う人たち。
「夫といっしょにご飯を食べるくらいならヨド物置で一人で食べたい」と訴える、
ではなぜ、今日からそうしないのか?
- ■ 『女どうし』 藤臣柊子 幻冬舎文庫
-
最近は漫画家というよりメンタルヘルス啓蒙家?という感じも強い、藤臣柊子の本。
この人の書いたメンタルヘルス関係の本は数冊読んだことがあって
(『病気じゃないよ、フツーだよ』とか)、結構おもしろくて好きだ。絵も好き。
で、考えてみたら本業漫画家さんなのに、
メンタルヘルス系の本以外は読んだことないのねーと思っていたら、
この本が本屋に積まれていたので買って読んでみたのだった。
(あ、結局漫画じゃないなー。まあ多少は漫画も付いてますが。)
女どうしでやったいろいろ楽しいこと、について書かれたエッセイ。
この本の前に、『ひとりは楽しい!』
という本も出ていて、その続編のような扱いなのらしい。
エッセイっぽい漫画が上手な人だなーとは思っていたが、
やはりそういう人はエッセイも楽しくてよかった。文章が歯切れよくて楽しい。
女どうしでいろいろ楽しんでる様子もおもしろい。挿絵もかわいい。
アル中か?と思ってしまうくらい酒好きらしいのも、またよい。
のどごしよくつるつるっと読めてなんとなく元気が出る、という本でした。
『ひとりは楽しい!』
も、買おーっと。
2002/8/9 記
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